94 絵はがき
今日のディナーは洋食でドレスコードはカジュアル。
クルーズ船では毎日ディナーのドレスコードが決まっていてそれなりの格好をしていかなければいけないんだ。
今日はカジュアルデー。
普通のワンピースとかで良いらしい。男の子達はシャツに長ズボン、私は水色のサッカー地のシャツワンピース。Aラインになっていて少し裾が広がっている。涼しげなワンピースだ。
プールに入ったり輪投げをしたりと私にしては動き回った1日だったから、お腹がすいてしまった。さっきからお腹がグウってなるのをごまかしていたのに。何でもお見通しの龍一郎君、肩が震えてます。恥ずかしい……
隣に座った龍一郎君はメニューを見ると何やらウエイターと話していた。
「愛梨花ちゃんはキャビアダメなの?」
高級素材をダメだなんて言えません。でも食べ慣れていないのです。前世で食べたことがないから。なんて言おうかと思って固まっていると龍一郎君が笑った。
「じゃあ、ウニは?」
それは前世にもあったけど、見た目が脳みそみたいでイヤです。脳みそ見た事がないけど……
でも大人げないから我慢すれば飲み込めるかも……
「んっ、苦手なんだね」
一言も言わないうちに話がどんどん進んでいく。
いつの間にかウエイターとの話は終わっていた。
「苦手な物はかえてもらったよ」
んっ?私は何も言ってないよね。
怪訝な顔を龍一郎君に向けた。
「えっ、どうしてわかるんですか?」
龍一郎君が人差し指でツンと私の鼻をつついた。
「顔に書いてあった」
虎太郎君が私の顔を覗き込んでくる。
えっ、慌てて手で顔をこすった。手の平を見るけど何もついてなかった。
高島が居なくても、魔法のお皿がなくても。お夕飯はしっかりと食べれました。龍一郎君のおかげ?
ちなみに、千鶴や高島は船のクルー達と食べているんだって。知らなかった。
”コミュニケーションは有事の際に大事ですから”と二人して口を揃えて言うんだ。
いったいこの平和な国に何を期待しているんだろうか?
海賊は来ないと思う。
ロビーに降りていくとまだお夕飯時なのか誰もいなかった。階段の下にあるグランドピアノはイベント以外なら誰でも弾いて良いみたいだ。
龍一郎君がピアノの前に背筋を伸ばして座ると雰囲気ががらっと変わった。指の練習にピアノの音階を弾いていく。なめらかな音が耳に心地よかった。
虎太郎君と顔を見合わせながらピアノの脇に立っていた。
鍵盤の動くのが面白くて目が離せない。そんな私達に時々目を合わせながら私達の知っている曲を弾いてくれる。
「2人で歌ってみて」
ピアノを弾きながら龍一郎君が声をかけてきた。
「愛梨花ちゃんの歌が聴きたい」
「ガーデンパーティーの時の?」
虎太郎君が頷く。
あの時は皆の前で凄く恥ずかしかった。でも3人だけなら良いかな?龍一郎君を見ると目で合図を送ってくる。私が頷くとイントロが始まった。
しっかりと虎太郎君と目を合わせて歌っていく。
虎太郎君が恥ずかしそうに目線をずらしたので龍一郎君に目線を合わせた。心なしか龍一郎君も私から目線をずらしている。
もう、皆ちゃんと見てよ!
歌い終わると、パラパラと拍手が聞こえたので周りを見れば何人かの子供達に囲まれていた。
「ピアノ上手ですね」
頬を上気させた女の子達がわらわらと龍一郎君の周りに集まってきた。
わぁ、流石龍一郎君。モテます。
「君、可愛いね、いくつなの?」
声をした方を見ればいつの間にか、数人の男の子にかこまれていた。皆年上に見える。小学校高学年?虎太郎君も他の子に声をかけられていた。
えっと……なんて答えようかと虎太郎君を見ると、ギュウッと手を握って私を自分の方へ引っ張った。いつの間にか龍一郎君も立ち上がってこちらに来る。遮るように私の前に立つと私の手を取った。
「ごめんね。僕達、次の予定があるから」
周りの子にそう言うと促すように”行くよ”とささやいた。私達は逃げる様にロビーを後にした。
「ロビーは禁止だね。目立つから」
龍一郎君に言われれば頷くしかない。ピアノもっと聞きたかったな。
(後でお祖父様に言ったら、次の寄港地で白いピアノが私達がいつも利用しているラウンジに運び込まれた。
ビックリ!!!)
所で、次の予定というのは、あれです。絵葉書。
図書室の脇のお部屋が絵葉書コーナー。午後1時から20時まで開いている。インストラクターがやり方を教えてくれて見本も飾ってあった。
色鉛筆で描いて水で濡らすと水彩画みたいになるんだ。自由に書いても良いし塗り絵もあった。
もちろん私は塗り絵を手に取った。虎太郎君も船の塗り絵。龍一郎君は真っ白なはがきに描くみたいだ。
ふふ……自分で描かなくても良いんだ。塗るだけだしね。船の周りにはお花を描いちゃった。虎太郎君はイルカを描いていた。
龍一郎君は黒一色で水墨画みたいに船と山の景色を描いていた。おしゃれだ。
雪二郎君あてにメッセージをかいて龍一郎君に持って行ってもらう事にしたのだけど龍一郎君の葉書と一緒だと思うと恥ずかしい……
雪二郎君、下手でごめんなさい。
そうか、毎日誰かに絵はがき出せる。これも良いかも。
皆に絵葉書送ろう。