164 二つのお茶会 ― 裏と表 ―
「おじい様、それは本当ですか?」
電話の向こうから沈痛な声が聞こえてきた。おじい様にしては珍しい事だ。
『ああ……』
短くそう言うと、電話が切れた。僕はしばらく携帯電話を耳から離せなかった。
愛梨花ちゃんが今のご両親の本当の子じゃない!?でも実の月光院様のお孫さんである事は確かだと?いったいどういう事なんだ?
考えられることは――いや、そんな単純な話じゃない。
月光院様の血筋であることは確かで、でも今のご両親の子ではない?
頭の中で言葉が噛み合わない。
「龍一郎さん、何かあったんですか?」
リビングでたたずんでいると、向こうから敬が声を掛けてきた。
愛梨花ちゃんの事は共有すると決めていた。だが――迷っている場合じゃない。そんな思いが頭をよぎった。いいや、ここは異国の地だ。協力しなければ大人たちの悪意から、彼女を守れない。高島先生も何かご存じかもしれない。
「ああ、ちょっと話がある。高島先生も呼んできてもらえるかな」
敬は黙ってうなずいた。たぶん僕の様子から何かを察したんだろう。こいつは鋭いやつだからな。
高島先生も呼んで、3人で僕が聞いた情報を共有した。高島先生は驚いたようには見えなかったから、すでに月光院様から色々と聞いていたんだと思う。
敬は言葉を失い、しばらく瞬きすらしなかった。
まるで頭の中で情報を必死に整理しているように、喉が一度だけ小さく動いた。
「……そんなことが」
かすれた声がようやく漏れた。
「旦那様は、いや、月光院様は今はそういうわけで、動くことが出来ない」
高島先生は腕を組んだまま、何かを考えるように僕達に言った。
そうだよな、わずか6歳の子が、両親が実の親じゃないなんて知ったら……。しかもただでさえ、異国の地に連れてこられて――帰る場所すらない。
僕たち3人は声も出ず、ただ黙って、時だけが過ぎていった。
「守らなきゃな」
敬が呟く。
そうだ、僕たち以外に愛梨花ちゃんを守る人はいないんだ。
優しい笑顔が目に浮かぶ。僕たち兄弟は愛梨花ちゃんに助けられたんだ。
今度は僕が――あの子を守る。
何があっても。
固く心に誓った。
♢ ♢ ♢
シャーロットは、昨日の夜の出来事を思い出しながら、客席の端でかすかに震えていた。
学校の机で消えたはずのあのネックレスが、なぜか家の引き出しに戻ってきていたのだ。
――もう限界だった。
彼女は今日のお茶会にそれを小箱に入れて持ち込み、誰にも見られないよう、そっとテーブルの端に置いた。
アナスタシアのお茶会は、まるで舞台のように整えられていた。
磨き上げられた銀器、淡い薔薇色のクロス、季節の花を飾ったテーブル。
完璧な笑顔を浮かべたアナスタシアが中央に座ると、周囲の令嬢たちは息を呑むように姿勢を正した。
「今日は来てくださってありがとう。どうぞ、くつろいでね」
その声は甘い。けれど、どこか張りつめている。
アナスタシアの視線が、ふとテーブルの端に置かれた小箱に落ちた。
誰も触れていないはずのその箱は、まるで“そこに戻るべきもの”が帰ってきたかのように、静かに存在を主張していた。
アナスタシアはそっと蓋を開ける。
――やはり、あった。
昨日まで行方の分からなかった、あのネックレスが。
「……ふふ。やっぱり、私のところに戻ってくるのね」
その微笑みは、花の香りよりも冷たかった。
周囲の令嬢たちは気づかない。
アナスタシアの胸の奥で、その奥にあるものに気づく者はいなかった。
「アナスタシア、龍一郎は来ていないの?」
友人に聞かれて、アナスタシアは何気ない風を装った。
「ふふふ……リュウは忙しいみたいで」
「あら、そうなの。聞くところによれば、ローラント殿下が1年生の子が催すお茶会に行っているとか」
「サァーシャって子でしょう?」
「ええ、大公殿下が保護しているって」
クラスメイトたちがサァーシャの噂を楽しげに続ける。
アナスタシアは笑顔を崩さないまま、指先に力を込めていた。
気づけば、手に持っていた花束の茎がきしりと音を立てている。
――どうして、あの子ばかり。
リュウの視線まで奪うなんて。
箱の中のネックレス。
ルビーは、誰にも見られぬまま、静かに輝きを増していた。
♢ ♢ ♢
「サァーシャ、ずっとオーブンの中覗いてるのか?」
ローラントがつまらなそうに聞いてきた。昔から、お菓子が膨らむのを見るのが好きなの。敬君は黙って一緒に覗いているのに、ローラントときたら、テーブルの上のチョコレートをつまんでいる。だから甘いものがやめられないのよね。
「敬君、見て、きれいに膨らんでいるわよね」
敬君は私の頭に手を置くと「本当だ」と言って頷いた。
焼き菓子の甘い香りが厨房に漂い出した。ティールームでは、龍一郎君がエヴァ先輩とレム君の相手をしてくれている。ローラントも向こうに行けばいいのに、食べ物のある方に引っ張られるみたいなのよね。
ローラントも向こうに行けばいいのに、やっぱり食べ物の方なのよね。
オーブンからケーキを取り出すのは、危ないからと、敬君がやってくれた。今日のお菓子は、お抹茶と小豆のパウンドケーキ。抹茶はこの国でも人気らしいけれど……みんなのお口に合うかしら?
「おお、いい匂いだな。端でいいぞ、ちょっと切ってくれないかな」
伸びてきたローラントの手をパシッとはたいた。
「まだ熱いからダメ。冷めたらね」
「サァーシャ、運んでやるよ」
ローラントは、待ってましたと言わんばかりにワゴンへ手を伸ばした。
その素早さに、私は思わず肩をすくめる。
ケーキをのせ終わると、彼は当然のようにワゴンを押し出した。
「ちょ、ローラント? そんなに急がなくても……!」
けれど彼は振り返りもせず、軽い足取りで廊下を進んでいく。
ほんと、こういう時だけ王家の行動力を全力で発揮するんだから。
「こぼさないでね~~~!」
私の声が廊下に響いた。
……まったく、食いしん坊なんだから。
でも、少しだけ安心した。




