マリエル・リシェッタの尋問
「ちょっと、どういうことよ!?」
休み時間、イライラする私は学園の中庭で思わず怒鳴ってしまった。だってしょうがないじゃない!
「なんでギアネス様達が学校をお休みしちゃうのよ!? まだ回収していないイベントがあるのに!」
私が攻略したみんながなんだか急に病気になっちゃって、しばらく休むことになったらしい。
こんなのシナリオになかったはずなのに……!
転生してイケメン達に囲まれてウハウハな学園生活を送れるって期待してたのに、初めて会ったギアネス様は怖い顔で『無礼者』って睨むし、他の攻略対象のみんなも嫌なものを見たみたいな目で見てくるし……。
ヒロインに対してなんなのよその態度!
その後もイベントのセリフとか再現したりして好感度上げようとしたんだけど、『勉強の邪魔だ』とか『鬱陶しいから付きまとうな』って言って怒るから、全然上手くいかない。
仕方ないからお小遣いはたいて好感度アップアイテムを買ったけど、それをギアネス様達に使うまでが大変だった。
アイテム使用のチュートリアルではまずお菓子を作ってから隠し味としてアイテムを使うんだけど、最初は特定の場所に現れるモブにプレゼントしなくちゃいけないの。
しかも3回も! こういうのって一回で十分でしょうが!!
この過程を得て、モブを経由して始めてギアネス様達にお菓子が届くんだけど、本当にめんどくさかった!
まあそのかいあって、ようやく好感度が上がってからはやっとみんな私を好きになってくれたわ。
これでいよいよ念願の逆ハーに出来たと思ったのに……なんでよりによってこのタイミングで!?
「おまけに悪役令嬢どころか取り巻き達も全然イジメてこないし、一体どうなってんのよ!?」
まさか、あいつらも転生者!?
さては私のゲーム攻略を邪魔するために何かしたわね!?
イライラと親指の爪を噛みながら私は足元の石を蹴り飛ばした。
「マリエル・リシェッタ嬢」
「え?」
後ろから急に声をかけられて、私は思わず振り返った。柱の影から出てきたのは知らないおじさんで、うちの学校の先生じゃない。
誰?
「なに?」
「少々、お聞きしたいことがあるのですが」
そう言うとおじさんは懐から何か取り出した。
「こちらの薬に、見覚えがありますかな?」
それは液体が入ったピンク色の小瓶だった。
………あれ? これって好感度アップアイテムじゃん。
「うん、あるけど……」
正直に答えるけど、おじさんはずっと無表情だ。
「こちらの薬を……貴方が城下町の裏路地で購入したとの目撃情報がありましたが、どうなのでしょうか?」
「確かに買ったけど、それがどうしたの?」
「何に使ったのでしょうか?」
「そんなの王子様達の好感度アップに決まってるじゃない」
このアイテムは王都の裏路地にいるローブのおばさんから買える薬で、ゲームでは名前なんてなかったけどこっちだとアムロスなんて呼ばれてたみたい。
「………つまり、ディアネス殿下にこのアムロスを飲ませたことを、お認めになられるのですね?」
「だからそう言ってんじゃん!」
おじさんからの矢継ぎ早の質問に苛ついてつい怒鳴る。
うっざ! 一回で理解しなさいよ! 耳遠いわけ!?
すると急に、おじさんの表情が険しくなった。
「捕らえろ!!」
「!?」
おじさんが急に叫んだかと思ったら、物陰のあちこちから大勢の人が飛び出してきて私に掴みかかってきた。
「ちょ、なにすんのよ!? 痛い、離して!!」
私は慌てて暴れるけれど、大人に両手両足を掴まれて動けない。
次の瞬間ガンって頭を殴られて、私はそのまま気絶してしまった……
「う……」
暗い底から引き上げられるように目が覚めた私は、ゆっくりと顔を上げる。
「なにここ……?」
ぼんやりしていた頭が覚醒していって周囲を見渡せば、壁も床も天井も真っ白な広い空間に私はいた。
目の前にはいくつかのお立ち台、後ろには椅子が並んでいて、なんだかドラマで見た法廷みたいなデザインに戸惑う。
「なんでこんな………
っ!?」
ひとまず私は立ち上がって動こうとしたんだけど、そこで気づいた。
私の胴体は椅子に固定されていて、両腕は後ろ手に縛られていて、両足に至っては真っ直ぐ前に伸ばされて、足首を木の枷で固定されて裸足で台に乗せられていたの。
「ちょ、何よこれ!? 離して!」
私は慌てて身じろぐけど、縄は解けないし足枷は動かない。
そこへガチャリと扉が開いて、白い覆面を被った人達が大勢入ってくる。目の前と背後の椅子にそれぞれ人が座ると、覆面を被っているにも関わらず私への視線が痛いくらいに突き刺さってくる。
(何よこれ……)
凄く居心地が悪い視線に晒されて思わず鳥肌が立つ私に、まず目の前の一番目立つ席に座った人が淡々とした口調で喋った。
「ではこれより、特例裁判を開始する」
「はあ!? 裁判!?」
裁判って悪いやつへの罰を決めるやつじゃない。なんで私が!?
「マリエル・リシェッタ嬢、貴女には王太子に毒を盛った容疑がかけられている」
「毒!? そんなの飲ませてないわよ!」
「貴女は先程、アムロスを飲ませたことを認めましたね」
「あ、あんなのただの好感度アップアイテムじゃないの! だいたい毒ならとっくに死んでるでしょ!?」
裁判官ぽい人は覆面だからどんな顔をしているのかわからないけれど、ちょっとだけ聞こえたため息はなんだか苛立っているようだった。
「アムロスは致死性こそ低いですが、強い依存性を持つ違法薬物です」
「………え、違法薬物?」
私はヒュッと息を吸い込んだ。
(それってつまり……覚せい剤とかマリファナみたいなやつってこと……?)
あの薬、そんなヤバいやつだったの……?
聞いてないわよそんなの!!
「一回か二回………それも少量であればまだ毒抜きは可能でしょうが、大量に摂取した場合……」
裁判官さんが自分達が入ってきたのとは逆の扉をチラリと見ると、それを合図にしたようにガラガラと大きな音を立てて運ばれてきたのは檻だった。
中に入っていたのは大きな動物………じゃなかった。
「アアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「あ、あいつは……!」
いつかのモブ!?
初めて会った頃の制服じゃなくて、病院着みたいな白い服を着ていたけれど……間違いない。
でも今目の前にいる彼の目は焦点が合っていなくて、口の端からヨダレが垂れているし、ガシャンガシャンと猛獣のように檻を乱暴に殴っている。
その姿はもう、理性のある人間ではなくなっていた。
「これがアムロスの中毒末期患者の状態です」
変わり果てたモブの姿に私は戦慄する。
「う……嘘……」
最後に会った時はまだ普通だったはずのに。
アムロスって、食べたらこうなっちゃうの……!?
「彼は王子付きの毒見係でした」
裁判官さんは無機質な声で説明しだした。
彼は私にアムロスを食べさせられてから、薬が齎す多幸感によって私に従順になってくれた。だから私が彼にギアネス様達にお菓子を渡すよう頼んだことを全部話したらしい。
「そして殿下達も、貴女のせいでこの状態に至っています」
「え!?」
ギアネス様達が………?
そういえば、最近体調不良で学校を休んだって聞いてたけど。
え、嘘でしょ? 私がアムロスを……食べさせたから……!?
「彼を薬で籠絡し、ギアネス殿下達にアムロスを飲ませるように仕組んだ。それが貴女の罪状です」
「それっ………は……!」
た、確かに彼に頼んでアイテムを食べさせたけど……嘘よっ……ゲームじゃそんな設定なかったじゃない!
「そして現在王家は、貴女のみならずリシェッタ家に国家反逆罪の疑惑を向けています」
「こ、国家反逆罪!?」
ここに来てまずいとわかる単語が出てきたことに、私はさっと青褪める。
「別にそんなつもりなんてないわよ!」
「ならば何故、殿下達に毒を盛ったのでしょうか?」
「だから、好感度アップアイテムで逆ハーにするだけだってば!」
「………」
必死に本当のことを言うけれど、周囲の白い人達はため息をつくだけだった。
な、なによそのリアクション!?
「被告人は虚言を述べ、なおも言い逃れを続けている。これにより『赤山羊刑』を執行する」
「あ、あかやぎけい……?」
裁判官さんの口から知らない単語が出て首を傾げていると、檻が出てきた扉からまた白い覆面の人が入ってきた。
その人の傍らを歩いていたのは真っ赤な毛並みのヤギで、首輪から伸びるリードを覆面の人が引っ張って歩かせている。もう片方の手には取っ手のついた木製の入れ物を下げていた。
「ルメル、ステイ」
「めえ〜」
覆面の人は山羊に止まるよう命令すると、軽く鳴いてから私の前で立ち止まった。
(な、なんなのよこいつら……? ていうか……汚なっ!! 臭っ!!)
赤い山羊からする畜生小屋特有の嫌な匂いに私は思わず顔を顰める。
山羊の飼い主が私の足の前に跪いて入れ物の蓋を開けると、中には刷毛と白い液体っぽい何かが入っていて、飼い主は手にした刷毛で私の足にべっとりした白い何かを塗り始めた。
「え、なによこれ!?」
冷たいドロドロとした感覚に、嫌悪感からゾワリと鳥肌が立つ。
「ちょっと、何を塗ったのよ!? 気持ち悪いじゃないの!」
「ルメル、ゴー」
飼い主が私の悪態を無視して山羊のリードを手放せば、山羊の鼻先が私の足の裏に迫りスンスンと匂いを嗅いでいく。
「ひっ、なに!?」
山羊が口を開けたかと思ったら、ヌラヌラした長い舌が伸びて私の足の裏を舐め始めた。
「ちょ、ちょっと………どこ舐めてんのよこのヤギ!! いやあ! 気持ち悪い!! 汚いからやめてよ!!」
「罪を認めますか?」
裁判官さんは無機質な声でそう聞いてきた。
ふっざけんなこの野郎!!
私は膨らむ怒りのままに怒鳴り散らす。
「なにが罪よ!! ヒロインにこんなことしてただですむと……ひぎぃ!?」
だけどここで私の足の裏から、ヌルヌルする感触の代わりに擦りむくような痛みが走る。
「な、なに…!?い、痛い! 痛い痛い痛いって! やめろこのクソヤギ!!」
「罪を認めますか?」
「ちょっとぉ!! このヤギ離してよお! 本当に痛いんだって!!」
「罪を認めますか?」
「やだぁ! 離してっ、離せえ!! なんでっ、なんでヒロインの私がっ、こんな目に……いだあ!!」
「罪を認めますか?」
「いやぁ!! やめて、本当にやめて!! 痛いってばあ!! いだいいだいいだいいだいいいいい!!」
「罪を認めますか?」
どれだけ泣き叫んでも、裁判官さんはそれだけしか聞かない。
痛い! やだ! お願いやめて!!
「わ、わかったから! 認めるっ、認めるから! だからこいつ離してよお!!」
あまりの痛みに耐えかねた私は、結局裁判官さんのその言葉に頷くしかなかった。
「ルメル、ステイ」
「めえ………」
覆面の人がリードを引っぱって止めるよう指示すると、山羊は名残惜しそうに舌を離して飼い主の後ろに隠れる。
「うああっ………いやあ……!」
ここでようやく足枷が外された。
「いだいぃ……早く治してよお…!」
私が痛みを紛らわせようと足を振っていた時だった。
「では法のもと、国家反逆罪によりマリエル・リシェッタ嬢を毒杯刑に処す」
「………は?」
裁判官さんの言葉に頭が真っ白になる。
(毒、杯……?)
私でもその意味くらいはわかる。
でも………ちょっと待ってよ!
私は罪を認めるって言っただけで、死刑にしろだなんて一言も言ってないわよ!!
「ちょ、ちょっと待って! 話が違う!」
「まず、毒見係の刑罰をこの場で執行する」
なのに裁判官さんは私の訴えを遮って、懐から何かを取り出した。それは私が好感度アップアイテムを混ぜる時に作るお菓子だ。
裁判官さんはチラリとヤク中になったモブを見てから、檻の目の前にお菓子を投げつける。
「がううう!」
それがアムロスかどうかはわからないけれど、欲しくてたまらないお菓子だと思ったモブは檻の隙間から手を伸ばしてお菓子を乱暴に掴むと、目を血走らせて犬みたいにがっつきだした。
食べカスをこぼしながら貪る姿はもう人間じゃなくて動物みたいで、モブの下品な挙動に私はドン引きする。
そのまま嬉しそうに食べていたけれど……
「ゔぁ………!?」
だけどここで彼は、食べるの中断してピタリと動きを止めた。
周囲が固唾を飲んで見守る中、彼の両手が震えだしたかと思えば目を見開き喉を掻きむしりだす。
「あ゛あ゛ああぁア゛アァああ゛ァぁァああぁぁァああっ!!!!」
苦しそうに床に倒れてのたうち回る姿はさっきとは違った意味で発狂しているようだった。
そして最後にビクンビクンと痙攣してから、彼の身体は動かなくなってしまった。
「ひいっ………!」
モブの死に方を見て凍りつく私は、ガタガタと震えるほかなかった。だけどここで裁判官さんはさらに恐ろしいことを続ける。
「これから貴女には、この毒を飲んで頂きます」
「!?」
その一言を合図にしたかのように、後ろの椅子から二人立ち上がって私のそばに近づいてくる。
うち一人の手には金色のコップが握られていて、それを私の目の前に差し出すとコップの中には青い液体が並々入っているのが見えた。先程のモブの苦しみを思い出した私は、自分が受ける姿を想像して絶叫する。
「い………いやあああああああ!!」
私は自由になった両足を振って二人が近づけないように必死に暴れる。
「ふざけんじゃないわよおおお!! こんなの見せられて、飲めるわけないじゃなああああい!!」
あんな風に死ぬなんて、冗談じゃないわよ!
二人は私の抵抗に気圧され気味だったけれど、コップを持っていない方が私の後ろに回り込んで肩を抑えつけてくる。
「ひ、いやあああ!! 絶対にいやあ!!」
私は恐怖から頭を振り乱して抵抗を続ける。
「毒杯で死すれば、貴族名鑑に名を残すことを許されます」
「知らないわよ貴族名鑑なんて!! いやだあ、死にたくないい!!」
伸ばされた腕に必死に頭突きすれば、コップを持つ覆面の人は怯んで近寄れないようだった。
「いいから飲め! せっかくの慈悲を無碍にするな!」
「!」
ふいに耳元から聞き覚えのある声がして、思わず私の動きが止まる。
この声って……お父さん!?
よくよく観察してみれば、この二人の身長は両親と同じぐらいだった。
え、なに……?
つまり、お父さんとお母さんが……私を殺そうとしてるってこと……!?
「何が慈悲よ! 死んじゃったら元も子もないでしょうがあ!」
「お前が毒杯を飲めば、リシェッタ家はこれ以上の咎を受けずにすむのだ!」
勝手なことを抜かす父親に、先ほどまでの恐怖を塗りつぶすほどの怒りが私の頭を占める。
「ざっけんじゃねえよ! 娘に死ねって言うのかよこのクソ親があ!!」
踵の痛みも忘れてお父さんの足を思い切り踏みつけるけど、お父さんは少し呻くだけで私の肩から手を離さない。
「黙れ! そもそもお前が王家を敵に回さなければ、こんなことにならなかったんだぞ!」
そう言うとお父さんは手で無理やり私の口をこじ開けてくる。
「むがっ……うううう!!」
「今だ! 早く放り込め!」
「はい!」
コップを持っていたもう一人……多分声からしてお母さんが、開いた口にコップの中身を注ごうとする。
「あああああ! やめおふソがあああ!」
「ぎゃあ!」
私が死に物狂いでお父さんの指を思い切り噛めば、さすがに痛かったのかお父さんは口から指を離した。
「離れろぉ!!」
「ひぃっ!」
次いで目の前のお母さんを足で蹴り飛ばして床に転ばせる。その際にコップが飛んでいって、中の毒が床にぶち撒けられた。
「絶対絶対っ、飲むもんかあああ!!」
白い空間に響き渡るぐらいに叫び、涙と鼻水とヨダレでグシャグシャになる顔で荒く呼吸する。
「………では、死を受けない刑罰にしますか?」
「え?」
だけどここで裁判官さんの口から出た言葉に、私は暗闇から出口を見つけたような気持ちで顔を上げる。
なによ、あるんじゃない!
「し、しますします! そっちが良いです!!」
私が二つ返事で頷いたのを見て、裁判官さんは椅子から立ち上がる。
「では、リシェッタ男爵家は爵位と領地を剥奪することとする」
そう言った途端、床に倒れていた両親が慌てて起き上がった。
「お、お待ちください! このバカ娘には必ず毒を飲ませます! ですから、どうか御慈悲を!!」
床に頭を擦りつけそうなくらい頭を下げる二人に、私は『飲まねえって言ってんだろ!!』とツバを飛ばしながら反論するけれど、二人は土下座のまま『黙れ!!』って怒鳴り散らしてきた。
「リシェッタ男爵、毒杯刑は自らの意思で飲まねば意味がないのだ」
「そ、そんな………!」
淡々と告げられる二人は覆面をしていても青褪めているとわかった。
「夫妻を外へ連れ出せ」
裁判官さんが片手を上げて部下に命じれば、二人は両腕を拘束されて扉へと引きずられていく。
「今に後悔するぞ! ここで死を選ばなかったことを!!」
「お前は最期の慈悲を拒んだのよ! 楽に死ねると思うんじゃないわよ!!」
だけど二人は去り際に、私に向けて捨て台詞を吐いていきやがった。
何が後悔よ!
実の娘を殺そうとするからでしょ!? ざまあ!!
鼻で笑うマリエルの後ろで、貴族達の目に憐れみの色が浮かぶ。
「ああ……なんて愚かな真似を……」
「毒杯で死ねたら、まだマシだったというのに…」
というわけで、今回の拷問はかの『トリビアの泉』でも取り上げられたことのある『山羊責め』です。
支部辞典を読む限り肉を削られるまではくすぐったいそうですが、それだとつまらないんで生理的嫌悪を感じるってだけにしてます。




