伯爵令嬢ミアナ・イライジェルの供述
王城から外れた、窓のない小さな小屋。
一見すると木こりの休憩所にも見えるそこの内部は、クローゼットとベッドのみという質素な内装となっている。
小屋の中に入ったファイグはクローゼットの戸を開き、使われた形跡のない質素な衣服を左右にどけてクローゼットの内側をゆっくりと押す。
すると押された木の板が下へと落ちていき、その先から暗くジメっとした空間が広がる。足元から地下に続く階段が伸びるその隠し通路をランタンで照らし、ファイグは副官を引き連れて地下へと降りていった。
カツンカツンと自分と副官の足音が反響する音を耳にしながら進んでいけば、人の手が加えられた地下空間に出る。通路の脇に灯された蝋燭が唯一の光源であるそこは、気温が低くややカビ臭い。
初代エスティオス公爵が極秘で掘った地下牢獄、そこがファイグの仕事部屋である。
ファイグが奥へ奥へと進んでいくと、遠くから物音が鳴り響き、徐々にハッキリしていく。
「出して! ここから出してよ!!」
目的の部屋に辿り着けば、頑丈な作りの鉄の扉の向こうからキンキンと耳障りで甲高い叫び声が聞こえてくる。
鍵を開けて中に入れば、両手は膝掛けに両足は椅子の脚に固定された娘が、部屋の中央にいた。
パステルピンクの柔らかな髪とパッチリした青い目という、見た目だけならば愛らしい容姿。しかしその顔は怒りと苛立ちから醜く歪んでいる。
「君がミアナ嬢だね?」
「誰よあんた!?」
ミアナ・イライジェル。
彼女こそ第一王子を誘惑した伯爵令嬢である。
「ファイグ・エスティオス……まあ覚える必要はないよ」
ファイグは日頃気配を消すよう心がけているので、彼を知らない若い貴族も少なくない。
「なんで私をこんなところに閉じ込めるのよ!?」
ガチャガチャと椅子ごと立ち上がりそうな勢いで暴れるミアナに、しかしファイグは楽しそうに口角を上げる。こんな状況になってなお噛みつく姿勢は嫌いではない。そのほうが長く遊べるからだ。
「君は国家機密を知る重要参考人だ」
ミアナはファイグの言葉にいまいちピンときていないのか、訝しげに睨む。
「まず、君はどこでクリシュラ姫の存在を知った?」
念のため姫の存在を知る関係者を洗い出してみたが、いずれもミアナどころかイライジェル家と接点のあった人物は見当たらない。ひとまず姫のことを教えたであろう存在を聞いてみた。
「はあ? お姫様はアザル様ルート解放に必要なキャラクターなのよ、知ってて当然じゃない!」
「………」
まあすんなり白状するとは思っていないが、いきなり意味不明なことを言い出す彼女にファイグは絶句してしまう。
アザルというのは第二王子の名前だが、そのほかの単語は少なくとも自国の言語では聞き慣れないものである。
ルートカイホウ? キャラクター? どこの国の言語だろうか。
「………質問の意図が伝わらなかったかな。君はいつ、どこで、誰から、姫の情報を知ったのかな?」
ファイグが分かりやすく一区切りずつ問うと、言い方が癪に触ったのかミアナは急に怒鳴り散らす。
「だから、乙女ゲームで知ったんだってば!」
なおも聞いたことがない言語を交えるミアナにファイグは首を傾げるのみだ。
「おとめげ………?」
「在学中に彼女がしきりに口にしていた言葉です」
ここで背後に控えていた部下が耳元で解説してくれた。
「何かの暗号でしょうか?」
裏社会の組織が他者に情報を知られた時のために、組織の構成員にしかわからない造語を用いるのはよくある手だ。もし彼女の支離滅裂な言語がそういった暗号だと仮定した場合、首謀者はかなり組織だっているのか?
「まあいい、どうせ嫌でも説明せずにはいられない」
このまま質疑応答を繰り返しても答えないと判断したファイグは部下に顎でしゃくる。彼の要望を正しく理解した彼は拷問部屋に備わっている隠し倉庫を開け、その中からファイグのお気に入りの拷問器具を壊れ物でも扱うかのように手に取ると、彼の前に跪き両手でそれを差し出す。
「え………なにそれ……?」
大きさは手の平大で、平たい金属の板の両端を二本の鉄の棒、真ん中にネジが通された形状。使い込まれた形跡のある赤黒く錆びた物体を目の当たりにしたミアナの声が戸惑いから震える。
「ああこれかい? サムベキンと言って、私のコレクションの中でも一番使いやすい拷問器具さ」
「ごう………もん…?」
ニッコリと笑顔で告げられた言葉の意味を理解した途端、ミアナの顔が青ざめる。
「ま、待ってよ! 拷問!? 拷問てあの拷問!? なんで全年齢乙女ゲームにそんなものが出てくるのよ!?」
また知らない単語が出てくるも、ミアナの証言を部下にしっかり記録させつつファイグはサムベキンを彼女の指に嵌める。
「ま、待って! なにをする気よ!?」
手足をバタつかせて抵抗する彼女に穏やかな声で語りかける。
「これはね、こうやって使うんだよ」
思ったより早く音を上げてしまったことを残念に思いつつ、ひとまず説明しやすくするためにファイグは一度ネジを緩めていく。カヒュッ、カヒュッ、と涙を流しながら過呼吸するミアナから、途切れ途切れに述べられた話を簡潔に記すとこうだ。
自分はこことは違う世界から来た異世界人で、この世界は自分が生きていた世界に存在していた物語の世界であること。
自分は一度死に、この世界の主人公であるミアナ・イライジェルに生まれ変わったこと。
ミアナは本来王子を初めとする見目麗しい貴族令息と恋に落ち、愛を育んだ末に結ばれる運命であること。
その過程で王子達の婚約者達に妨害され、彼女達を断罪するはずだったこと。
なのに王子以外の貴族令息とその婚約者達が、彼女の記憶にある物語の通りに動かなかったこと。
あげく断罪に失敗して投獄され、今に至ると。
全てを聞き取ったファイグの答えは………
「………意外だね。まだ口を割らないだけの度胸があるなんて」
「へあ?」
馬鹿馬鹿しい、ただそれだけだった。
ファイグは今までいろんな罪人を拷問してきたが、その中にはしらばっくれたり嘘をついたりする者も何人もいた。しかしそれらと比べても、彼女の発言は荒唐無稽としか言い様がないものだ。
「つくにしても、もっとマシな嘘をついてほしいよ」
この世界が物語の中で、自分はそれを読書する人間の世界から来た異世界人?
しかもその物語の流れに沿って、王族を誑かしていた?
とぼけるにしても、もっとマシな内容があったはずだろう。
「ち、違! 本当に私は転生者で!」
「まあいい、答える気になるまで、何本でも折ってあげるよ」
とはいえファイグにはある確信があった。
重要な密命を帯びた暗殺者などは組織や雇い主の情報を漏らさないように、幼い頃からあらゆる拷問に耐える訓練を受けて強靭な精神力を有していることが多く手こずりやすい。だが先ほどの反応から考慮するに、この女の精神力は非常に脆いことが伺える。つまりこのまま繰り返し拷問を続ければ、いずれ虚言を発する気力も失くし真実しか言えなくなるだろう。
「はたして、君はどのくらい持つのかな?」
「いやあああああああああ!!!!」
それから二週間後。
再び王の御前に呼び出され、近況報告を告げるファイグの目には疲れが見えていた。
「それで、いまだに口を割らないのか」
「………申し訳ありません」
予想では一日で折れると思われていたが、それに反してミアナは一切口を割らなかったのだ。
拷問器具を変えるという試みもあったが、自白する前に精神が壊れてしまえばもとも子もないので、一級魔法である強心魔法をかけて正気を保たせてある。なのに彼女はこれだけの苦痛を受けているにも関わらず妄言しか言わないのだ。
「よもやお前ほどの男を手こずらせるとは、相当胆力のある娘のようだな」
「いやはや……私も様々な罪人を相手にしましたが、あそこまで強情な罪人も初めてです」
おかしい。
ファイグの経験上、あの小娘の心などとっくに折れているはずなのに、彼女はいまだ真実を吐かない。
なにが彼女をそこまで支える?
あるいは暗示か何かでも受け、指示者に関する記憶が消されているのだろうか?
「陛下、もはやあの小娘から得られるものは何一つないと愚考いたします」
いずれにしても有益な情報は一切出てこず、いい加減ファイグは彼女で遊ぶのにも飽きてきていた。
今回の報告を通して王にもう殺処分するべきではないかと進言してみると、ふと王は少しだけ目を伏せてからこう告げた。
「ファイグよ。実は先日我が密偵が、ドミオン公爵領にてある情報を入手したのだ」
「?」
ドミオン公爵家といえば優秀な騎士を輩出してきた王国きっての武闘派貴族であり、質実剛健と実力主義を重んじているゆえか平民からの支持率が高い。そんなドミオン公爵領には王立学園とは別に平民専門の軍学校が存在しており、平民達にとって英雄に成り上がれるチャンスがある憧れの場所だ。無論卒業後は奨学金を支払うために軍属するといういくつかの条件はあるものの、衣食住の保証と最低限の読み書き計算を覚えられるからと毎年入学希望者が後を断たない。
「その軍学校が何か?」
「………実はそこで、イライジェル嬢の騒動以前からある女生徒が問題を起こしていたそうなのだ」
王曰く、その女生徒は在学中の男子生徒を誰彼構わず誘惑して侍らせており、度々ほかの女生徒といさかいが絶えなかったらしい。とはいえ未来の尖兵になる男と今の内に交流を繋いでおくという手法自体は、特に珍しいことではない。
なのになぜ今そんな話題を?
ファイグの疑問を察してか、王はさらに続ける。
「実はその女生徒、『アムロス』を男子生徒達に摂取させていたそうだ」
「!?」
アラロスといえば国内で第一級指定されている違法薬物だ。摂取した者は多幸感に包まれるのと引き換えに高い依存性に苛まれるため、裏社会では惚れ薬という触れ込みで出回っている。
現在摂取された男子生徒達は神殿に搬送され治療中、元凶の女生徒は公爵領の牢獄に閉じ込められ、余罪がないか取り調べている最中だとか。
しかしよりにもよって厳格で正義感が強いドミオン公爵のお膝元で、そんな大それたことをするとは命知らずもいいところだ。はたまた平民専用軍学校の弊害がこんなところに出てしまったのだろうか。
「私が見聞きした印象では、この事件とイライジェルの騒動は似ていると思うのだが………そなたはどう思う?」
「………確かに、似通った部分があるように感じます」
いずれも教育施設内で発生し、主犯が女生徒。
不特定多数の男子生徒に色目を使い、他の女生徒と軋轢を生んでいる。
はたしてこれは偶然だろうか?
「さらにはその女生徒、度々妙な言葉を発していると報告があった」
「妙な言葉?」
「『おとめげえむ』、『ひろいん』、『コーリャクタイショウ』、『アクヤクレイジョウ』、『コウカンドアップアイテム』、『しなりお』、『ぎゃくはあ』………。いずれもミアナが口にしていた妄言とほぼ一致しているのだ」
王の言葉にファイグは目を見開く。
ミアナから聞き出した例の暗号は、直接絞り出した自分達と報告を受けた陛下しか知らないはず。
なぜ遠き地の平民の小娘が知っているのだ?
「私が思うに、この両者は繋がっているのではないかと推測する」
もしかしたら二人は同じ黒幕の指示で動いているかもしれないと言う王は、ミアナ・イライジェルの件は一時保留にし、ドミオン公爵領に向かいその娘について調べてみよとファイグに命じる。
「ドミオン公爵にはすでに話を通してある。手段は問わんゆえ、必ず洗い出せ」
王の力強い眼差しに、ファイグは興奮からつい拳を握りしめる。どうやらこの事件、思っていたより根深そうだ。
一方で次の罪人はどんな玩具になるだろうかと、喜悦に歪む顔を王に見せないよう努めるのだった。




