抱擁刑
マリエル・リシェッタは第一王子に毒を盛ったという重罪を犯したが、その内容が王家の威信を損なう危険性が高いと見られ、学園を始めとする外部にはすぐさま箝口令が敷かれた。
リシェッタ夫妻は『自分達はなにも知らない』『娘が勝手に仕出かしたことだ』と無関係を主張したが、被害にあったのがいずれも国内有数の名家の嫡男だったため、マリエル一人の罰だけでは足りないからと夫妻に教育不十分の責を取らせた上で一つの取引をした。
もしもマリエルが罪を認めて毒杯刑を受け入れたらリシェッタ家への処罰は軽くし、マリエルが毒杯刑を拒んだらリシェッタ家を取り潰すと。
夫妻が取引を呑み、騎士団による尋問も兼ねた執行の場を設けたエスティオス家は、言い逃れを続けるマリエルに拷問をかけて容疑を認めさせてから毒杯刑を下した。
しかし当のマリエルは両親の気苦労など知ったことかと言わんばかりに、獣のような醜態を晒しながら毒杯刑を拒否。つまりは貴族としての最期の役割を自ら放棄してしまった。
これによりリシェッタ家は取り潰しが決まり、夫妻は平民に落とされることとなった。
一方のマリエルは『死なない刑罰』を選択した結果、表向きは『病死』という形で貴族社会の表舞台から姿を消され、内密に処刑された。
その処刑内容は『抱擁刑』である
両手を拘束されたまま、引きづられる形で無理矢理歩かされるマリエルは、涙を流しながらひいひいと過呼吸を繰り返している。
「痛いっ、痛いってばあ! せめて足の怪我を治してよお!」
苦痛を避けるべく必死に爪先立ちを維持しようとしているものの、なんらかの弾みで体勢が崩れてしまえば踵がついてしまい、硬い床に当たって激痛に泣き叫んでしまう。
それを何度か繰り返しながら歩いていくと、執行官達はある扉の前にたどり着く。年季の入った古い金属の扉を開けると、そこに鎮座していたのは手足のない錆びた鉄の人形だった。
高さはマリエルの頭一つ分高く、胴周りは二倍くらいの太さがあり、傍らには鉄で出来た箱の上にハンドルが取り付けられたものが設置されている。
(な、なにこれ……?)
人形から放たれる不気味な威圧感に、マリエルの背筋を冷や汗が流れる。
「こちら、『抱擁の乙女』といいます」
対する執行官は淡々と説明し、控えていた部下と思われる執行官二人に顎で指示すると彼らは同時に動く。
一人が人形の胴体部分を観音開きにし、もう一人が傍らのハンドルを回していく。
すると開かれた鉄板の内部から大きくて長い棘が伸びていき、20センチほどの長さになってびっしりと並ぶ。
「ひい!?」
錆びた鋭利な棘が、蝋燭の灯りに照らされ妖しく光る。
よくよく見るとその内部は赤黒く乾いた血がこびりついていた。
その特徴的な形体を目の当たりにしたマリエルは恐怖に顔が引きつり、ふと前世のある記憶が呼び起こされる。
昔、これと似たデザインの『何か』を、アニメか漫画で見たことがあった気がする。
(これ………『アイアンメイデン』ってやつじゃ……!?)
拷問器具に詳しくなくとも、なんらかの攻撃モチーフとして何作にも取り上げられていた代物だ。乙女ゲーム専門のマリエルでも、知識として覚えているほどに。
「ぎゃっ!?」
するとここで背後から肩を押さえられ、マリエルの身体が前に引っ張られ人形の内部に無理矢理押し込められる。
それが意味することは……。
最悪の可能性に思い至り、マリエルは慌てて叫ぶ。
「は、話が違うじゃない! 死なない刑罰にするって!!」
「ええ、『これ』は死なない刑罰ですよ」
淡々と答える執行官曰く、この『抱擁の乙女』という処刑器具………蓋を閉じると内部の棘が罪人を突き刺すというところは『アイアンメイデン』と同じだが、棘の芯は細い空洞になっていて、付属されているタンクの管から棘の先に繋がり、その先端からタンクに貯蓄された低位のポーションが滲み出す仕組みになっている。
これにより受刑者が死なない程度に出血を治し、さらには栄養失調や脱水による衰弱死も起こりにくくなる。
そんな説明を聞き、マリエルはこれから自分に執行される刑がどれほどの苦痛なのかを想像してしまい、足の痛みも忘れてその場から脱出を図ろうとする。
「ふざけんなあ! そんなの聞いてないっ、別のにしなさいよお!!」
しかしそんな彼女の奮闘に無関心を貫くように、執行官の両腕は彼女を掴んで離さない。
「できません。これは王族を殺そうとした罪人に対する刑罰ですので」
人形の内部には受刑者を逃さないよう頑丈なベルトが備わっていて、マリエルの身体は人形の内部に固定されていく。
執行官が人形から離れていくとギギギと錆びついた金属の音を響かせながら蓋がゆっくり閉じていき、鉄臭い匂いが鼻につく最中………蓋の裏の棘がマリエルの身体に迫っていく。
「待って! やだ、やだってば! やめてえ!!」
ガチャガチャと暴れながら涙目で懸命に叫ぶも、ベルトは外れず動けない。
やがて蓋が閉じると同時に、………
「ぎゃああああああああああああ!!!! いだっ、いだあああああああ!! 抜いてえっ! これ抜いてよおおおおおお!!」
耳鳴りがするほどの甲高い悲鳴を意に介さず、執行官達は直立不動のまま成り行きを見守る。
「ああああああああああ!! 出してっ、ここから出して!! 出してええええええええええええええええ!!!!」
どれだけ時間が流れたのだろうか。
飲食はなく、血が絶えず流れているにも関わらず、マリエルは空腹感も脱水症状も貧血もなく、死なない。
(いつ……まで……)
いつまで自分は、このままなんだろう。
もはや叫ぶ気力もなくなり、涙が枯れ果てた虚ろな目で真っ暗な闇を見つめていると、鉄の板1枚隔てた先から足音が聞こえてくる。
恐らく執行官がやってきたのだろうと気付いたマリエルは、痛む身体に鞭打って必死に叫ぶ。
「ご、ごろしてぇっ! もういっぞごろじてよお!」
掠れてガラガラになった声はマリエルのものとは思えないくらい汚かった。
「何をおっしゃいます。あれほど死にたくないと申していたではありませんか」
しかし執行官は抑揚のない話し方でマリエルの懇願を無慈悲に切り捨てる。
曰く、事前に行われた『毒杯刑』は、貴族としての最期の尊厳を守るための温情のある刑罰であったという。
だが毒杯刑を拒んでしまった………つまり貴族としての尊厳を自ら捨てた彼女に、生半可な死刑が下されることはもはや許されない。
「ぞ、ぞんな………」
あの毒を飲んでいれば、まだ楽に死ねたかもしれなかった。そう突きつけられたマリエルは絶望に打ちひしがれる。
「せいぜい己の犯した罪を悔い改めてくださいませ」
執行官はそう最後に言い残し、足音が遠ざかっていく。
罪…………罪ってなんの罪よ………
私は………ヒロインのはずでしょう?
イケメン達とイチャイチャして……悪役令嬢にざまあして……幸せになるんじゃないの…………?
こんな………こんな目に会うくらいなら……
「どうじて…………わらしは、うまえかわっらの…………?」
王侯貴族に毒を盛った大罪人マリエルは、最終的に刑執行から半年後に死亡した。
見張りの執行官が確認のために顔部分の蓋を開いてみると、その顔は苦痛と恐怖と絶望に歪んだままこと切れていたのだった。
内容が内容なので、だいぶ削れてしまいました。
時間経過で傷が塞がったら、ハンドルを回して一度棘を抜いてからまた刺し直す。これの繰り返しによって、罪人に無限の苦痛を与えられる拷問、それが『抱擁刑』です。




