不浄のゆりかご
一体どういうこと……?
あいつが見せた紙に書かれていた文字は、間違いなく日本語だった。まさか、あいつも転生者なの?
色々考えていると、あのババアが入ってきた。
いつもの私達を見下す目じゃなくて、なんだか憐れむような目だ。
なにそれ!? それはそれでムカつくんだけど!!
「……いい知らせかどうかはわからんが、お前達は買い取られることが決まったよ」
『!?』
だけどババアが次に言った言葉に耳を疑った。
発狂寸前だったほかの転生者達も目に光が戻ってくる。
「今聞き取りした娼婦の内で銅貨を貰わなかったやつらは、さっきの男が全員を買い取ってくれるとよ。だから、お前らはもうここで働く必要はない」
「ほ、本当に……!?」
「ああ……」
ババアは煙草の煙を噴きながら頷いた。
『やったああああああ!!』
私は喜びのあまり声を張り上げてしまい、まだ正気を保っている転生者達も飛び跳ねていた。
いつもならこれだけ騒いだらババアの鞭が飛んでいただろうけれど、どうせもういなくなるだろうからって今日は何もしてこなかった。
ラッキー!
「ええ……よりにもよってあいつらを?」
「もの好きな男もいたもんだな……」
なによ、負け惜しみ?
アンタ達年増共は、せいぜい指くわえて見てりゃいいのよ!
あははははは!!
にしても攻略失敗してバッドエンドになったと思ったら、まさか助けてもらえるなんて……。
やっぱり私はヒロインなんだわ!
それによくよく考えてみたらアイツもなかなかイケメンだったし、彼氏候補にしておくのも悪くないわね。
ここを出たらあとは貴族令嬢として返り咲いて、あの悪役令嬢に復讐してやるわ。
今度はお前が娼館でキモ男達に嬲られるのよ!
泣いて謝ったって許さないんだから!
1週間経って、お迎えの馬車に案内された私はついニヤケちゃう。次々と馬車に乗せられるほかの転生者達も、似たようなことを考えているのか上機嫌に鼻歌まで歌っている。正直鬱陶しいけどまあ私はヒロインなんだから、このくらいで文句なんか言わないわ。
な〜んて考えてたら、次が最後だ。
「いやあああああ!!」
「!?」
耳が痛いくらいの絶叫に、先に乗っていた全員の顔が入口に集まる。
そこには最後の一人らしい女が、大男に羽交い締めにされながら乗せられようとしていた。
誰? 知らない女だわ。
「あいツはっ、アいつだケはイやあアああ!!」
その女は処刑される前かってくらい必死に抵抗していて、錯乱しながらもがいている。
「おねガいいイイいい!! 娼婦でモなんデもするかラああアあ!! アイつはっ、あイつにダケは買わレたくナいいイいイイい!!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった不細工顔の女の暴れっぷりは、あまりにも異様だった。
(な、なによこいつ……)
結局暴れる女は手足と口を縄で拘束されて馬車の端っこに放り投げられた。手こずった大男が苛立たしげに舌打ちしてから、扉を乱暴に閉めると馬車は動き出す。
女は出発してからもしばらくバタバタと暴れていたけれど、さすがに疲れたのか静かになった。それでも身体は小刻みに震えていたけれど。
それを見た私の気持ちは、さっきまでの喜びが嘘のように不安に塗り変わっていく。
(あのイケメン……一体なんなの…?)
ほかの転生者達も同じ考えになっていたみたいで、乗りたての嬉しそうな雰囲気が嘘のように、みんな黙り込んでしまったのだった。
どれだけ時間が経ったんだろう?
私はいつの間にか寝ちゃってたみたいで、馬車が大きく揺れる衝撃で目が覚めた。
目的地に着いた馬車が停まって扉が開くと、もう空は真っ暗で曇っているせいか月も星も見えない。
「ようこそ」
笑顔で出迎えるあのイケメンの後ろの建物を見て、私達の身体が強張る。そこはお化け屋敷みたいな雰囲気の、古びた教会だった。
「な、なによここ……?」
貴族の御屋敷に連れてこられると思っていたのに、どう見ても廃墟のそれだ……!
「さっさと歩け」
いつの間にか私達の周りには黒い覆面の男達が取り囲んでいて、不機嫌そうな声で歩くよう促してくる。
なんか………嫌な予感がする……!
本能的にそう感じた私は、男達の隙を突いて人のいない方へ向けて全速力で走り出した。
「どこへ行くんだい?」
「ぎゃあ!?」
だけど足が何かに引っかかって、勢い余って前のめりに転んだ。よく見れば私の両足には鎖が繋がっていた。
いつの間に……!?
寝てる間につけられたの!?
大男は片手だけで鎖を引っ張って私の身体引きずろうとするけど、地面の砂利と砂が手足の皮膚を擦って凄く痛い!
「ちょ、歩く! 自分で歩くからぁ!!」
必死に叫べば大男は引っ張るのをやめて、私はなんとか立ち上がるけれど両腕と両足が擦りむいて血が滲んでいる。
なんで……なんでこんなことに……!
痛いのと怖いのとでグスングスンと涙を流しながら、私達は裸足で廃教会に入っていく。
中には埃を被った女神像が飾られていて、イケメンが女神像の下の祭壇をずらすと地下に続く階段が出てきた。
階段の下は真っ暗で何も見えなくて、恐怖からゾワゾワと鳥肌が立つ。
「じゃあ、順番に降りていってもらうよ」
ランタンを持ったイケメンが先頭を歩いて階段を降りていけば、長い石造りの通路が出てきた。思っていたより広い道中の壁には小さな蝋燭がぼんやり灯っていて、それが一層不気味に見える。
そのまま歩いていくと暗闇の奥から声が聞こえてきて、私達はビクリと肩を震わせる。
行きたくない……絶対ろくなことが起こらないって直感でわかる。でも男達が鎖を引っ張るせいで逃げられない。
目の前を見たくなくて横に目線を向けたら、いつの間にか壁のデザインが変わっていた。
いや、それは壁なんかじゃない。薄暗くてかび臭い牢屋だった。牢屋の中には薄汚れたボロ布を着ただけの女達が、一人ずつ閉じ込められている。
一人は牢屋の隅で縮こまって震えていて、
一人はゲラゲラと狂ったように笑っていて、
一人はブツブツ呟きながら壁に頭をぶつけている。
娼館でも似たような状態の女達がいたけれど、彼女達の挙動は地下の雰囲気もあって手足が冷えるほど怖かった。
「ここだよ」
するとここでイケメンが声をかけてきて、思わずそっちを向くと錆臭い大きな鉄の扉が見えてきた。
控えの大男が両手で扉を開けば、埃っぽい冷えた風が微かに吹くのを肌で感じる。
そこには………
『ひぃ!?』
赤黒く汚れた大きな道具、トゲトゲの椅子や鞭、何種類もの刃物がテーブルの上に並べられていた。
そのどれも、金属部分は血で錆びついていた。
「じゃあ、まず君からだな」
(ち、ちょっと! なんなのよここは!?)
いや、なんとなく想像はつくけれど……それを認めるのが怖い!
イケメンは相変わらず笑顔のまま、一番前に立っていた私の腕を引っ張る。
「ひっ、いやあ!!」
いやな予感しかしない私は必死に抵抗するけれど、予想以上にイケメンの掴む力が強くて腕を振り払えない。
それでも必死に暴れていると、部屋の奥からゴロゴロと荷台を押すような音が聞こえて……
「へ……?」
運び込まれたのは、表面にトゲがびっしりついた細長いピラミッドみたいな模型だった。右側にはハンドルのついた小箱みたいなのがある。
「今から君達には我々の質問に答えてもらいたいんだが、もしその質問に対し嘘を言ったり適当なことを言ったりしたら、どうなるかを見せてあげるよ」
「きゃあ!?」
大男二人が私の手足を抑えて両手足を天井から吊るされた縄で縛られて、そのまま私の身体はピラミッドの上に固定されるように宙吊りにされた。
「じゃあ、始めていくよ〜」
「ちょ、ちょっと! 何するのよ!? 離してよお!!」
私の叫びを無視したイケメンがハンドルを回し始めると、吊るされた私の身体が徐々に下りていく。
棘だらけのピラミッドの先端に向けて。
「いっ、いやあああああああ!!」
それが何に使うものなのかはわからないけれど、悪い予感しかしない私は腹から叫んで暴れた。
でも身体は吊られているせいで手足の縄が締め付けて痛くなるだけだし、イケメンがハンドルを回す手を止めることはない。
「君達は、醜い男に犯されるのは嫌なんだろう?」
にっこりと笑うその顔は、元々イケメンなのも相まって私の前世の推し達と同じ爽やかなイケメンスマイルのはずなのに、今はただただ恐怖しかない。
「よかったね、もう人間に犯されることはなくなるから」
イケメンはさらにハンドルを回す手を早めていく。
「ちょっと! やだっ、やめてよお!! やめ
ぎゃああああああああああ!?」
「なんだ、もう終わりかい?」
泡を吹いて白目を向くフィノを眺めてから、予想以上に気絶するのが早かったことにロヴァンは少しだけ残念な気持ちになる。
まあとはいえ、これで自分達がこれからどんな目にあうのかはわかりやすくはなったことだろう。
「さて……」
『ヒィッ!!』
隅で縮こまる女達をチラリと見れば、彼女達はビクリと肩をはね、涙目で青ざめて震えている。
「君達の知っている情報を、全て教えてくれないかな?」
「お手柄だったな、ロヴァン」
「いえいえ……偶然に助けられたようなものです」
一人目を拷問しただけで恐怖した彼女達は、ロヴァンの問いに対し洗いざらい話したのだった。
やっぱりこの世界が物語の中だとか、自分はその主人公であるだとか、王子や貴族の伴侶になれるのだといった内容ばかりだったが、今重要なのはその辺りではない。
彼女達以外に『ひろいん』はいるのか、
それはどこの国にいるのか、
名前はなんなのか、
……等といったほかの『ひろいん』に関する情報を得られたのである。
書き記した名前と国名を本にまとめ、ファイグは立ち上がる。
「早速、各地に潜ませている部下達に連絡しろ」
最初は熱した苦悩の梨にしようか悩んだんですが、イメージだけでもきつかったのでユダのゆりかごにしました。




