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エラーラブ  作者: 耀
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3/5

エラーの露呈

季節は梅雨に入り、連日のように湿った雨がキャンパスを濡らしていた。

悠馬と知里の間の空気は、表面的には何も変わっていないように見えた。毎週のデート、毎晩のメッセージ。けれど、二人を包む空気は確実に薄く、冷たくなっていた。

「悠馬くん、来月の私の誕生日のことなんだけど……」

キャンパスのベンチで、知里が控えめに切り出した。

「あ、うん。どこか行きたいところある? 予約しておくよ」

「ううん、どこでもいいの。ただ……悠馬くんと、ゆっくり話ができたらいいなって」

知里は手元の温かい紅茶のカップを見つめたまま、静かに言った。その側面をなぞる指先が、かすかに震えている。

「最近の悠馬くん、遠くにいるみたい。目の前にいるのに、手が届かない場所にいる感じがするの」

「知里、それは――」

「ううん、責めてるんじゃないの。ただ……私、悠馬くんの『一番』でいられてるのかなって、時々怖くなるだけ」

知里のどこまでも穏やかで悲しげな瞳が、悠馬を射抜く。

責め立てられた方が、いっそ怒られた方が楽だった。知里の圧倒的な優しさは、悠馬の不誠実さを何よりも痛烈に突きつけてくる。言葉を詰まらせる悠馬に、知里はいつもの優しい笑顔を無理やり作ってみせた。

「ごめんね、変なこと言って。講義、遅れちゃうね。また連絡するね」

背中を向けて歩き出す知里を、悠馬は呼び止めることができなかった。


その日の夕方、激しい雷雨が街を襲った。

悠馬が帰宅の途につこうとした時、スマートフォンが振動した。画面には、めったに連絡を寄越さない里緒の名前が表示されていた。

『狭川さん、すみません。大学の部室のサーバーが……止まってしまって。復旧させようとしたのですが、エラーが消えなくて……』

メッセージの文面からも、彼女のパニック状態が伝わってきた。里緒にとって、自分の組んだシステムは命の次に大切なものだ。

『今、どこにいるの?』

『講義棟の裏の、古い資料室です。落雷で停電して……暗くて、動けなくて……』

悠馬の脳裏に、雷の音に怯え、暗闇の中で一人震える里緒の姿が浮かんだ。

「行かなきゃ」

胸の奥で、理性のタガが外れる音がした。

知里への罪悪感や星太の忠告、すべてが激しい雨音の中に吹き飛んでいく。悠馬は傘もささずに雨の中へ飛び出し、濡れるのも構わずキャンパスへと走り出した。


暗闇に包まれた資料室の扉を開けると、非常灯のわずかな光の中に、膝を抱えて丸まっている里緒が見えた。

「葉山さん!」

「……あ……狭川、さん……?」

顔を上げた里緒の頬には、涙の跡がついていた。悠馬が駆け寄り、濡れた自分の上着を脱いで彼女の肩にかけると、里緒はすがりつくように悠馬の服の袖を強く握りしめた。

「こわ、かった……っ。データも消えちゃいそうで、暗くて……っ」

「大丈夫、大丈夫だから。俺がいるよ」

震える彼女の体を、思わず強く抱きしめていた。

雨の匂いと、里緒の儚い体温が伝わってくる。抱きしめた瞬間、悠馬の中で長らく抑え込んでいた感情が決壊した。

「……ずるいよ、葉山さん」

「え……?」

「俺には、ちゃんと選ばなきゃいけない『正解』があったんだ。誰も傷つけない、正しい道があったのに……君と出会ってから、全部狂っちゃったんだよ」

悠馬の声が震える。知里への申し訳なさと、自分の不誠実さへの自己嫌悪、そして目の前の少女を愛おしく思う衝動が混ざり合い、胸が張り裂けそうだった。

「君というエラーのせいで、俺の人生はもう元に戻らない」

里緒は驚いたように目を見開いたが、やがてその大きな瞳からボロボロと涙をこぼしながら、悠馬の背中に細い腕をまわした。

「……私にとっても、狭川さんは……バグです」

「え……」

「私の世界には、コードと数字しかなかったのに……狭川さんが入ってきてから、胸が痛くて、何も手につかなくて……世界が、ぐちゃぐちゃになりました……」

小さな手が、悠馬のシャツを強く握りしめる。

「でも……修正したくないです。このエラーのまま……狭川さんと、一緒にいたいです」

雨音が激しく屋根を叩く中、二人の鼓動だけが重なり合っていた。

もう、誰も偽ることはできない。悠馬は自分の引き返せない選択を、強く噛み締めていた。

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