165 波乱のティータイム
ティールームに戻ると、みんながちょうど席についたところだった。
龍一郎君が、ローラントの運んで来たワゴンを受け取っている。ワゴンを龍一郎君に押し付けると、ローラントはさっさと席に座った。ローラントってやっぱり殿下なんだわ。いつでも誰かがやってくれると思ってね。
敬君は直ぐにワゴンの方へ行き、静かにお茶を注いでいる。さすが、日本男子は気が利くわ。私が感心しながらケーキのお皿を取ると、龍一郎君がすかさず手を添えた。
「サァーシャは座ってて。僕たちがやるから」
そう言うと片眼をつむる。最近また背が高くなった龍一郎君がイケメン過ぎて、思わず頬が熱くなった。やだわ、まだ6歳なのに。クラスの子たちの影響を受けすぎよ、私。
シャーロットもクラリスだって男の子の話ばかりだし、最近はアナスタシアが龍一郎君に迫っていたりして、いけないわ。
両手をほてった頬に当てた。
「どうしたの?」
うつむいているとケーキを運んできた敬君が心配そうに覗いてくる。
慌てて首を振った。
「ううん、何でもないの。ちょっと熱いかなと思って──」
その瞬間、扉が勢いよく開いた。
「サァーシャ、少しよろしいかしら?」
エヴァ先輩がレムの腕をつかんだまま、ずかずかと入ってきた。
あっ、そういえば今日はお茶会やるって、エヴァ先輩に言っていなかった。もちろんクラスのだれにも。
ここは曲がりなりにも王宮の外れに位置しているから、外部の人間を、気安く呼ぶのはダメだって、グランパやグレンに注意されていたのよね。エヴァ先輩は気軽に遊びに来ているんだけど……。
「あれ、エヴァ、お前は兄貴についてきたのか?」
ローラントが尋ねた。
「そんなことより、あなた達、何故アナスタシアのお茶会に行かなかったのかしら」
エヴァ先輩は、龍一郎君とローラントを指さしながら聞いている。
「俺様がどこへ行こうと勝手だろう。それより、お前たちこそ、どうしてここに?」
偉そうにローラントが聞いた。確かにここは王宮だから勝手には来れないはずだけど、毎日一緒にランチを食べている仲よね。その言い方はまずいと思うわ。
「エヴァ先輩にレム。一緒にお茶しましょう。今準備するから」
「お母さまが先ほど帰ってきたんだけど、アナスタシアが大荒れだったそうよ。こっちの様子を見て来いって、お兄様に言って連れ出されたのよ。ついでにその辺にいたレムも拾ってきたわ」
「エヴァ先輩のお兄様もいらしているの?」
「ああ、気にしなくていいわ。エル様のところに行ったから」
エルのところ?そういえば大学の同級生だって聞いた気がする。
「ふ~ん。女の騒ぐことなんて決まってるな」
ローラントは面白くもなさそうに呟くと、エヴァ先輩に向かって、しっしっと犬でも追いやるように手を振る。
「ちょっと、ローラント。何するのよ。エヴァ先輩にレム。こちらのテーブルに来て」
私が隣のテーブルにお茶を用意する。
「あなた、本当にのんきね」
「このケーキ、いい香りがする」
レムが切り分けた抹茶のパウンドケーキに物欲しそうに顔を近づけた。
「サァーシャの手作りだよ」
敬君がそう言いながらケーキのお皿を取ってあげた。
「お抹茶に、小豆を入れたの。珍しいでしょう」
日本人にはなじみ深いお抹茶もこちらではどうなのかしら?私が首をかしげる間もなく、ローラントはお替りをしていた。少なくともローラントの口に合ったみたいね。
「ところで、向こうでは何があったんだ」
龍一郎君が少し申し訳なさそうに聞いてくる。
「お母さまが言うには、アナスタシアが癇癪を起こしたのよ。お茶のセットをひっくり返したらしいわ」
「僕が行かなかったからか?」
龍一郎君が驚いたようにエヴァ先輩に聞いた。癇癪を起こしてテーブルをひっくり返す?女の子のやることじゃないわ。ましてや少女のね。小さな幼児か、またはアル中の親父みたいだわ。
「龍一郎君が参加しないだけで……そんなことって」
私が絶句していると、エヴァ先輩が皮肉気に片方の眉毛だけを上げた。
「それもあるけど——原因は、このお茶会よ」
エヴァ先輩の視線が、まっすぐ私に向けられた。
「このお茶会?」
別にいつものおやつタイムなだけで、お茶会なんて開いていないわ。不思議そうに聞き返すと、龍一郎君がポンと私の頭に手を置いた。
「大丈夫、サァーシャが気にする事なんて、何もない」
龍一郎君の優しい笑顔が降ってくる。違う、そんなことじゃ解決にならない。そう思い口を開こうとした。
「サァーシャを守ってるつもりなんでしょうけど……そのせいで、あの子を刺激してるわよ」
エヴァ先輩の事実を突きつけるような言葉が部屋に響く。
「どういうことだ」
めずらしく龍一郎君が焦ったような声を出した。その時、ノックの音がした。
扉が開くと、向こうから2つの影が近づいてくる。
エルと──その隣に、見知らぬ背の高い青年。
銀縁の眼鏡をかけ、長い髪を後ろに1つで束ねている。
エルの隣に立つその青年は、まるで空気そのものを変えるような存在感をまとっていた。
空気が、ふっと張りつめた。




