ライガ伯爵の悩み
前世では地味喪女系オタク女子だった私は、階段から転げ落ちた際に打ち所が悪かったらしく死んでしまった。
学校生活は陽キャ共がうざかったし、就職してからもクソ上司のパワハラにうんざりしていて、しまいには親から『早く良い人見つけろ』だの『結婚して孫の顔を見せろ』だのうるさくて仕方がなかった。その挙げ句がこんな最期とか、つくづくクソッタレな人生だ。
でも次に目覚めるとなんか中世っぽい時代の貴族のお嬢様に転生していて、しかもそれが前世でドハマリしていた乙女ゲーのヒロインだった。
いやだわ、神様ってばなんて優しいのかしら!
きっと可哀想な私のために、幸せになれる人生を用意してくれたに違いないわ。
これで押しの騎士様であるアルディード様とのラブロマンスが始まる!
そう思っていたのに……
「はあ!? 学校に行かせないってなによ!」
「そのままの意味だ。お前を学園に行かせるわけにはいかない」
この世界でのお父さんが、あろうことか私を入学させないって言い出してきた。
「なんでよ! 学校行くのは貴族の義務なんでしょ!?」
入学できない時点で社交界から笑い者にされることがあるって、いつも言ってたじゃない!!
「お前のような礼儀知らずを外に出せば、我が家がどんな目で見られるかわかったものではない」
「ふざけないでよ! それじゃ一緒に通うイケメン達に会えないじゃない!!」
特にアルディード様は学園でイベントをこなさないと好感度が上がらないのに、入学できなきゃ何も始まらないじゃないの!
「お前はまだそんなふざけた妄想を考えているのか! お前のような気狂い娘が他の御令息に見初められるわけがないだろう!」
「妄想なんかじゃないって言ってるでしょ!? ヒロインである私は絶対攻略対象と結ばれる運命なんだから!!」
「いい加減にしろ! とにかくこの部屋から絶対に出るな!!」
お父さんが一際大きな声で怒鳴るとバタンと乱暴に扉を閉められた。
「あ!? ちょっと、開けてよ!!」
慌てて扉を叩いたりノブを回したりしても全然開かない。外から鍵が掛けられた!
「どうして……どうしてこうなるのよ!?」
今度こそ、幸せな人生になれると思ったのに……!
「いいか? 絶対に娘を外に出すなよ」
「かしこまりました」
険しい顔つきで伯爵は彼女付きのメイドに命じる。
伯爵家長女のカーミラは待望の我が子ということもあり、夫妻は共に昔から愛情深く育てていたが、それが裏目に出てしまったのだろうか。
(それでも、昔はもっと素直な娘だったはずだ……)
思えば階段から転げ落ちてから、彼女はおかしくなってしまった。
それまでは真面目に授業を受けていたのに、礼儀作法の教師の言うことに逆らうようになり始めたかと思えば、意味のわからない言語を交えて身の程知らずな妄言を喚き散らすようになってしまったのだ。
主に口にするのは、代々騎士を輩出してきたベルディック子爵のご子息であるアルディード様と自分は将来結婚するのだと言う話であった。
おかしくなった当初はまだ7歳だったこともあり、夢を見るくらいならばと多少嗜める程度にしていたが、もうすぐ学院に行ける年齢になったにも関わらずまだ妄想にのめり込んでいる。
いまだまともな礼儀作法も覚えない彼女は、あまりにも言うことを聞かず教育係も匙を投げたほどだ。
それが自身の家よりも位の高い貴族子息女も通われている学園に入学なんぞすれば、どんな醜態を晒すか考えただけでも恐ろしい。
あんな恥を晒すくらいなら、病気で通えないと広められたほうがマシである。
(一体どうすればいいのだ……)
もういっそ修道院にでも入れるべきかと頭を悩ませていると、背後から声をかけられる。
「旦那様」
振り返ればライガ伯爵が信頼する執事が立っていた。
「なんだ?」
「ノアン商会のジョドゥン様がおいでになられました」
「ああ、ジョドゥンか……そういえば今日来るのだったな」
ジョドゥンはライガ伯爵領で幅を効かせるノアン商会の会長で、よく屋敷に貴族御用達の家具を売りに来る男だ。彼が売る品々は質が良く安価と常連から評判で、ライガ伯爵も彼を信頼している。
今回は新しい事業に関する話し合いをするとのことだったが、ふとライガ伯爵はあることを思い付いた。
客間に通されたジョドゥンは胸に手を当て恭しく頭を垂れる。
「ご機嫌麗しゅうライガ伯爵。いつも我が商会をご贔屓してくださり、ありがとうございます」
中性的な顔立ちと礼儀正しい所作はさすがは腕利き商人である。
それから二人は仕事の話をし始める。
次の店舗をどこに建てるか、現在の領民がどんな商品を求めているか、新商品の試作品を試してみたりなど……ある程度話が纏まったところでライガ伯爵は目を伏せる。
「時にジョドゥンよ」
「はい、なんでしょうか?」
「お前の商会の顧客に、腕のいい医者はいるだろうか?」
伯爵からの思わぬ相談に虚をつかれたジョドゥンは、ぱちくりと目を瞬かせるもすぐさま営業スマイルを繕う。
「はい、薬師に治療師や聖職者に至るまで、わが商会をご贔屓にしてくださる方は大勢おりますとも」
「であれば、お前のつてで『心の病』を専門とする医者を探して欲しいのだが」
「心の病、ですか……」
その要望にジョドゥンはしばし考えこむ。
僅かな情報から顧客が何を求めているのかを考えるのも、商人の必須スキルである。
「もしや、カーミラお嬢様の件についてでしょうか?」
「ああ」
おそるおそるといった口調で確認するジョドゥンに、ライガ伯爵はため息をついて正直に頷く。
ジョドゥンもカーミラの醜態を何度か見ているゆえ、今さら隠しだてする必要はないと理解しているからだ。
「色々悩んだのだが、娘は学園に行かせないことにした」
「なんと、それはまた」
学園に通わせることは貴族の泊付けにおいて必須。
それを断念すれば政略に用いるには瑕疵になってしまいかねない。
つまり近頃のカーミラの奇行はそれだけ目に余るということだろう。
「わかりました。でしたらしばしお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わんよ」
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伯爵邸から帰る途中、ジョドゥンはしばらく大通りを歩いていたが、ふと何かに気づいたように立ち止まり小さな裏通りに入る。
日があまり差さず薄暗いそこは、掃除が行き届いていないためにゴミが散乱していた。
ジョドゥンはしばらくその道を歩くと通りの隅に座り込む一人の男がいた。
一見すると浮浪者に見えるが、身に着けている衣服や帽子は泥で汚れてはいるものの素材そのものはまだ真新しく、わざと汚されているのだとわかる。
「………兄貴は元気ですか?」
その男に向けてジョドゥンは、先ほどライガ伯爵にしていた上品な言葉使いと違いまるでチンピラのようなしゃべり方と笑みでそれだけを発すると、浮浪者は帽子から一枚の手紙を出してジョドゥンに差し出す。
彼は無言でそれを受けとるとその場を後にしたのだった。
店に帰った彼は備品を保管するための倉庫に入ると、人が入ってこれないように内側から鍵をかけた。懐から浮浪者から手渡された手紙を取り出すと、まず封蝋の紋章を確認し手が加えられた形跡がないかしっかり見る。
細工がないと判断すると、袖口に隠し持っていたペーパーナイフで封を開けて手紙を読み初めていく。
「ほう……これはまた」
彼はしばし無言で目を通していたが、その内容を理解するとニヤリと面白いものを見たと言わんばかりに嗤うのだった。
ジョドゥン。
表向きはノアン商会の会長として貴族から信頼される、クヴェニラの若き商人。
しかしその正体は、エスティオス公爵家直属の工作員である。
普通に考えたら、娘がこんなアタオカになったら学校になんて通わせないよなって思う。




