第七十四話 イーシ王国制圧(5)
「おとなしく降伏しろ! 抵抗しなければ殺しはせぬ! だが、刃を向けるならば、相応の覚悟を持て!」
ユウシュンとシュテンは、王城の巨大な城郭を前に二手に分かれた。一見すれば戦力の分散。だが、彼らが率いるのは、信長によって鍛え上げられた、常識外れの戦闘力を誇る精鋭たちだ。城内にさえ突入してしまえば、そこは入り組んだ建物と通路の迷宮。大軍勢同士の正面衝突など起こり得ない。むしろ、小規模な精鋭部隊による、電撃的かつ機動的な攻撃こそが、最も合理的で、かつ最短で首魁を討ち取る道であった。
シュテン率いるオーガの部隊は、凄まじい咆哮と共に東側から突入した。身の丈を超える戦斧や大槌を軽々と振るい、国王軍の精鋭たちを、まるで羽虫でも払うかのように文字通り「粉砕」していく。
その中にあって、シュテンの副官、オーガの女戦士ソーラは、一際異彩を放つ死の舞を踊っていた。かつて族長であった父は、信長によって討たれた。だが、今の彼女を支配するのは、憎悪ではなく、絶対的な服従と、強さへの渇望だった。信長が掲げる「天下布武」の理想など、ソーラにはどうでもよかった。ただあの方は、自分たちオーガに、さらなる高みへと至る力と、それを振るう血湧き肉躍る戦場を与えてくれる。オーガ族は強き者に従う。それは、血に刻まれた本能。彼女は、蘭丸から受けた地獄のような稽古を思い返していた。
『そんな剣では父親の仇は討てんぞ』
蘭丸の冷徹な言葉と、その背中を追い、磨き上げた剣技。彼女の振るう剣は、シュテンの剛剣とは対照的だった。蘭丸を彷彿とさせる、あまりに美しく、流麗な死の舞。
「ッ!?」
向かってくる王国兵たちは、自らが斬られたことすら気づかない。一瞬、世界が斜めに傾いたと感じた直後、己の身体が上下真っ二つに分断されていることを知る。恐怖を感じる暇すら与えぬ、一撃必殺の神速の剣。ソーラは、いつか蘭丸を打ち負かし、自分に従わせてやろうと思っている。そして、蘭丸を自分の好きにしてやるのだ。
「うふ、うふふ」
ちょっと気色の悪いにやけ顔で死体の山を築いていくソーラであった。
一方、西側から突入したユウシュンの部隊は、魔法と科学が融合した現代的な戦術を展開していた。最前線では、魔力で強化された抜刀隊が死地を切り開き、その後方からは、信長の手によってもたらされた「突撃銃」を装備した射撃部隊が、制圧射撃を加える。
「撃て! 怯むな!」
硝煙と魔力が渦巻く戦場。銃弾によって穿たれ、悲鳴を上げる王国兵たち。ユウシュンは、そんな敵兵たちへ冷徹な視線を向けながらも、ガラシャの言葉を思い出していた。
『ユウシュン、無駄な殺生はダメよ。戦意を失った人は、私が助けるから』
ユウシュンの部隊は、出来るだけ敵を殺さないようにしていた。剣で一刀両断にしてしまってはどうしようも無いのだが、銃撃で負傷し、抵抗の意思を無くした敵兵には、後方からガラシャが、とりあえず命を取り留める程度の、最低限の治癒魔法をかけて回る。それは、信長の命じた「降伏の事実作り」と、ガラシャの「慈悲」が奇妙に同居した、冷徹かつ効率的な進軍であった。
◇
王城への道。そこは、ユウシュンとシュテンの軍が通り過ぎた後、無残に砕け散った肉塊と、鮮血によって赤黒く染まった地獄の様相を呈していた。
「ふふ。ユウシュンもシュテンも、ちゃんと信長様のご命令を守っているようね」
衛生部隊の護衛を務めるエーリカは、その惨状を、まるできらめく宝石でも眺めるかのような、うっとりとした表情で見つめていた。通路の床は、王国兵の血で満たされ、ぬかるんでいる。気を抜けば足を滑らせそうな死の絨毯。だが、エーリカにとって、それはあの方の偉大さを証明する、何よりの芳醇な香りだった。
『抵抗する愚か者は、すべて肉塊に変えてやれ』
出撃前、信長様が下した大号令。あの方の言葉は、エーリカにとって、この世界の何よりも尊く神聖な福音である。もし、ユウシュンやシュテンがあの方の命令を違え、敵に愚かな情けをかけていたならば、この手で直接粛清してやろう。エーリカは、その瞬間を、心の底から楽しみにしていた。だが、その必要はなさそうだ。
エーリカが率いる衛生部隊は、オーガ族の女性で編成されている。その使命は、敵味方関係なく負傷兵を治療すること。しかし、その役目は、今のところ果たされる気配がなかった。シュテンの部隊が通った跡には、生きた人間など残っていない。ユウシュンの部隊が通った跡は、すでにガラシャが応急手当を済ませている。エーリカには、手持ち無沙汰な時間が流れていた。
「う、うう・・・。助け・・・て・・・」
その時。崩れた石壁の隙間から、消え入りそうなうめき声が聞こえた。ガレキに埋もれた、王国兵の生存者だった。
「あら、肉塊になっていない」
エーリカはフンッと鼻を鳴らし、その王国兵へ冷たい視線を向けた。信長様のご命令を完遂できなかったシュテンの無能さに、苛立ちさえ覚える。彼女は、生存している王国兵に、その可憐な手のひらを向けた。あの方の命令通り、物言わぬ肉塊に変えてやる。攻撃魔法を放とうとした、その瞬間。
「エーリカ、ダメよ! 信長様は、抵抗できない怪我人は治療しろとおっしゃったでしょ!」
衛生部隊のオーガの女が、慌てて彼女の手を掴んで止めに入った。
「・・・あ」
エーリカは、ハッとして動きを止めた。そうだ。信長様は、確かにそうもおっしゃっていた。敵であっても、戦意を失った者は治癒してやれ、と。あのお方の命令は、絶対。その、もう一つの命令を忘れていたわけではない。だが、彼女の心はあの方のために「敵を滅ぼす」という、血塗られた悦びに塗りつぶされていたのだ。
「・・・分かっているわよ。忘れてたわけじゃないわ。ちょっと、こいつがまだ抵抗する気があるのか、試してやっただけよ」
エーリカは、気まずそうに顔を背けると、手のひらに込めた魔力を霧散させた。チッ、と小さな舌打ちを漏らす。
「これで、もう抵抗する気力なんて、微塵も残っていないわね」
衛生部隊のオーガたちは、手際よくガレキを動かし、負傷した兵を引っ張り出すと、治癒魔法をかけ始めた。エーリカは、その様子を、つまらなさそうに眺めることしかできなかった。あの方の命令を完遂できない。その事実に、彼女の胸は、焼けるような飢燥感に苛まれていた。
「反乱軍だ! 囲め!」
その時、左の通路から、十人ほどの王国兵の分隊が駆け寄ってきた。皆、剣を抜き、殺気立っている。
「愚か者ども」
エーリカは、その瞬間、飢えた獣のような、冷たく、そして狂おしいほどの喜びを瞳に宿した。
「命が惜しければ、その薄汚い剣を捨てて、今すぐ失せなさい。それ以上、近づくなら」
彼女は、王国兵たちを睨みつけながら、その指をゆっくりと開きかざした。
「あの方の命令通り、お前たちを、一寸刻みにしてあげる」
だが、王国兵たちは、彼女の警告を無視した。相手は武器も持たない、女ばかりの衛生部隊。チャンスだと思ったのだろう。彼らは、雄叫びを上げながら、一斉に襲いかかってきた。
「・・・そう。従わぬというのなら、致し方ないわね」
エーリカは、迫り来る王国兵たちへ、その可憐な手のひらを向けた。開かれた指先、その一本一本に、凄まじい密度の魔力が奔流する。
「信長様のご命令は、絶対。襲いかかる愚か者は・・・、『切り刻んでやる』!」
彼女の唇が、狂喜に歪んだ。
「――黒糸滅界!」
エーリカが、淡々とした、しかし悦びに満ちた声で技の名を呟いた、その刹那。向かってきていた王国兵たちは、断末魔の悲鳴すら上げることなく、その場でバラバラと崩れ落ちた。
床には、一辺が三センチほどの、完璧なサイコロ状に切り刻まれた肉片が、大量に転がっていた。それは、かつて人間であったもの。体の隅々まで均等に切り裂かれた、この世のものとは思えぬ、美しいまでの残虐。
「ふふ、うふふふ。信長様の叡智によって作り出された、最強の素材、カーボンナノチューブの糸。それを、私の魔力で自由自在に操る。この『黒糸滅界』の前では、生きとし生けるものすべてが、あのお方への供物となるわ」
エーリカは、その場に崩れ落ちる王国兵たちの肉塊を見つめ、陶酔しきった表情で、己の手を、愛おしげに眺めた。
彼女の頬は薄ピンクに染まり、信長の命令を実行出来た悦びに上気し、瞳は狂おしいほどの信長への愛と忠誠で爛々と輝いていた。
お知らせ
7月25日(土)に愛媛県愛南町の「紫電改展示館」にて「ファイナルイベント2026」が開催されます。
私も須本壮一先生(紫電改343・夢幻の軍艦大和他)にお声がけ頂いて参加いたします。
https://ainan-marugoto.jp/event/manga-shidenkai2026/
野上武志 先生(紫電改のマキ・オルクセン王国史他)や葉月京先生(恋愛ジャンキー・若気の至りまくり他)や蓮乗寺メイ先生(:radical・部首擬人化他)も参加されます。
とても楽しいイベントなので、もし来る事が出来る方がいらっしゃったら是非ともお越し下さい。




