ミルファ村の少女
ミルファ村。
街道から外れた道を抜け川を辿った先に存在するそこは、見た感じはどこにでもありそうなのどかな農村であり、これといって目立った特産品などはない場所である。
公爵領から馬車を走らせた末に辿りついたファイグは目の前に広がる光景を眺める。今回の目的は部下とハンナから得た情報をもとに、リリンという少女の居住を探すこと。身元がバレないように旅人の装いをしており、生来の存在感の薄さも助かり誰も自分達を怪しまないだろう。
最初に目に入った民家を遠巻きに観察してみれば、そこそこな広さの畑を耕している壮年の農夫と若い娘がいた。年齢差から推察するに親子だろうか。
まずは彼らから近辺について聞いてみることにした。
「あの、すみません」
「はい、なんでしょうか?」
「見ない顔だね……旅の方かい?」
どちらも人当たりの良さそうな親子だと判断し、ファイグは人畜無害な笑みを心がけてから本題に入る。
「実は人を探しているのですが、この村にリリンという少女は住んでいますか?」
リリンという名を聞いた瞬間二人はヒュッと息が詰まり、ビクリと肩を震わせた。次いでばつが割るそうに目を反らす。
「し、知りません……」
震える声で娘がそう絞り出すも、ファイグの目は一瞬だけ鋭くなる。
(嘘だな)
その挙動だけでファイグの長年の拷問官としての勘が告げる。彼女はリリンという少女を知っているが、それを隠したいらしい。
「その反応、何かご存知のようですね」
ならばここはもっと踏み入るのが最適だと判断し、少しだけ声のトーンを低くして詰めよってみる。
二人は明らかに怯えており、話すべきかどうか判断しかねて互いに目配せしあう。
「あ、あの………あの子が貴方達に、何か粗相を働いたのでしょうか?」
ビクビクと震えながら口を開いたのは主人のほうで、ファイグが耳をそばだてようとした時だった。
街道に繋がる道から、ガラガラと馬車を引く音が聞こえてきた。
一同の視線がそちらに向くと黒い馬が現れ、馬が牽くのは主に下級貴族がプライベートで愛用する、シンプルながら上品なデザインの一台の馬車だ。
「あの馬車は……」
「タリバン男爵家の馬車ですね」
遠巻きに眺めるファイグ達は車体に刻まれた家紋から、それが辺境の男爵家のものであると気づく。
タリバン男爵家とエスティオス家はあまり接点があるわけではないが、身元がバレるのを避けるべく念のため彼らの視界から隠れておくことにした。
馬車が村の入り口で停まったかと思えば、馬車から三人の人間が降りてきた。そのうちの一人は無表情な中年男性で、身なりからして貴族であると村人にも察することができる。
突然の貴族の来訪に村人達は慌てて跪くが……
「あ、やっと来たわね!」
「!?」
あろうことか、馬車の前に堂々と仁王立ちする一人の少女が現れた。
「待っていたわよ。さあ私を連れていきなさい!」
「……なんだね君は」
ふんぞり返って指差す少女にタリバン男爵は冷めた眼差しで返し、周囲の村人達は貴族に対し無礼な態度をするその少女に青ざめている。
「そこの娘、この方をタリバン男爵家当主と知っての振る舞いか」
「ふ~んタリバンっていうんだ」
従者の一人が厳しい目付きで注意するも、娘はそんなことさえ理解していないらしく呑気に腕を組んでいる。
「君、悪いが私は忙しいんだ」
タリバン男爵はわずらわしそうにしっしっと少女を追い払う手振りをするが、それが彼女の癪に障ったのか急に声を張り上げてきた。
「そんなことどうだっていいでしょ!? いいからさっさと私を連れていきなさいよ!」
子供とはいえ初対面の相手に対しなんとも失礼な態度だ。ましてや相手は貴族、村人達はおろおろと互いの顔を見合せるが、下手に口出ししてとばっちりを受けるのを恐れてか娘を止めるに止めれないでいる。
「やめなさい! 貴族様の御前でなんてことを言うの!」
「痛っ! ちょっと離してよ!」
ここで母親らしい女性が駆け寄ってきて、少女を羽交い締めにして叱りつける。タリバン男爵が母親を不愉快そうに睨めばその視線に青ざめる。
「も、申し訳ありません! この子は貴族様を見るのが初めてで、物珍しさから近づいただけなのです!!」
母親が彼らの眼前で土下座し、無理やり少女の頭を下げさせる姿に少なくとも必死な思いは伝わってくる。
「………平民の娘の癇癪一つで打ち首にするほど、私も暇ではない」
タリバン男爵も母親が心から謝罪していることを理解してくれたのか、言外に見逃すと言ってくれている。
「か、寛大なる御慈悲感謝いたします!」
とここで彼らは村人達にやや背を向ける形で互いに耳打ちしあう。すかさずファイグは読唇術で会話の盗み聞きを試みた
『なんだあの小娘は』
『あんな無礼者、政略の役にもたちませんよ』
言葉を大雑把に訳すとこんなものだ。
会話の内容から推察するに、どうやら彼らは政略に使えそうな養子を見繕いにこの村へ来たらしい。
「他に子供はいるか?」
「は、はい! ただいま!」
急な要望に慌てて村長が村人達を呼び出し、彼らは子供達をタリバン男爵の目の前に並べる。
男爵は彼らの周りを一週しながら一人一人の顔や仕草等を一瞥していくも、しばし考えこんでから渋い顔をしてため息をつく。どうやらあまりお気に召す子供はいなかったらしい。
「仕方ない、ほかを当たるか」
タリバン男爵は用は済んだとばかりに、くるりと踵を返し馬車に戻っていく。
「は? ちょっと! なんで帰るのよ!? 私を貴族にしないとゲームが始まらないじゃないの!」
「黙りなさい!!」
するとそれを見た先ほどの少女がまたぎゃあぎゃあと喚きだしたので、母親は鬼の形相で叱りつけながら彼女の口を手で塞ぐ。
村人達は青い顔で娘と馬車を見比べており、なんらかのお咎めを受けるのではないかと恐れているのだろう。
(………げえむ?)
しかしファイグにはそんなこと眼中になかった。
今、あの娘は確かにそう口にした。あの言葉を知ってるということは、例の女生徒達と何か繋がりがあるのは間違いなさそうである。
その後も意味不明な言葉を口走る少女を叱りながら、母親は彼女の腕を無理矢理引っ張ってどこかへと去っていった。
「………行くぞ」
「はい」
その背を見据えるファイグの言葉短い指示に、部下は真剣な眼差しでうなずくのだった。
貴族が養子に迎える庶民の基準てなんなんだろう?




