83 月光院 貴志
僕には5歳離れた妹がいる。
正直に話そう。僕は妹が大っ嫌いだ。いや、大っ嫌いだった。
妹が生まれるまでは両親も仲むつまじく母もいつも家にいて良く遊んでくれた。父も毎日帰宅しては一緒に食卓を囲んでいた。
妹が生まれてから母が変わった。父が言うには産後鬱と言うらしい。あまり笑わなくなって部屋に閉じこもっている事も多かった。
妹のせいだと思った。妹なんて生まれなければ良かったのに。
母が生まれたばかりの妹をほったらかしで、妹は良く泣いた。特に夜泣きがひどく皆寝不足になった。妹の部屋は家族から1番離れた部屋に移された。
部屋に籠もりがちな母を心配して父が母に仕事をすすめた。母はもともとキャリアウーマンだったらしい。僕が生まれてからは慣れない子育てにいそしんでいたと父から聞かされた。
母は水を得た魚の様に、仕事に夢中になり以前のように僕に笑いかけてくれる。忙しくなった分家族で囲む食卓は減ったが母が元気になったので嬉しかった。
そんな中、妹は相変わらず良く泣き叫び、癇癪持ちに育っていった。気に入らない事があると食卓をひっくり返した。そこら辺にある物も掴んでは投げた。
両親でさえ、もてあましているのに僕にはどうすることも出来やしない。なるべく妹とは顔を合わせたくなかった。
月光院家の教育は幼い頃から始まる。僕は年上の従兄弟達と一緒に教育を受けることになった。この機会に家にいる時間を少なくしたくて、妹のせいで家では静かな環境がないと父に言えば、殆どの時間を本家の従兄弟達と過ごす事を、簡単に許してもらえた。
いつの間にか寝ること以外の時間を従兄弟達と本家で過ごしている。
その間、妹が寂しいかなんて考えたこともなかった。妹なんていなければ良かったんだ。ずっとそう思っていた。
その妹が変わった。半年前に大病を患ってから記憶が曖昧になったらしい。僕のことも最初はわからなかったみたいだ。もっとも妹がもともと僕の顔を覚えていたかは怪しい。それほど顔を合わせてはいなかったからだ。
前は人形みたいに表情が変わらず。泣きわめくか怒るかだったのに良く笑うようになった。静かになり何かを考えているように遠くを見る。まるで悟りを開いた賢者のようだ。これは言い過ぎかも知れないが、年相応でないものを感じて戸惑う事が増えた。
1番の変化は妹の周りに人が増えた事だ。厳しいだけの家長のお祖父様が締まりの無い顔で妹を抱き上げているのを見たときは、目の錯覚かと思った。
まさか……あの泣く子も黙るお祖父様が……
妹は良くないまじないでも使っているのだろうか?次々と人が陥落して妹の信奉者になっていくように思う。怪しい宗教みたいだ。
友人の龍一郎もそうだ。僕が必死でやることを軽々とこなしていく天才。何故か妹に夢中だ。
僕は信じられない思いで見ている。向こうも、何故そこまで放っておけるのか信じられない、と言う視線をバシバシ送ってくる。いい迷惑だ。
最近は学校の先生までもがあきれた顔で僕と龍一郎を見ている。お互いに違う意味であきれられている事は自覚している。
入学式早々に職員室に呼ばれたと聞く。僕の常識からは考えられない。女の子だぞ!
体力測定の結果がDだったと、何故か龍一郎から聞いた。Dなんて奴は初めてだ。恥ずかしすぎる。しかもその事を何故、他人である龍一郎から聞かされなければならないんだ。言いふらすような事じゃないぞ、妹!
お前には羞恥心と言う物がないのか?
前ほど妹を嫌いではないかも知れないが、気に入らない事は確かだ。
東郷寺、西園寺、月光院の三家で共同事業を立ち上げるとお祖父様がおっしゃった。本家の叔父様は蚊帳の外だ。父様が得意げな顔をしていた。妹が絡んでいることは間違いないだろう。
お祖父様世代では仲の良かった三家でも共同で何かをやるなんて事はなかったと聞いている。ましてや父様世代では疎遠になっていたはずだ。
ここの所東郷寺様も西園寺様も我が家に入り浸っているではないか。帰宅すると時々驚くことが多い。
最近はお祖父様とは犬猿の仲と噂されていた神馬家の名前まで挙がってきた。一体どこまで人をたらし込めるんだ。妹!
従兄弟達に妹の様子や人なりを聞かれて口ごもる毎日。
中学生や高校生が小1に興味を持つんじゃない!
気に入らない事ばかりだ。
階段から落ちたって?たまには良いお灸になるだろう。
少しはおとなしくしてくれ。妹!
妹ばかりが注目されてお兄ちゃんは面白くありません。母の愛は一身に受けているのにね。