商人ジョドゥンの提案
数日後、ジョドゥンは再びライガ伯爵邸にやってきたが、今回の来訪は彼一人だけではなかった。
というのもそのずっと背後から、見るからにその辺りにいそうな町民の男性が一定の距離を保ち歩いている。彼はジョドゥンの店の従業員なのだが、今回はジョドゥンの補佐として付いてきたのではない。
伯爵邸が見えたところでジョドゥンは一度立ち止まると、自身の髪をかきあげ始める。
それが合図だ。
彼は近くの路地裏に入るとカバンから白いマントを取り出して羽織る。するとマントの先から色が抜けていくように透明になっていき、彼の姿はその場から消えてしまった。
エスティオス公爵家秘伝の諜報活動用アイテム、いわゆる透明マントである。
部下がアイテムを使用したのを確認してから、ジョドゥンは伯爵邸の門を叩いて出迎えの執事を呼び出し彼の気を引く。
その隙に部下は門の隙間から伯爵邸の敷地に侵入し、屋敷に近い位置に生えていた庭の木をよじ登り、そこから屋敷の壁の凹凸に手足をかけて器用に移動していく。
目的の部屋の窓にたどり着くと、ガシャンとガラスが割れるような音が中から鳴り響き、窓から様子を伺う。
『お止めくださいお嬢様! 花瓶を割ったことを知られたら、また旦那様にお叱りを受けます!』
『うるっさいわね! だったらここから出せって言ってんでしょうがあ!!』
部屋には複数人のメイド達が、悪魔のような形相で怒り狂う少女を抑えようとしていた。
喚く少女はこの屋敷の令嬢であるカーミラである。
彼女のワガママ振りは従業員達も周知の事実だったが、ここまで荒れているのは初めて見た気がする。
部屋はベッドがズタズタに切り裂かれ、床には食器の破片が散乱しているという惨状で、本当に貴族の令嬢なのかと疑いたくなる癇癪ぶりだ。あれだったらその辺の村娘のほうがよっぽど上品である。
『ミレディ! ルイーナ! 足を抑えなさい!』
『わかりました!』
しまいにはメイド達が五人がかりでカーミラを拘束し、彼女の口元を布で塞ぐと彼女は獣のように唸ってからカクンと力なく崩れる。おそらく睡眠薬を嗅がせたのだろうが、本来ならメイドが主人に行うものとしてはありえない対応だ。
さらに部屋を観察してみれば、窓は外から固定され内側からは開けられなくなっており、ドアノブは外されて中からは出られない。
扱いは完全に猛獣のそれだ。
(………これは公爵様の予想通りか?)
彼は不愉快なものを見たと言わんばかりに眉間にシワを寄せ、その場を後にするのだった。
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久々に会う伯爵はどこか窶れた印象が見受けられた。
カーミラの様子をそれとなく聞いてみれば、手がつけられないほどに暴れることが増えてしまったという。そういう意味では入学を断念したのは正しかったかもしれない。
「心中お察し申し上げます」
まずは深々と労れば、伯爵からありがとうと返される。
「して、どうだろうか……?」
次いで恐る恐る本題に入る伯爵は、藁にも縋る思いなのは一目瞭然だ。
相手は曲がりなりにも店の常連、ジョドゥンも日頃ご贔屓してくれる相手の悩みを解決してやりたいという気持ちは少なからずある。
『やり方』に関しては別だが…
「実は旦那様にご相談がありまして……」
ジョドゥンは一度背筋を正してコホンと軽く咳払いして真っ直ぐに伯爵を見つめる。
「どうにも、お嬢様と同じ症状の病人が増えているそうなのです」
「なに!?」
次いで明かした事実に目を見開く彼に、畳み掛けるように話を続けていく。
「うちの店の常連様がそういった病の研究に携わっておられるんですが、現在はその治療法を模索しているそうです。ただ………お住まいはクヴェニラではないのです。今回は運良く旅行に来ていた真っ最中だったので、先日カーミラ様のお話をしてみたところ、その病に酷似しているとおっしゃいました」
なのでもしよろしければ診察に伺ってもよろしいかと問えば、伯爵は迷うことなく頷いた。
「であれば是非来ていただきたい」
「かしこまりました」
深々と頭を下げ、ジョドゥンは伯爵に見えない角度でニタリと嗤うのだった。
ここまで癇癪しまくるなら、手段なんて選んでいられないよね




