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心病医ロベルトの診断

さらに二日ほど日時を空けた後、伯爵邸の前に一台の馬車が停まっていた。

降りてきたのは白衣を着た三十代の男性で、執事が深く頭を下げて出迎える。










「お初にお目にかかりますライガ伯爵。ジョドゥン様の紹介でまいりました、心病医のロベルトと申します」


「これはこれはロベルト殿、遠路はるばるよくぞいらっしゃった」


客間に通され、ロベルトとライガ伯爵は互いに挨拶しあう。


「さて……診察に入る前に、念のためライガ伯爵からもいくつかお話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」


お嬢様の病名を特定するために必要なことだと説明すれば、ライガ伯爵は快く受け入れてくれた。


「まず、お嬢様の異常はいつ頃から始まったのですか?」


懐から手帳とペンを取り出し、ロベルトは軽く質問しだす。


「そうだな……異変が起きたのは、確かあの娘が七歳になってからだったと思う。階段から落ちて頭を打ってからだ」


思い出すように語りだすライガ伯爵に、ロベルトはふむふむと相づちをうちながらノートに書き記していく。


「具体的な妄想はどういったものでしょうか?」


「自分は将来ベルディック子爵のご子息であるアルディード殿と結婚するのだと、身の程知らずな夢を飽きずに語っていたよ」


「なるほど……ではほかに、何か聞き慣れない言語を口にすることはありますか?」


「単語……ああそうだ。確か『ひろいん』だの『おとめげ』だの『こうりゃくたいしょう』だの、聞いたことのない言葉をよく口走っていたな」


伯爵が口にする単語を余すことなく全て書き終わると、ロベルトはパタンと手帳を閉じて深呼吸する。


「……伯爵のお話を聞く限り、お嬢様の症状は私が研究している心病の症状に酷似していますね」


「本当か……!?」


ロベルト曰く、それらは幼少期に頭部打撲あるいは死線をさ迷うほどの高熱を患った幼女が発症する心病で、彼らはこの病を患者が必ず口にする単語から取って『ヒロイン症候群』と呼んでいるという。


「それは、治るのかね?」


藁にも縋る思いで聞くライガ伯爵に対し、ロベルトはゆっくりと首を左右に振る。


「治るかどうかで言いますと、残念ながら現在明確な治療法はありません」


申し訳なさそうな眼差しで告げられた言葉に、ライガ伯爵はやや悲痛な表情を浮かべてこめかみを押さえてため息をつく。


「………そう、か」


一人娘が不治の病に侵されてしまった事実にショックを隠しきれないのだろう。ロベルトの「お力添えできず申し訳ありません」という謝罪にも、気にしなくていいと返すがやはり表情は暗かった。




[newpage]

次いで直接診察することとなり、カーミラの部屋まで案内される。


メイドが解錠し扉を開けて恐る恐る中を覗いてみれば、荒らされた部屋の真ん中で椅子に縛り付けられている少女が、唸り声を上げながらガタガタと暴れている姿があった。


口には猿轡代わりの布を噛ませており、血走った目でロベルト達を睨みつける様は令嬢の気品など欠片もない。

ライガ伯爵に命じられ、年長のメイドが緊張した面持ちでカーミラの背後に回るとゆっくりと布を外していく。


「ふっざけんじゃないわよあんた達! こんなことをしてタダで済むと思ってんの!?」


「黙っていろ!!」


開口一番に品のない言葉使いで叫ぶカーミラに、負けじとライガ伯爵も怒号を浴びせる。

なおもギャンギャン喚き散らす彼女を尻目に、ロベルトは至って冷静にそばの椅子を引っ張るとカバンを床に下ろし、彼女と向かい合わせに椅子に座ってコホンと咳払いする。


「貴女はなぜこのようなことをしているのですか?」


刺激しないようにロベルトから問いかければ、カーミラは吐き捨てるように返す。


「そんなの、私がこの世界のヒロインだからに決まっているでしょ!?」


「その『ひろいん』とはなんなのでしょうか?」


「だから、ヒロインは物語の主人公でイケメンに愛される存在なのよ!」


全く説明になっていない。

チラリとライガ伯爵を見れば、ため息をついて首を振るのみだ。


「なぜ貴女は、自分がその『ひろいん』であると確信しているのですか?」


「私がヒロインのカーミラに転生しているなら、そういうことなのよ!」


と、ここでロベルトの眉がピクリとハネる。


「………転生、とは?」


「だから……私は前世で一回死んじゃったんだけど、神様が可哀想な私をヒロインに生まれ変わらせてくれたんだってば!!」




「いい加減にしろ!!」


ここで伯爵が声を荒げた。

ロベルトの診察を邪魔しないようにとそれまでどうにか無言でいた彼だったが、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのか今までよりも大きな声で怒鳴る。


「地母神が死んだお前を生き返らせただと!? 妄想するにしても言っていいことと悪いことがあるだろうが!! 地母神を侮辱するような発言を、教会側の人間に聞かれでもしたら火炙りにされるぞ!!」


伯爵の言葉はあながち誇張でもない。

実際、伝え聞いた話によれば地母神に関する教えをねじ曲げてデタラメを吹聴した異端者達が、信徒の怒りに触れた結果凄惨な私刑が行われた例もある。


「妄想じゃないっつってんでしょ!? いちいちうるさいのよこのハゲ!!」


「お前っ………それが親に対する態度か!?」


「何よ! 名前も出てこないモブのくせに!! いいからさっさとここから出してよ! 私が学校に行かなきゃゲームが始まらないんだから!!」


父親の怒声にも引けを取らないほどの耳障りな金切り声を上げるカーミラを、ロベルトは至って冷静に見詰めている。


「………もういいでしょう」


そしてこれ以上聞けることはないと判断したのか、ロベルトが片手を上げるとライガ伯爵が目線でメイド達に指示し、再び彼女の口を塞いだ。


彼らが椅子を立ち上がり、扉を閉めるまで彼女はなおも椅子をガタガタ揺らして暴れ続けたのだった。


[newpage]

「どうですか?」


恐る恐る聞くライガ伯爵に対し、ロベルトは申し訳なさそうに俯く。


「間違いありません、私が看てきた患者達と同じ症状です。ここまで症状が悪化しているとなると、もはや社交界に出ることは不可能ですね」


「そんな……! なんとかならないのですか!?」


「こうなると私の診療所で治療する以外にありません。ですが私の住まいはこの国ではありませんし、そもそも治るかどうかもわからず何十年も完治しないこともあります」



それでもよろしいでしょうかと、念押しするように

問う。

貴族令嬢が長いこと社交界にでなければ縁談もまとまらないというのが貴族社会の常識だ。しかしカーミラがこんな有り様では、仮に何十年も表に出さないのとただただ家の恥を晒すのとでは、どちらでも変わらないだろう。


幸い伯爵家の跡取りには親戚の男児を養子に取る予定だったので、後継者問題も特にない。


ならば、ライガ伯爵に迷いなどなかった。


「是非お願いします」


[newpage]

ふざけんじゃないわよ、あのハゲ親父!

私を学校に行かせないとかほざいた挙げ句、椅子に縛り付けて部屋に閉じ込めやがって!!

おまけに私を嘘つき扱いとか、どこに目付けてるのよ!?

縛る縄を外そうと何度も椅子をガタガタ揺らすけれど、縛られた腕が圧迫して痛いだけで全く緩まない。

最悪っ、これ絶対痕つくじゃないの!



そうこうしていると、ガチャリと部屋の扉が開いた。入ってきたのはいつも私に乱暴するメイド達だった


「………お嬢様、出発の用意ができました」


メイド達は全員害虫でも見るような目で私を睨みながら、静かな声色で呟いた。


何よその目!?

あんた達あたしの使用人なんでしょ!?

それがご主人様に対する態度なわけ!?

あんた達全員クビよクビ!!


私が喋れないのを良いことに、一番おばさんのメイドが視線だけで後ろのメイド達に合図したかと思えば、頷いた彼女達は私の背後から頭に布を被せてきた。


何するのよ!? 離して、前が見えないじゃない!!


私は必死に暴れるんだけど、手足を押さえつけられて後ろ手に縛られた。


その時に誰かが私のお腹を蹴りやがった!

痛い! ちょっと、今あんた舌打ちしたでしょ!?


痛みに咳き込んで思わず背中を丸めた隙に、私の身体がなんかシーツみたいなものでグルグル巻きにされる。視界が塞がれているせいで上下左右がわからなくて気持ち悪い。

手足を完全に封じられた状態のまま、私の身体は多分台車に乗せられて運びだされていく。



『はあ……やっとこのワガママ娘を追い出せるわね』


『まあこんな恥知らずを学園の生徒様方にでも見せたら、伯爵家だけじゃなくて働いている私達まで何言われるかわからないですよ』


『旦那様もただ叱るんじゃなくて、鞭でも使えばよかったのに』



シーツ越しに聞こえてくる私への悪口に言い返してやりたいのに、喋れないから唸るしかない。


『うるさいのよ!』


私の唸り声に怒ったメイドにまた蹴られる。

今の声は一番年下のメイドだ。


このっ……後で覚えてなさい!



[newpage]

しばらくゴロゴロと台車に運ばれていると、屋内特有の音の響きがなくなって鳥の鳴き声が聞こえてくる。多分、外に出たんだ。

ある程度進んだところで一旦台車が止まる。


『では先生、後はよろしくお願いいたします』


『はい、お任せください』


お父さんとあの男の人の会話が聞こえてくた。

男の人が返事したかと思ったら、また私の身体が抱え持ち上げられて、今度は狭いところに押し込まれる。


ちょっと! なんなのよ!?


思わず身動ぎするけれど、また背中の辺りを叩かれて私は痛みに喘ぐしかない。

結局私の身体はそのまま入れられて、終わったと思ったら耳元でお父さんがこう囁いてきた。


『いいか、お前は病気なのだ。これからお前はその病気が完全に治るまで、我が家の敷居に入ることは一切許さん。わかったら治すことだけに専念しろ』



………は、はあ!? 病気!?

私のどこが病気だって言うのよ!?

至って健康じゃないのよ!!


文句を言う前にバタンと扉が閉じられたらしく、馬の鳴き声が聞こえたかと思えば、ゴトゴトと揺れだした。


もしかして、馬車に乗せられた!?



意味わかんない!

意味わかんない!!

なんでこんなことになるのよ!?


縛る布を外そうと何度もバタバタと暴れるけれど全く外れてくれなくて、息苦しいのと苦しい体勢のせいで無駄に体力を消費して、すぐ疲れてしまった私は静かに横たわるしかなかった。

もう一生治らなそうなら、二度と帰ってくるなって気分でしょうね。

若メイドさん達もやるなら今しかないとボコボコに蹴っております。もちろん伯爵も年長メイドさんも見てみぬふり。

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