第16話 休息日と魔法
翌朝。
視線の前には、見慣れた天井。
身体に載っているのはいつもの薄っぺらい掛け布団。
目をぱちくりとしていると、聞き慣れた教会の鐘の音が聞こえてくる。
こうして見ると、ここも案外良い場所なのかもしれない。
住めば都、だろうか?
まあ、牢屋と比べればどこでも高級旅館になるだろうが……。
寝起きでぼんやりしている耳が、扉を叩く音を拾った。
訝しげに待ってみるが、向こうから声は聞こえてこない。
気配を殺して待ってみると、改めてノックが響く。
この家に訪ねてくるとしたら、家主か、怪しい押し売りか、シルバーくらいだろう。
シルバーなら無遠慮に開けるので、第一に除外。
押し売りの場合は向こうも『聞いてくれたらラッキー』くらいに思っている節があるので、早々に諦めない時点で違うと分かる。
「家賃ならこの前払いましたよね……?」
恐る恐る扉を開くと、そこには予想もしていない顔があった。
「おはよう、ユー。無事に帰って来たんだね」
「アイ……!?」
アイはこの前一緒に街を散策した際に買ったワンピースを着ており、清楚な雰囲気が漂っている。
「ユーに聞きたいことがあるの。一緒にお昼でも食べない?」
「え、まあいいけど……ちょっと待ってくれ」
元々予定も入れていないし、何もなければ部屋にいただろう。
ちょうど良い予定が出来て、むしろラッキーというものだ。
支度を済ませて、手早く家を出る。
「アイはどこか行きたいところがあるのか?」
「うーん……あんまり決めてないかな。ユーのオススメはある?」
「よしきた。任せとけ」
以前行った喫茶店への道のりを思い出しながら歩く。
落ち着いた雰囲気がシルバーにも好評だったし、悪い評価は受けないだろう。
今日は少し暑いので、テラス席よりも屋内に入れてもらった方が良いだろうか。
そんなことを考えながら店に着くと、それなりに人が入っているようで、この前訪れた時よりも賑やかだった。
「ハーブティーとサンドイッチを」
「私は紅茶とクッキーをいただけますか」
なんとか屋内席を確保し注文を通すと、間もない内に料理が運ばれてきた。
軽く口をつけると、アイが話を切り出した。
「この前のゴブリンと戦ったときの話なんだけど、ユーって私の剣で戦った……よね?」
「そうだな」
「ユーは聖剣についてどれくらい知ってる?」
「確か持ち主に特殊な効果があって、その力は選ばれた人にしか使えないって話だよな。流石に持ち上げられないとかはなくて良かった」
「そのことなんだけど……」
アイは突然言いにくそうに周囲を伺いながら、少し声を潜めるように言った。
「持つには持てるんだけど、なぜか切れ味が大幅に落ちるの。まるで立派な棍棒を持っているみたいに」
「――は?」
俺はアイの聖剣でゴブリンリーダーと戦ったのだ。そして、しっかり斬りつけて倒した。
アイの物言いだと、まるで俺が聖剣を扱っていたように聞こえる。
「じゃあ、もし俺に聖剣を扱うだけの力が無かったら……」
「多分、ゴブリンリーダーを強く殴ったくらいの効果しか無かったと思う」
「まじかよ……」
結果的には助かったものの、とんでもなく危ない橋を渡っていたようだ。
今更ながら、冷や汗が出てきた。
「聖剣は世界に一人しか使えない訳じゃなくて、適性のある人間を選ぶの。だから有り得ないわけじゃないけれど……まさかこんなに近くにいるなんて」
「でも、俺魔法は使えないぞ」
「魔法と聖剣の才能は関係ないからね。私は元々魔法の適性があったし、教えてもらったから使えるの。ユーも適性があれば使えると思うよ」
魔法への適正。俺が転生するときに手に入れた、これまで一度たりとも使われることの無かった能力。
「多分、適性はあると思う」
「……どこかで確認したことがあるの?」
「いや、無いけど……なんとなく?」
まさか『転生するときに貰った!』と言うわけにもいかないので、疑問符になってしまった。
「なんとなくかあ……」
「あ、いや。ある人のお墨付きっていうか、ほぼ確定的っていうか」
「うーん……まあいいかな。今度、私に魔法を教えてくれた先生が王都に来るって言ってたから、話してみるよ」
「本当かっ! ありがとう、アイ」
「……ユーって魔法使いに憧れとかあったりする?」
「もちろん。むしろそうなりたくて日々過ごしていたくらいだ」
「そっかあ……その、後で落ち込みすぎないでね?」
意味深な言葉に眉を寄せながらも、アイがその答えを教えてくれることは無かった。
いつも飲み終わる頃には落ち着いた気持ちになれるハーブティーだったが、今日はあまり効かない。
むしろ、魔法使いになる機会が突然やってきたことに興奮気味だ。
「会うまでになにかしておくことはないか?」
「特には無いけど……余裕があったら筋トレをしておくと良いと思う」
筋トレ……?
ゲームだと、魔力値の代わりに筋力値が低かったりするのだが……。
魔法使いって、意外と体力勝負だったりするのだろうか?
俺の知っている魔法使いとの乖離に、疑問は増すばかりであった。




