163話 夢に呼ばれて
「シャーロット、早くしないと遅れるわよ」
下からママの呼ぶ声が聞こえた。
目を開けると、カーテン越しの朝の光がやけに眩しく感じた。
「今行くから」
そう答えると、さっきまで見ていた夢を思い出す。
憧れのローラント殿下が出てきた夢だ。
クラスの教室の前で授業が終わるのを待っていてくれた。
挨拶を交わしただけだけど、殿下は私を待っていてくれた。
それだけのことなのに、頬がゆるんでしまう。
いろいろ話そうと思っていたのに、肝心なところで目が覚めた。
ふふ……今日はいいことがありそうな気がする。ベッドの上であれこれ考えていたら、あっという間に時間が過ぎていく。食事の時もそのことばかり考えていたら、ママに心配された。
「目の下に隈が出来ているけど、よく眠れなかったの?」
私は首を振る。眠れなかったことなんてないわ。むしろ、ずっと寝ていたかったぐらいだもの。
「よく眠れたわ。寝すぎで疲れたんだと思う」
ママは笑いながら、「そう、何かあれば言うのよ」と言った。
ママは心配性なのよ。何か起きるなんて事、あるはずないんだわ。私が殿下と仲良くなったら、きっとママはびっくりするわ。鼻高々だと思う。どうしよう、将来を約束してくれ、なんて言われたら。そんな妄想に浸っていると、ポンと肩を叩かれた。
「おはよう。シャーロット、ぼうっとしてどうしたの?」
イザベラが顔をのぞき込んできた。あら? いつの間に登校したんだっけ?
記憶が曖昧になっていた。きっと、殿下のことばかり考えていたせいだわ。
「ううん。何でもないわ」
そう言って笑った。夢が現実になるといいなあ。教室の入り口を見ると、ローラント殿下がサァーシャを送ってきたところだ。
「えっ!? なんでまたあの子と……」
胸の奥に、じわりと嫌な感情が広がる。あの子、気に入らないわ。
筆記用具を置いて、ノートを出そうと机の中に手をやると、ひんやりと冷たい物が手に触れた。
(あれっ!? 何かしら?)
そっと取り出すと――
それは、ルビーのネックレスだった。
冷たい……まるで氷みたい。胸の奥が、理由もなくぎゅっと縮んだ。
慌てて机の中に押し込んだ。
背筋にぞっとするものが走り、一気に寒くなった。
(なぜここに?)
震える心を押さえながら、教室を見渡した。誰かに見られていないわよね。
クラスメートたちは皆談笑に夢中で、私の事なんて気にはしていなかった。すると、近くの席にいたイザベラが、心配そうに私の顔を見つめていた。
「シャーロット? 顔色が悪いわよ。どうしたの?」
イザベラに言われて、慌てて首を振った。
「夜遅くまで本読んじゃって……」
「へぇー、面白い本なの?貸してほしいな」
「あっ、うん。まだ読んでいるから」
しどろもどろになっちゃったけど、変だと思われていないかしら。そうだわ、イザベラに聞けばいいのよ。お姉さんのネックレスだって言ってたもの。先生が返そうとして、机を間違えたのかもしれない。
「イザベラ、お姉さまのネックレスは返してもらったの?」
私が聞くとイザベラは首を振る。
「もう、私がさわったらダメだって。お母さまに任せるように言われたの」
少しがっかりした様子でイザベラが言う。あら? じゃあここにあるのは何かしら?
不思議に思いながら机の中を探る。
……さっきのひんやりした感触が、ない。
えっ!ない!まさか……
さっきのは見間違いだったの?
慌てて私が机の中を覗くと、イザベラが不思議そうに、一緒に机の中を覗いた。
「シャーロット、どうしたの?何か無くなった?」
「あっ、違うの。ハンカチ忘れたかと思って」
「ハンカチ?カバンかポケットの中じゃないかしら?机に入れないわよ」
「ち、違うの。昨日忘れたかもって……あっ、でもたぶん勘違いだと思うわ」
「そうなの? ならいいんだけど。そういえばお母さまが、週末に遊びにこないかっておっしゃっていたわ。お茶会をするらしいの。お友達も呼んだらって言うから、クラリスと2人で来ないかしら?」
「えっ、素敵ね。イザベラのお家はいつもご家族でミニコンサートをされるんでしょう」
いつの間にか話に入ってきたクラリスが、キラキラした顔で加わってきた。
「そうよ、お姉さまも何人かご招待するらしいわ」
「シャーロットはどうする? ぜひ一緒に伺いましょう」
クラリスに袖を引っ張られて頷いた。そうよ、きれいな音楽を聴けばきっとこのモヤモヤも飛んでいくわ。
ネックレスなんて忘れましょう。私のものではないんだから。憂鬱な気分はどこへやら、久しぶりに、楽しく学校で過ごすことができた。
その日、家に帰って――
自室の机の引き出しを開けるまでは。
そこには、絶対にあるはずのないものが――。
息が止まり、思わず悲鳴を噛み殺した。




