第36話 ある研究員の独り言
ある研究員の視点になります。
ホムラさんはとても可愛い。
「まさしくこれが“萌え”というやつですわね。」
自室の机に肘をつき、ふふ、と小さく漏らす。
あの小柄な体でちょこちょこ動く姿だけでも可愛いのですが、そんな彼女が一生懸命努力する姿は可愛いという言葉だけでは言い尽くせませんわ。
騎士団の中で一番激務だといわれているアルベルト団に所属し、日々ユーリ・アルベルト団長の下で修行しながら、魔術の勉学も怠らない。
努力の甲斐あって半年経った今、アルベルト団の一員としてみんなに認められています。
あの大変な修行の合間に魔術を身に付けようなど、彼女はいつ寝ているのかしら。
少々世間に疎いような感じも致しますが、筆記や記述、算数や計算などは通常に…いえ、周りと比べるとレベルは割と高いと思われます。
ハツカ村出身と聞きますが、あの村のレベルはそこまで学問に力を入れていたかしら…。
それに学力の有無とは別に頭の回転も速い。
噛み砕いて説明すれば大体のことは理解してくれますし、こちらの言いたいこともはっきりと言わなくても伝わっていますし。
魔という概念を知らないと言った彼女を始めこそ驚いたものですが…もともと騎士には縁遠かった魔術ですから、騎士団員から聞いていなくても当たり前かもしれませんね。
まあ…それ以外の可能性もありますが。
始めは…レイジ――本人がいないところでは呼び捨てしていますの――に声をかけられて、気を引こうとしているのだと思っていました。
魔術師団に入団することを拒む人間は少ないですから。
拒否すればまた勧誘をしてもらえるから、と入団を拒否したのだと思っていましたの。
そうして顔を覚えてもらおうとでもしていたのではないかと。
この貴族界でも上から数えた方が早いであろう地位にある彼。
貴族の中では一番上。
公爵の地位を持つ貴族は複数いますけど、レイジのお陰でエイストフ家が一番王家に近かったはず。
魔術師団に入団できるということは、それだけ多くの魔力を持ち、魔術を行使できるという証拠。
魔力を持つ人間はただでさえ少ないですが、魔術を使えるものとなるとさらに数は減ります。
魔術師団はもともと魔力の暴走を抑えるためにできた団。
持て余す魔力を国のために生かそうと、魔術師団員は日々研究に勤しんでおります。
つまり、魔力がある者はそれだけで王家、ひいては国に貢献しているため、団に所属していればそれだけで王家との繋がりを持てるのです。
そして、彼が持つ研究室がさらにエイストフ家の地位を上げているでしょうね。
研究室は魔術師団でテーマとされている王家への貢献とは別に、魔力を生かすための研究施設です。
とはいえ、国民全体を相手とした生活面の研究は王家でももちろん喜ばれ、研究費用が毎年出ているくらいです。
室長であるレイジ・エイストフという存在は王家にとっても重要でしょう。
そして、その彼を生んだエイストフ家にも恩恵が来ているということです。
それ故に彼には常に危険も付きまとうのですが…。
誘拐されかけたことは何度もあります。
レイジの持つ魔力を手に入れるためでしたり、彼の家を狙った身代金目的。
はたまた反王政勢力などなど…。
そんな彼らは未だ牢の中ですわ。
それに彼を狙う存在はそれだけではありません。
公爵家の次男坊というおいしい餌がありながら、食いつかない女性などこの世界では少数も少数派。
さらには魔力という地位も持っている。顔も一級品。
彼は生まれてくる時代を間違えたのではないかしら。
彼女らの対処は本当に骨が折れます。
何せ犯罪を犯しているわけではありませんから、二度とレイジの前に現れるなと言っても聞きやしません。
わたくしはそんなことを意識する前に彼に対面していますから、結婚したいなど考えたこともありませんけど…。
まああの自然児の手綱を握れるのは今のところ私くらいだとは思っていますわ。
ですからわたくしは、今まで彼を守れるように力をつけてきたつもりです。
ですが、今はわたくしのことはどうでもいいのです。
それよりも、彼ですが。
ものすごく疎いです。
え?何にって?
決まっているでしょう。自らに向けられる好意についてですわ。
だからこそ、分け隔てない彼の態度にわたくしも絆されてしまったのでしょうが。
彼は相手のことを考えない人間です。
相手がどのようにされたら嬉しいか、どのようにされれば悲しいか。
逆に言えば、相手の顔色を伺い、遜ることも、傲慢になることもありません。
当たり前、なのかもしれませんが。
人に嫌われることがない、という環境。
周りの人間全てがレイジに媚を売り諂うという状況で、もしかしたらレイジは人を好きになることや嫌いになることを諦めてしまったのかもしれません。
レイジの中には、研究のこと以外はどうでもいいこと。
ですから、彼にとって人間とは好くもの嫌うものではなく、研究を邪魔する敵かそれ以外のどうでもいいものなのです。
ですが、冷たい人間ではないのですよ。
努力をしている者には正当な評価を下しますし、努力を怠れば落胆もします。
ある意味人間としては正しいのでしょう。
ですが、人間とは自分の欲望のために他者を利用し、蹴落とし、陥れるもの。
貴族の世界とはそういうものです。
レイジはそのような人間には見向きもしません。
これでもう少し危機感を持っていただければ…。
だからこそ、努力家のホムラさんに好意を寄せるのでしょう。
彼はホムラさんを好きみたいです。
少し胸が痛みますが、彼の成長を見られるのですから、辛くもなんともありません。
私もホムラさんのこと、好きですから。
努力は見えなくても、彼には感じることが出来ます。
ホムラさんに触れれば彼女の魔力量を量ることができます。
日々少しずつ魔力の増えていく彼女に比例して、彼の気持ちも少しずつ降り積もっていったのでしょう。
応援、できるかはわかりません。
わたくしだって聖人君子ではございません。
今は嫉妬という醜い感情を誰にもぶつけないように、ホムラさんを愛でることでしか抑えることができません。
それに、ホムラさんは好意を寄せている方はいらっしゃらないようですし。
こんな安全な街で、必死になって力を身に付けようとしている彼女です。
もしかすると…いつか、どこかへ行ってしまうのでしょうか。
止める権利なんてないのですけれど。
ですが、彼女に…ホムラさんに消えて欲しいなど思ったことはなかったはずです。
どんなに彼女を羨んでも、恨んだことだけはありません。
ですから、意識のない彼女が運び込まれたとき、わたくしは神を恨みました。
魔力の枯渇だと聞いて心底驚きましたが、青白い顔で必死に呼吸するホムラさんは辛そうで。
ただ、一番恨んだのはこの無力な自分でしょう。
保健医師のイサクさんと共に、魔力の譲渡、供給をしたかったのですが、わたくしにはそれだけの魔力がありませんでした。
魔術も必死で身につけたわたくしですが、魔力量は魔術師団の周りにいる者たちと変わりません。
ただ、少々器用だっただけで、人を癒す力などこの身には何一つないのです。
わたくしにできることは、保健医務室に他者が入ってこないようにすること。
それから、アルベルト団長の治療のお手伝いをすることでしょうか。
アルベルト団長は怪我が酷く、治癒術をかけるとかえって悪化してしまいそうな状況でしたから。
治癒術というのはもちろん怪我を治癒する魔術でありますが、怪我した場所を一瞬で治すことも、怪我をなかったことにすることもできません。
治癒術とは血管に含まれる魔力に働きかけて患部の成長を促進する魔術。
魔力を持たない者へ治癒術をかける場合は、患部から魔力を流し込み成長速度を上げるのです。
怪我の状態が酷い場合、一度にたくさんの治癒術をかけてしまうと、成長しすぎて副作用が出ることがあるのです。
今回のアルベルト団長のような場合、皮膚の内部の成長の仕方を見ながら治癒をかけないと、腕が曲がらなくなったりしては困りますから。
とりあえず止血はしておきましたが、することがなくなってからは祈るばかりでした。
ですから、彼…レイジが現れたとき、神の御使いかと本気で思いました。
レイジもすぐにホムラさんの治療に入って、イサクさんと交代で治療に当たっていました。
レイジも同じようにホムラさんを助けたいと思っていたようで、ほとんどつきっきりで看病していました。
ですが、いくら魔術が使えてもその魔力は無尽蔵ではありません。
治療に専念するあまり治療している本人の魔力が枯渇しては元も子もありませんから、治療をやめようとしないレイジを何度宥めたことか。
レイジも表情には出ていないものの、その心配様はすぐにわかります。
むしろ、普段からわがままを言う彼が、表情もなく必死で彼女の治療をしている姿は、自らの衝動を抑えていたのではないかと思います。
レイジもホムラさんに早く元気になってほしいと思っていたのは同じです。
ホムラさんの目が覚めたとき、わたくしたちは周りが見えていなかったと思います。
起きたばかりで少々混乱しているであろう彼女の困惑も無視して、わたくしたちは引っ付いていました。
それほどに嬉しかったから。
この件でわかったことがあります。
今まで、わたくしはレイジのために生きてきました。
彼の地位と尊厳、人生を守るために。
わたくしのためでなく、彼のための人生だったのです。
わたくしは、彼のためだと思っていました。
ですがそれは間違っていたのかもしれません。
…いえ、これまでのわたくしを否定するつもりはありませんが、わたくしは気づいたのです。
わたくしは、彼を守ることで自己を満足させていたのだと。
所詮、全ては自分のため。
彼を守るという大義名分のために自分は存在している、と。
ですがわたくしはそれだけじゃなかった。
ホムラさんが目覚めたとき、わたくしは心の底から笑うことが出来ました。
嬉しくて。ホムラさんとレイジと3人でいることが楽しくて。
ホムラさんがいなければ、わたくしはレイジを守るためただ無味乾燥に一生を終えていたのではないかと思います。
いえ、レイジを守る、という意味のない使命感を持ち、それを対して何も疑わずにいた。それだけの人間だったでしょう。
これはわたくしにとって大きな気づき。
わたくしは生まれ変わりました。
レイジを守る、という自己の満足のためだけに生きる自分から。
――もしも、これが夢だったとしても、気づけたことに変わりありません。
わたくしが笑顔で、幸せになれたように、みんなを笑顔に、幸せにしたいと思う自分へ。
レイジの幼馴染兼保護者であるカレンの視点でした!
レイジもホムラも好き、という彼女の気持ちが伝わればいいなと思います。
それから、文章中で「ん?」と思うところがあったあなた!
伏線に気づいてくれたならありがとう。お友達からよろしくお願いします。(笑
文章が変、誤字脱字があるということでしたら、一報よろしくお願いします。
最後になりましたが、ブクマ200件突破しました!
読んでくださってる皆様、こんな拙い文章を読んでくださってありがとうございます!
もっと読みやすい文章になるようこれからも推敲と校正を重ねて行こうと思います!
これからも「異世界で騎士やってます!」をよろしくお願いします!




