『不幸な男の幸福論』外伝・第二弾
―弱くて、惨めで、どうしようもない男の欠点
諸君。
前回、我々は一人の男が歩んできた、あまりにも不公平な人生を覗いた。
生まれた家庭。
幼い頃に受けた仕打ち。
誰にも助けてもらえなかった時間。
そして、愛する女性の前で初めて流した涙。
読者諸君の中には、彼を可哀想だと思った者もいるだろう。
あるいは、よくここまで生きてきたと思った者もいるかもしれない。
しかし、今回は少し趣向を変えよう。
彼自身が語る、自分の欠点についてである。
彼は、自分が不幸だったことを知っている。
自分が傷つけられてきたことも知っている。
だが、彼は自分を被害者だとだけ考えているわけではない。
むしろ、自分の中にある、どうしようもなく情けない部分をよく理解しているつもりだった。
そして、その欠点こそが、彼の人生をさらに難しくしているのかもしれない。
### 第一節 犯人にできない男
彼の最初の欠点。
それは、育ててくれた親を憎めないことだった。
幼い頃、彼は母親の弟から暴力を受けていた。
誰かに助けを求めても、状況は変わらなかった。
それでも彼は、育ててくれた親を責め切ることができなかった。
中学生になった頃、彼は自分と似た境遇にいた友人に、初めて家庭で起きていたことを伝えた。
その友人は児童養護施設にいた経験があり、彼の話を聞いて、施設の職員に相談してくれた。
そして、彼を保護してもらえるように動こうとしてくれたのである。
ようやく、誰かが自分を助けようとしてくれた。
ようやく、家の外に手を差し伸べてくれる人が現れた。
しかし、彼は断った。
なぜか。
親が逮捕されるかもしれないと思ったからだ。
自分を傷つけていた人間を、自分の手で犯罪者にしてしまうことが怖かった。
助けてほしかったはずなのに。
逃げたかったはずなのに。
もう二度と同じ思いをしたくなかったはずなのに。
それでも彼は、親を守ることを選んでしまった。
諸君。
これを優しさと呼ぶべきだろうか。
それとも、絶望的な甘さと呼ぶべきだろうか。
彼自身は、後者だと思っている。
自分を守ることより、相手を悪者にしないことを優先してしまう。
自分が傷ついた事実より、相手の人生が壊れる可能性を心配してしまう。
そして、結果として、自分だけが苦しみを抱え込む。
彼は誰かを憎み切ることができない。
相手に事情があったのではないか。
自分にも悪いところがあったのではないか。
相手にも幸せになってほしいのではないか。
そんなことばかり考えてしまう。
しかし、諸君。
一つだけ、ここで明確にしておこう。
子どもを守る責任は大人にある。
子どもが助けを求めたことで、大人が責任を問われるとしても、それは子どもの罪ではない。
彼が親を憎めなかったことは、彼の心の動きであって、彼が守られなくてよかった理由にはならないのだ。
### 第二節 道化になった男
彼の二つ目の欠点。
それは、自分の不幸を笑い話にしてしまうことだった。
小学生の頃、彼は自分の欠点や、殴られた経験を、まるで面白い出来事であるかのように話していた。
自分の失敗を笑いに変える。
自分の情けなさを大げさに語る。
自分がどれほど酷い目に遭ったかを、冗談めかして披露する。
そして、周囲が笑う。
彼はそれが気持ちよかった。
自分の話で誰かが笑ってくれる。
自分が話の中心になれる。
その瞬間だけは、嫌われているようにも、邪魔者のようにも感じずに済んだ。
彼は、道化になった。
本当は笑ってほしいのではなく、気づいてほしかったのかもしれない。
本当は面白い話ではなく、助けを求める話だったのかもしれない。
しかし、彼はそれを笑い話として語った。
周囲も、笑い話として受け取った。
こうして、彼は少しずつ、本当のSOSを出す方法を失っていった。
どれほど辛くても、面白おかしく話す。
どれほど傷ついても、最後には冗談で締めくくる。
本当は助けてほしくても、「まあ、面白いでしょ」と笑ってしまう。
そして、周囲は安心する。
「あいつは大丈夫そうだ」
「いつも笑っているから平気だろう」
「本人もネタにしているし、深刻ではないのだろう」
だが、本人は大丈夫ではなかった。
彼は、自分の苦しみを他人に伝えるときでさえ、相手が笑える形に加工してしまうようになった。
悲劇を喜劇に変える才能。
聞こえはいいかもしれない。
しかし、その才能は彼自身を救わなかった。
笑いが起きるたびに、本当の苦しみは少しずつ見えなくなっていったのである。
### 第三節 痛みを返した男
そして、三つ目の欠点。
これは、彼自身も最低な方法だったと認めていることだ。
彼を幼い頃から殴っていた母親の弟。
その人物は、彼より身長が低かった。
やがて男は成長し、中学二年生の頃、その身長を追い越した。
かつては、自分より大きく、逆らうことのできなかった相手。
しかし、身体的な力関係は変わった。
そのとき、彼は仕返しをした。
これまで自分が受けてきた痛みを、相手に返したのである。
彼は、恐怖を使って相手にやり返した。
もちろん、これは正しいことではない。
どれほど過去に傷つけられていたとしても、暴力で相手を支配することが正当化されるわけではない。
彼自身も、それが最低な方法だったと考えている。
ただ、彼の中には、長い間しまい込んでいた怒りがあったのだろう。
幼い頃には何もできなかった。
誰も助けてくれなかった。
自分には抵抗する力がなかった。
そして、ようやく力関係が逆転したとき、彼は自分の痛みを相手に返してしまった。
それは、正義の執行ではない。
過去を取り戻すことでもない。
ただ、傷つけられた人間が、傷つけた相手に同じように痛みを返した出来事だった。
彼はその後、誰かを殴ったことはないという。
それでも、あの一度をなかったことにはできない。
彼は、自分がされたことを理由に、誰かを傷つけていいとは思っていない。
諸君。
彼は、自分が被害者だったことと、自分が間違ったことをしたことを、同時に認めようとしている。
その二つは、決して矛盾しない。
彼が傷つけられた事実は消えない。
そして、彼が選んだ間違いも消えない。
だからこそ、彼はその出来事を、自分の人生の中に残しているのだろう。
### 第四節 朝に敗北する男
さて、ここまでは心の問題だった。
しかし、彼にはもっと現実的な欠点もある。
それは、朝が苦手なことだ。
彼には不眠症があり、睡眠薬を服用している。
それでも眠れない日がある。
さらに、起立性調節障害もあり、朝早く起きることが身体に大きな負担となる。
そのため、早朝から始まるアルバイトは難しい。
諸君。
お金に困っているなら、朝から働けばいい。
そう考える人がいることも、彼は理解している。
働ける時間を増やせば、収入も増えるかもしれない。
選べる仕事も増えるかもしれない。
しかし、彼の身体は、そう簡単には動いてくれない。
薬を飲んでも眠れない夜がある。
ようやく眠れたと思っても、朝早く起きれば体調を崩してしまう。
それでも彼は、自分に言い訳をしているだけなのではないかと考える。
「病気だから仕方ない」
「眠れなかったから仕方ない」
「朝は無理だから仕方ない」
そう言い続けている自分が、情けなくなるのだろう。
だが、諸君。
ここは少し、彼の考えを正さなければならない。
病気や服薬による身体の制約は、怠けでも人格の欠陥でもない。
朝早く働けないことと、働く意思がないことは違う。
自分の体調を無視して働き、さらに生活を壊してしまえば、それこそ本末転倒である。
彼に必要なのは、自分を責めることではなく、自分の身体と相談しながら働ける環境を探すことなのだ。
それでも彼は、自分に厳しい。
自分にはできないことがある。
人よりも制限が多い。
普通にできると思われていることが、自分には難しい。
その事実を、彼は何度も自分の欠点として数えてしまう。
### 第五節 自分を許せない男
諸君。
ここまで読んで、気づいたことはないだろうか。
この男は、誰かを責めることが苦手な一方で、自分を責めることには非常に長けている。
親を憎めない。
自分の苦しみを笑い話にする。
一度だけ、過去の痛みを暴力で返してしまった。
身体の事情で、働ける時間にも制限がある。
そして、それらをすべて、自分の欠点として並べている。
彼は、他人の事情には理解を示す。
親にも事情があったのかもしれない。
彼女にも事情があるのかもしれない。
相手にも悪気がなかったのかもしれない。
しかし、自分の事情には、なかなか理解を示せない。
自分が苦しかったことには理由を探すくせに、自分ができなかったことには言い訳を許さない。
他人には何度でも事情を考えるのに、自分には一度の失敗も許さない。
なんとも不器用な男である。
彼は、優しさを持っているのかもしれない。
だが、その優しさは、ときに自分自身を傷つける刃になる。
誰かを守るために、自分を後回しにする。
誰かを悪者にしないために、自分が悪者になる。
誰かに笑ってもらうために、自分の悲しみを隠す。
そして最後には、自分がどれほど傷ついているのかさえ、分からなくなってしまう。
### 終節 弱くて惨めな男の、それでも残ったもの
さて、諸君。
この男は、立派な人間ではない。
誰にでも優しく、いつも正しい判断ができる聖人でもない。
親を憎めず、自分を守る機会を手放した。
苦しみを笑い話に変え、本当の助けを求められなくなった。
過去の痛みを、間違った形で返したこともある。
身体の事情によって、働き方にも制限がある。
彼自身が、自分を弱くて惨めな男だと思う理由は、いくつもある。
しかし、最後に一つだけ、彼に伝えておきたい。
親を憎めなかったことは、彼の罪ではない。
笑い話にしてしまったことは、助けを求める方法を知らなかった彼の精一杯だったのかもしれない。
暴力で仕返しをしたことは間違いだったが、それによって彼が受けてきた暴力まで帳消しになるわけではない。
そして、朝早く起きられないことは、人間としての価値を決めるものではない。
彼には欠点がある。
しかし、欠点があることと、幸せになる資格がないことは、まったく別の話だ。
彼は、自分を許すことが苦手なのだろう。
誰かを許すことには、あれほど時間を使えるのに。
誰かの事情を考えることには、あれほど頭を使えるのに。
自分に対してだけは、どうしても厳しい判決を下してしまう。
まるで、自分の人生の裁判官が、最初から自分を有罪にするつもりでいるかのように。
だが、諸君。
この男に必要なのは、欠点をすべて消し去ることではない。
間違いを認めること。
必要なときには助けを求めること。
自分の身体を大切にすること。
そして、他人に向けてきた優しさを、少しずつ自分にも向けることだ。
彼は、まだ自分を好きになれない。
それでも、いつか自分を責めることをやめられる日が来るかもしれない。
その日まで、彼は生きていく。
弱くても。
不器用でも。
惨めだと思う日があっても。
なぜなら、彼はまだ、自分の人生を終わった物語にしたくないのだから。




