母メランの憔悴
しばらく彼女達を尾行していたファイグ達は村の外れまで歩き、ついに彼女達の住居と思われる場所を発見するに至った。
どこにでもありそうな木造の粗末な家に入る親子を見届け、忍び足で家に近寄り窓から聞き耳を立ててみる。
『なんてことしてくれたのよ! ついにあたしが貴族令嬢になれる日なのに!』
『また貴方はふざけたことを! 貴女みたいな常識知らずが貴族様になんてなれるわけないじゃない! いい加減にしなさい!!』
母親の怒声と共にパシンッと乾いた音が響く。
おそらく娘が叩かれたのだろう。
『いったーーい!! 自分の子供をなぐるなんて最低! 幼児虐待!! 毒親!!』
『わけのわからないことを言うんじゃないわよ! 最低なのは貴女でしょ!!』
聞きなれない単語を交えて喚く少女に何度も叩く音が鳴り響いてくる。普通ならば親の暴力に心折れて怯えるはずなのだろうが……
『うあああああ!! 名前もねえモブのクセに、ヒロインを殴りやがってえ!!』
『ひいっ……!』
娘の心は折れるどころかより凶暴性を増して母親に逆らい、逆に母親のほうが怯えている始末だ。
子供と思えない醜い怒号、そして確かに口にした『ヒロイン』という単語。
(……確定だ)
一度部下と目配せしあってから、ファイグは考えをまとめはじめる。
このままだと母親が弾みで子供を殺してしまう可能性が高い。せっかくの手がかりを失うわけにはいかないと、ひとまず親子喧嘩を中断させるためにファイグは玄関の前に立ちコンコンと扉を叩いた。
『は、はい! ちょっと待ってください!』
バタバタと忙しない足音がしたかと思えば、扉が僅かに開いて母親が顔を出し、すぐさま滑るように外に身を出すと素早く閂を下ろした。
『ちょ、なにすんのよ!? 開けろ!! 開けろよこのアマァ!!』
一足遅く家の中に閉じ込められた娘の口汚い罵声と共に、ドンドンと扉を乱暴に叩く音が耳障りに響く。一方の母親は一度ファイグ達を見てから、泣きそうな顔で俯くと静かに呟いた。
「………すみません」
羞恥、疲労、苛立ち、そんな感情を必死に圧し殺しているだろう彼女の顔は、目の下に隈が出ていて
随分とやつれている。
遠目にはわかりづらかったが、もしかしたら実年齢はもっと若いのではないだろうか。
「あの」
「話すことはありません、帰ってください」
ファイグの言葉を遮るように涙声で拒絶する彼女は、どうやら相当まいっているらしい。俯いたまま彼らと目を合わせようともしない。
「大丈夫ですか?」
「もう放っておいてください!」
「そうはいきません」
なおも拒む母親に今度はハッキリと答え、ファイグは優しく彼女の肩を叩く。
「奥さん、もしよろしければお話を聞かせてはもらえませんか?」
ファイグは拷問官としての授業の一環で人心掌握術を学んでいる。追い詰められた人間の精神につけ込むことなど、彼には雑作もなかった。
「今までずっと辛かったことでしょう。私達に打ち明けてくだされば、気持ちだけでも晴れるかもしれませんよ」
恐る恐る俯いていた顔をあげる母親に、優しげな声をかけ微笑みを浮かべるファイグの姿は、きっと彼女には神の御使いに見えたことだろう。胸の奥から込み上げてくる熱が涙腺を刺激し、ポロポロと頬を涙が伝いだす。
「うああああ……!!」
感情が決壊した彼女は、ファイグの胸に顔を埋めて泣き崩れるのだった。
・メランの証言
あの子がおかしくなったのは、二年前のことでした。
当時この村では流行り病が子供達を襲い、あの子も高熱を出して魘されていたんです。私と夫は必死に看病していましたが、村のお医者様からこればかりは当人の気力次第だと言われ、正直回復は絶望的でした。
それでも私達は付きっきりであの子に寄り添い、どうか娘を助けてくださいと毎日のように神に祈りました。それから三日経ってやっと熱が下がり、私達は涙を流して喜びあったんです。
しかしそれからのあの子は意味不明な言語を交えて、身の程知らずな妄言を喋るようになってしまいました。しかも病気になる前までは素直な良い子だったのに、以降はあまりにも身勝手になってしまいまして……何度説教しても反抗的な態度しかとらなくなってしまったのです。
近所の方からも避けられるようになり、娘が他の子供に乱暴することもあり、陰口を叩かれることも多くなり………ついには夫も愛想を尽かし半年前に家を出ました。
私も娘の癇癪に精神的に追い詰められ、ついには説教のさいに叩いてしまうようになってしまいました。しかしそれでもあの子は大人しくなるどころか悪化していき………今はもう人間の言葉を喋るだけのケダモノのような有り様です。
「私は一体、どこで育て方を間違えたの………?」
さめざめと泣く母親……メランの言葉に耳を傾けるファイグは、やはりと確信する。
性格が変わる前は素直だが、何らかの重症後に共通の妄言を口にするようになる。
先の女生徒達と同じ症例だ。
となると彼女も将来、何らかの問題行動を起こす可能性が高いだろう。ならば後は簡単だ。
「奥さん、もしかしたら娘さんは病気かもしれません」
ファイグの言葉に、メランは袖口で涙を拭い顔を上げる。
「病気……?」
「はい。実は我々は医者でして、彼女のような症例の患者を探していたんです」
半分は本当で半分は嘘。
実際彼女達は怪我や病の後遺症という形で妄言を発症している。その妄言の中には知りようがないはずの国家機密も含まれている以上、それらが外に漏れないように『病気の治療のため』という建前のもと、早めに彼女達の身柄を確保する必要がある。
「治療費は我々が負担しますので、どうか任せていただけないでしょうか?」
優しく微笑んでお願いすれば、彼女の泣き腫れた目が驚愕に見開かれる。
「……本当に、娘は治るんですか」
震える声で確認するように問う彼女にファイグは頷く。
「その方法を探しています」
胸に手を当ててニコリと笑えば、彼女はひきつった笑みで返す。
それは娘が治る可能性を見つけた親としての安心感………ではない。
面倒な狂人をようやく厄介払いできるという、ほの暗い安堵の笑みであった。
「では、お願いします」
実録エッセイとか見ると、昔は優しかったのに育児やら環境のストレスで毒親に変貌しちゃう親がいるなら、子供が突然アタオカになったら虐待するようになってもおかしくなさそうだよな……




