娼館の聞き取り調査
クズ同士の無様な争いからしか取れない栄養があります。(愉悦)
今日が初仕事であるフィノは、自分が醜い年上の男に汚されたという事実に、込み上げる吐き気を必死に抑えている。
「うぐっ……嘘よ………私の処女がっ……あ、あんなキモ男なんかに……!」
こんなはずじゃなかった。
学園で推しのイケメン公爵様と恋愛フラグを立てる予定だったのに、部屋でお菓子を食べてたら急に眠くなって……気がついたらこの汚い娼館の前に縛られて放り出されていたのを思い出す。
(こんな展観知らない………まさか、悪役令嬢の差し金!?)
思い起こせば彼女はゲームと違う行動ばかりしていたことに、フィノは今更になって気付く。
きっとそうだ。彼女も転生者だったんだ。
自身の破滅フラグ回避のために、ヒロインであるこの私を娼館なんかに放り込みやがって!!
フィノは折れそうな自分の心を必死に支えるべく、悪役令嬢への身勝手な恨みを募らせる。
「お、見ねえやつがいるな。新入りか」
そこへたった今仕事を終えたであろう少し年上の娼婦が控室に入ってきて、物珍しげにフィノを見る。
「おいおい、この程度で根を上げてたらこの先やってけねえぞ〜?」
ベテランと思われる半数の娼婦達は、娼館の洗礼を受けたであろう彼女を見てゲラゲラと笑っている。
「うっ、うるさい! 私はヒロインとして『推し』に愛される存在なんだから、アンタ達みたいなモブと一緒にしないでよ!!」
その笑いに無性に腹が立って言い返すフィノに、途端に場の空気が白ける。
「あ〜……こいつも『病気持ち』か」
「またかよ? 最近こんなのばっかだな」
「やだやだ、あたしらにまで移すなよ〜?」
ここ最近この娼館に入荷される若い女は、大抵が妄想癖の強い気狂いばかりだった。娼館という場所柄、性病のせいで頭が可怪しくなる者も珍しくはないが、自分達まで罹患してはたまったものではないのだ。
嫌なものを見たとばかりにシッシッと手で払う彼女達の態度に、明白な侮蔑が込められていることを理解したフィノは歯を軋らせる。
「な………なによっ、人をバイ菌扱いしないで!!」
どう見ても見下されているとわかる態度に一層怒鳴り声を張り上げる彼女だが、娼婦達は明後日の方向を向いて素知らぬ顔をする。
「ブツブツ……ブツブツ……」
一方でフィノの傍らには、二人の若い娼婦が床に座り込んでいた。
空色の髪の娘は膝を抱えて俯き、虚ろな目でブツブツと小さく呟いている。彼女はフィノより2ヶ月前に売られた娘で、名前はイシス。
初仕事当時こそ今のフィノのように喚き散らしていたが、娼館での絶え間ない暴力に早くも心が折れかけている。
もう一人は赤い髪で、イシスと同時期に売られたセレン。頭を左右にゆらゆらと揺らし口元は笑みを浮かべているが、目は焦点が合っておらず笑っていない。こちらの精神はもはや完全に壊れている。
どちらも露出した腕と足にはいくつもの青痣ができている。
「うるさいわねっ! 静かにしてよ!!」
ただでさえ苛立っているのに目障りな彼女達に鬱陶しいとばかりに怒鳴れば、必死に現実逃避していたイシスの脳内の血管がとうとう我慢の限界を超えて千切れる。
「ああ!? うるせえのはてめえだろ! 何がヒロインだよっ、ここにいる時点でバッドエンド済みの負け組の癖によお!!」
血走った目を見開いてギョロリとフィノを睨み、愛らしかったであろう顔を悪魔のような形相に歪めてイシスは怒り狂う。
「ま、負けてなんかいないわ! きっとパパとママが私を助けにきてくれるわよ!!」
「こんなドブ娼館のアバズレを引き取るバカ貴族がいるわけねえだろ!」
「うるさいうるさいうるさいうるさい! あんた達も転生者なんでしょ!? どうせそんな性格だったから悪役令嬢に逆ざまあされたんじゃない!」
「違えよ! クソババアがあたしを金で売りやがったんだよ! もう少し待ってれば貴族のパパが迎えに来てくれたのに………何が『畑仕事も手伝わない役立たずに食わせる飯なんてない』だよ!!」
「どっちも同じじゃない!!」
激怒する少女達は汚らしい言葉で互いを罵りあい、しまいには取っ組み合いの喧嘩に発展していく。
顔を殴り、髪を引っ張り、爪で引っ掻くそのさまは、醜いことこの上なかった。
「あ〜あ、また始まったよあいつら……」
「よくもまあ飽きないねえ」
「いい加減、割り切るか心が折れてもおかしくなさそうなのに……無駄にしぶといわよね」
「一体どこにあんな根性があるんだか……」
見苦しい争いを繰り広げる若手達をベテラン娼婦達は遠巻きに眺める。経験上、こういった輩と絡むのは面倒ごとにしかならないと理解しているからだ。
そこへヒールの音を響かせながらストラディアが入ってきてギロリと三人を睨みつければ、少女達は彼女から受けた『躾』を思い出したのか、慌ててケンカを中断して震えながら縮こまる。
「………全員集まったね」
ストラディアは部屋を見渡して娼婦達の人数を確認する。
「てんちょ〜、今度は一体なんの用っすか?」
「今日はえらく気前のいい客が来てるんだ」
年長の娼婦がヘラヘラと笑いながら挙手すれば、ストラディアは奥の客室を顎で指す。そこは特別な客を出迎えるための部屋だったはずだ。
「呼ばれたら一人ずつ中に入りな」
館内の娼婦一人一人と話がしたい。
そうロヴァンが頼んでみると、ストラディア達は彼の猟奇性を目の当たりにしたせいで最初は要望を受けるべきかどうか、やや躊躇っていたようだった。だが前金の高さを考慮して結局引き受けてくれたらしく、指定された部屋に待機することとなった。
今日の業務が終わった頃合いを見計らい、ロヴァンはソファに座って待っていると扉がノックされる。
「どうぞ」
入室許可をすればまず一人目が入ってくる。
「へ〜、ツラはいいじゃん」
中年だがまだ若い見目の娼婦は、品定めするように気持ち悪い視線をロヴァンに向けてくる。彼女を向かいのソファに座らせてから、大まかな生い立ちやなぜここに売られたのかを軽い雑談を交えて聞いてみれば、軽薄気味に答える内容は最底辺の娼館に売られるだけあり、同情の余地もない性悪で自業自得な半生ばかりだった。
「この店で働く娼婦達に聞きたいことがある」
ある程度聴き終えたところで、ロヴァンは本題に入ることにした。まず懐から一枚の紙を取り出して娼婦に見せてみる。
「この言葉を聞いたことがあるか?」
「………なんだこの模様?」
娼婦は紙を上下左右に回しながら、訝しげに眉間にシワを寄せるだけだ。
「知らないか?」
「知らねえよ、こんなごちゃごちゃした文字」
「そうか、なら戻っていい」
用は済んだとばかりに銅貨を一枚手渡せば、彼女は金が貰えるとは思っていなかったのか大層驚く。
「ちょ、いいのか!?」
「店の分はすでに支払っている。それは君自身の金だ」
「うぇ………えへへへ……ありがてえなあ。アンタになら何発殴られてもいいぜ」
娼婦は銅貨を大事そうに握りしめ、ニヤニヤと上機嫌で笑いながら部屋を出ていく。思っていたより現金な性格だが、まあそうでもなければこんな店で働けないのだろう。
その後も年配の娼婦達に同じ質問をしていけば、やはり彼女達は紙の模様については知らないと答える。
ベテラン娼婦達は顔や手足に包帯が巻かれているが、ちゃんと自分の立場を理解しているようで『ひろいん』達に比べると受け答えは普通で大人しかった。
問題は次からだ。
「どうぞ」
ノック音に入室許可を出す。
最近入ってきたという若い娼婦………フィノは部屋に入って早々ロヴァンを睨んでくる。その眼差しはこれまでに拷問してきた『ひろいん』達と同じ反抗的な目だった。
「あんた、誰?」
……単にロヴァンを警戒しているだけかもしれないが。
「この文字に見覚えは?」
ここでロヴァンは今までの娼婦達と違い、敢えて生い立ちを聞く前に例の紙を見せてみる。
するとフィノは紙に書かれた文字を見た途端、目に見えて動揺しだした。
「悪役令嬢………攻略対象!? あ、あんたなんでこれを知ってるの!?」
「知っているんだな?」
「もちろんよ!」
網にかかったことを確信したロヴァンは、にっこりと笑う。
「では君は、隣の部屋に待機しててくれ」
フィノ
婚約者のいる公爵家令息に言い寄った報せを受けた両親が、責任を追及されることを恐れて早々に切り捨てられた。お付きのメイドに命じてお茶に睡眠薬を盛り、眠っている隙に退学諸々の手続きを済ませて娼館の前に捨て置かれる。
イシス
ある意味リリンのIF。
セレン
伯爵家に引き取られたはいいが、あまりのワガママ振りに政略利用の価値無しと判断され、入学前に普通の娼館に売られた。そこでも問題を起こし、グレードの低い娼館へとどんどん押し付けられて今に至る。




