73 担任は地主先生
「保護者の方にご連絡します。新入生は1度お教室に行ってから解散になります。保護者の方はそのまま講堂でお待ち下さい」
アナウンスの声が講堂に響いた。
私達は目の前の先生に誘導されてお教室に向かった。お教室は1階にあってクラスは男子16人女子14人だった。先生は34歳独身だと自己紹介をした地主先生。
その自己紹介、小1にいるの?受け狙いなのかも知れないけれどねぇ。何だか冷めた目で見る自分がいた。たぶん、そのままずっと独身だね。
その後、出席を取ると学級委員を先生が指名して今日のホームルームは終了。学級委員は入学テストの成績順に決めたらしい。男子は御園 幸司君、女子は青空葵さん。
青空葵さんは幼稚園でも一緒だった。私の記憶にはないけれど、虎太郎君と翔君とよく遊んでいたのでは?そのせいで私は睨まれていたような気がする。虎太郎君達が私と親しくし出したから。
平穏な小学校生活を送りたいと祈りつつお隣の席のおとなしそうな女の子に挨拶をした。
「月光院 愛梨花です。よろしく」
前髪を長くして頭頂で1つにまとめて黒いリボンで結んでいる。耳の下でそろえられたミディアムボブの女の子は知的な顔をしていた。
この子が学級委員でも良かったのではと思う。多分、青空さんより頭は良いのではないか?
「あなたが愛梨花さん?青空さんが言ってた女の子?」
「青空さんとは幼稚園が一緒だったのでそうだと思うわ」
「ふ~ん、私は北川 香里。よろしく」
「北川さん一緒に帰ろう」
カバンを肩に引っかけた青空さんがこちらに来ると、急かすように北川さんの手を引っ張って教室を出て行った。
「あんな子と仲良くしない方がいいよ」
「でも、意地悪には見えなかったけど」
「いいから行こう」
そんな会話が聞こえていた。
ふっう~~~っ、大きなため息が出る。
幼稚園での事が小学校までとはね。しかも覚えてないし……自業自得かぁ。そんな事を考えていると誰かがおさげを引っ張った。
「痛いっ」
振り返ると男の子が2人で立っていた。1人はさっき学級委員になった子だ。もう1人が私のおさげを引っ張っていた。
「お前小さいな。幼稚園と間違えているんじゃないのか。ちゃんと白状しろよ」
「何ですって」
小学生でこのいちゃもん、何なの?学級委員の方がやめなよと言っている。
「離して、髪の毛引っ張るのやめて。そっちこそ幼稚園に行った方がいいんじゃない」
私達が押し問答していると、”愛梨花ちゃん~~~”
廊下の方から虎太郎君の呼ぶ声が聞こえた。迎えに来たんだ。振り向こうとしたその時、
「お前、愛梨花ちゃんに何してる」
いつもより低い声を出していきなり虎太郎君が教室に飛び込んできた。
私の前に立つとその子を思いっきり突き飛ばした。その子は学級委員を巻き込んで、椅子をなぎ倒しながら後ろに倒れ込んだ。大きな音が教室に響き渡り教室に残っていた生徒が悲鳴をあげた。
まずい。とっさに虎太郎君を後ろから抱きしめた。初日から喧嘩なんてしたらお祖父様に何を言われるかわかったもんじゃないし、虎太郎君は悪くない。
誰かが先生を呼びに行って、先生が駆けつけると、私達4人は職員室に連行された。
嘘でしょう?大きなため息が出てしまう。虎太郎君は私の手をしっかり握っていた。
ごめんね、私が巻き込んだんだ。職員室に呼び出されるなんて経験は前世でもしたことがなかった。
「学級委員、説明を」
「「僕は……」」
虎太郎君と御園君が顔を見合わせた。
「あっ、悪い悪い、2人とも学級委員だったか、御園、説明を頼む」
虎太郎君も学級委員だったんだね。その後先生は私達の説明を聞いて、私のおさげを引っ張った子と虎太郎君に注意をして、学級委員にちゃんと止めるように言った。虎太郎君にはやたらと違うクラスに勝手に入らないよう注意していた。
「愛梨花ちゃん大丈夫?」
勢いよく職員室のドアが開くと龍一郎君が飛び込んできた。私を見るとホッとしたように顔をほころばせて身体を包み込んでくれた。片手で虎太郎君も抱き寄せて良くやったと声をかけている。それをあきれたように先生が見ていた。
「東郷寺、何の用事だ」
「迎えに来ただけです。先生、もうよろしいでしょうか」
龍一郎君は有無を言わせない雰囲気で先生に厳しい視線を投げる。おお、何だか見た事のない雰囲気がとても新鮮!
地主先生は椅子の背に疲れたようにもたれてメガネを外すと行っていいと言うように片手を振った。後ろから他の先生が近づいて声をかけていた。
「月光院に西園寺、それに東郷寺まで?今年は大変ですな」
「ああ、もうナイトがいますからね」
先生達の話し声を後ろに聞きながら職員室を後にした。
初日から職員室だなんて有り得ない。おとなしく目立たない女の子に擬態していたはずなのに。
虎太郎君が無言で私の手を引いていく。龍一郎君はそっと私の背に手を添えていた。龍一郎君はちょっと過保護だと思う。この間迷子になったことが尾を引いているんだ。心配かけてしまったから……
私の髪を引っ張った男の子は学級委員の御園君に引っ張られて走り去って行った。逃げ足の速い奴だ。
ちょっとむかつく。ふっん!
講堂ではまだ数名の父母が残って話をしていた。虎太郎君のご両親が私達を見つけるとこちらに来られた。高島はいち早く私を見つけるとカメラのシャッターを切っている。そこですか……
龍一郎君が西園寺様ご夫婦に事の顛末を説明していた。高島がこちらに来て我が家の両親はもう帰ったと教えてくれた。
先生に連行されて遅くなってしまったから。もう殆どの生徒が帰宅してしまった。我が家は渋るお父様をお母様が引っ立てて行ったらしい。笑える、最近仲が良いのか?
私は虎太郎君の家族に挨拶をして帰る事にした。遅くなってしまって申し訳なかったもの。
「愛梨花ちゃん、一緒に帰ろう」
虎太郎君がお母様の手を引っ張っている。その様子が新1年生らしくて可愛い。思わず笑みがこぼれた。
でも、悪いでしょう、今日は家族水入らずなのに。
「あっ、愛梨花ちゃんは家で預かる事になっているから、ちょっと待っていて」
んんっ?その話は聞いていなかったぞ。
龍一郎君は急いで教室へ戻って行った。カバンを取りに行ったのかな?それともお兄様呼びに行った?まさかね。
たぶんお祖父様は、私が両親とご飯を食べて帰ると思っていたに違いない。まさか一人で行って一人で帰って来るとは考えていなかったと思う。普通の家族ならそうだよね。入学式だし。
どうしよう……高島の顔を仰ぎ見るとポンと大きな手を頭に置いてくれた。
「取りあえず龍一郎様を待ちましょう」
「僕も待つよ。父様、良いでしょう?」
今度は虎太郎君がお父様の手を引っ張った。虎太郎君は手を引っ張るのが好きなんだな。見ていると微笑ましいご家族だ。
「わかった、そうしよう」
「あなた、東郷寺様の奥様はお忙しいかしら?聞いて見てもいいかしら?」
「そうだな、龍一郎君達も一緒に食事に行くかな。聞いて見てくれ」
そういう訳で、本当はご家族3人で虎太郎君の入学祝いをするはずだったんだろうレストランに、私と龍一郎君がお邪魔している。
お兄様は龍一郎君が教室に戻ったときにはもういなかったらしい。東郷寺のお母様は雪二郎君と音楽会に行かれているのでこのメンバーになった。
何だか私は孤児の気分だ。哀れに思われているのではないだろうか?
いつも通り私は虎太郎君と龍一郎君に挟まれている。虎太郎君はご機嫌だ。龍一郎君は”今日は大変だったね”とねぎらってくれた。その笑顔を見れば癒やされる。もしかしたら私の本当のお兄様は龍一郎君だったのかも知れない。そんな気がしてきた。
「あの、いつもご迷惑おかけしてすみません」
「愛梨花ちゃんは小さいんだから気にしなくていいんだよ。こちらこそ月光院様にはお世話になっているからね」
そう言うと虎太郎君のお父様は虎太郎君の頭をポンポンと叩いて”ちゃんと愛梨花ちゃんを見てあげるんだよ”と言い聞かせていた。虎太郎君は笑顔で頷いていた。
「父様、僕も愛梨花ちゃんと同じクラスにしてくれる?」
「いや、それは無理だよ。もう決まったことだからね」
珍しく虎太郎君が頬を膨らませていたのでツンツンしてあげた。
こうして私の小学校生活が幕を開けた。
愛梨花ちゃんは 帰りに和菓子屋さんで道明寺とうぐいす餅をちゃんと買ってもらいました。良かったね。




