真相
盆栽に戻ると、ママの指示を受けた同僚の一人が私たちを郊外の操業停止した工場まで案内した。辺りに民家らしい民家はなく、かといってやさぐれ連中にとって都合のいい場所になっている様子もない。
それが却って怪しい臭いをプンプンに漂わせている。
何気なく見回してふと目に入ったのはどこにでもある「関係者以外立ち入り禁止」の看板。私はこの時、人生で初めてその警告の本当の意味を知ったような気がした。
「久しぶりね、砂江子」
「ご無沙汰しております、ミラ様」
そこそこに立派な外見に反して施設の中は、設備はおろか閑古鳥の止まる枝きれ一本ないがらんどうな空間。そこに不気味に佇む7人が私たちを歓迎した。
「こうして全員がピンピンした姿で揃うってのはなんだかこう、気味が悪くねえか?まるであの日のことがなかったみたいでよ」
鼠派の技術長ガブリール、地球の科学者たちがいくつもの試験管から選び抜いた人造人間。
「さながらハリウッドの怪物みたいな俺を見てよくそんなことが言えるな」
工学、数学界における権威だった私の夫、ナッチェッロ・ニコラオス。
彼の隣には、がんも専属の家庭教師に抜擢された某国の科学機関、その最高責任者のビルフォルト博士とロベルト博士。
「同窓会を開くのは構わないけど、ここで面倒事は起こさないでね。もう一度、悪夢が見たいなら止めはしないけど」
彼らで構成されたプロジェクトチーム”開拓者”のリーダーでもあり、地球の統治者になるはずだったミラ・タルタラ王女。そして、その背後に側近の犬、ベリスと猫のきり江。
夢を追い求めて地球を飛び出して私たちが、100年の時を経て奇跡的な再会を果たした。……一人を除いて。
「和子、俺はお前にきちんとお別れを言ったじゃないか。なんで来ちまったんだ」
碧色の旦那が辛そうな顔を私に向けると少しだけ、ここに来たことを後悔した。そんな私たちを見かねて彼女はなけなしのフォローを入れる。
「ナッチェッロ、貴方には悪いと思ったわ。でも、私はどうしても彼女に傍にいてほしかったの」
「……地球を発つ前から俺はアンタをリーダーとして疑ったことはない。権力や学識からじゃない。思い描く夢にひた向きな姿に、俺の心も引き寄せられたんだ。それを、よくも……」
「確かに、これは貴方にとってひどい仕打ちなのかもしれない。でも、私は和子に選択肢を与えたわ。貴方と違ってね。それに何もかもが終わった後、貴方はその後のことを考えているの?私たちの復讐は永遠じゃない。すべてが終わった時、自分を取り巻くものが敵の死体だけなんて、貴方に堪えられるの?」
二人の淡々と交わされる穏やかでない遣り取りを、ママは不気味なくらい静かに見守っている。
私は、心のどこかでナッチェッロとベリスはママが始末するんじゃないかと思っていた。この再会の場も、もっと違うものを想定していた。だけど、そうはならなかった。
……ママは、それでいいの?
ママに視線で訴える傍ら、おじいちゃんは平気な顔で私に近づいてきた。
「ワコちゃん、僕が渡した鍵、今も持ってるかい?」
「おじいちゃん……どうしてあの子を護ってくれなかったの?」
いつかは別れの時が来ると覚悟はしていた。それでも、一人でもあの子の傍に味方がいてほしかった。そして私はおじいちゃんのことを信じていた。それなのに……
「僕は約束を守ったよ。彼女はミラに戻ることを拒まなかった。君の言う通り、またあの空を旅することができるなら喜んでと、そう言ってたよ」
おじいちゃんはウソを吐かない。だからそれも真実なんだろうと思う。だけど、私はその言葉を信じなかった。
私から鍵を受け取るおじいちゃんの手が震えていることに気づき顔を見やると、おじいちゃんは私の知らない顔をしていた。
目は血走り、眉間は猟奇的なシワが刻まれ、口元は卑しくほくそ笑んでいる。思い遣りがあって思慮深いあの人と同一人物とは思えないほどに、醜い。
笑みが口から零れないよう声を抑え、おじいちゃんは釘を刺すように私に言って聞かせた。
「僕らは皆、心から望むことをしている。それを止める権利は誰にもないんだ…決して……」
吉津満彦は、おじいちゃんのたった一人の自慢の弟子だった。
宿願に魅入られ、亡霊のような足取りでおじいちゃんは同業たちを引き連れて地下へと消えていった。
「ミラ様」
ネコ缶の「頭脳」たちの背中を見届けると、森田さんは特段畏まった様子もなくミラの前に進み出た。
「このようなことを申し上げる立場でないことは重々承知しております。ですが私は……ご一緒できません」
彼女は今後数百年続くであろう「家族たち」への想いを打ち明けた。これに対するミラの反応は思いのほか淡白だった。
「構わないわよ。貴方たち三人は十分過ぎるくらい尽くしてくれたし、特に貴方は人を殺しているより何かを育てている方が貴方らしい。私のくだらない生き方に付き合う必要なんかないわ」
「心は常に貴方をお慕いしております」
「……森田、貴方はまだ気づいてないのね」
主人の意味深な言葉を理解できない森田が聞き返すけれど、ミラは「大したことじゃないわ」と彼女をぞんざいにあしらった。
そして、私は気づいてしまった。彼女が「ヘラクレスちゃん」だってことに。
何をしたって死んだ人間は生き返らない。当たり前のことじゃない。今の私が心からナッチェッロを愛せないように、角のある彼女はミラの記憶を手に入れただけのエレベーターガールでしかない。
小さな箱から解放された、愛に飢えたアンドロイド。角を取り戻し、愛に似た憎しみの味を覚えてしまった機械。
ミラになりきるなんて真似までして彼女は宙を求め、愛の詰まった地球を夢見る。
100年間「母」を演じてきた彼女たちでさえ、この子を止められない。この子の夢見る力に抗える人間なんて、この星に一人もいないんだから。
――――今、お前たちが感じているすべてで地球に報復しろ……それで対等だ
それが死の間際に出したあの子の答え。それはこの子も変わらない。
「不思議なものよね。全身を焼かれている間に感じた憎しみは、燃え尽きる瞬間に炎と一緒に消えてしまったものだと思っていたけれど。こうして生き返ってみれば、彼らを殺したい気持ちは若魚のように私の全身を泳ぎ回ってる」
ヘラクレスが端末へ合図を送ると、がらんどうの施設の底がゆっくりと鈍い呻き声を上げながら口を開けていく。
そうしてせり上がってきたのは、100年前の威風そのままの純白の宇宙船。ネコ缶にただ一艘だけ許された、黒い海を渡る方舟。
ヘラクレスと並べば矢じりのようにも見えてくるそれはすでに発射台の上にあり、今か今かと彼方へ狙いを定め、弦はギリギリまで引き絞られている。
「思い出すわね。あの時もこんな気持ちでこの船を見ていた気がするわ」
金髪の鬼は乙女のような眼差しで船を見上げ、彼方にもたらす炎の海を想像してうっとりと微笑んでいた。
限られた人間しか出入りしていないからか。船内は若干埃っぽい。それも航行中に空気清浄機で改善され、完全に以前の姿を取り戻すだろう。100年の時を経て、ミラの名付けた「戦争号」は伏線を回収すべく大きくいななき始める。
「シールドは解除済み。いつでも発てる」
シートに就いたかきあげが計器に目を走らせ、淡々と操作パネルを叩いている。残りの三人もそれぞれの役割を口にしながらモニターと睨み合っている。
残すはヘラクレスの号令一つだけになると、彼女は一度だけ私を見た。
「……どうぞ、今さら思い残すことなんて何もないわよ」
「そう、なら行きましょうか。地球へ、愛すべき生まれ故郷へ」
私は裏切られたのだ。ママならなんとかしてくれる。勝手だけど私たちを結んでいた唯一の信頼関係を、彼女はものの見事に断ち切ってくれた。
「柊和子」でいる意味なんてもう、どこにもないんだから。
噴煙を上げる戦争号は、爆音とそれに応じた重力で私たちを締め付け、大きく翼を広げる。永い越冬の末、ようやく許された帰巣に胸を膨らませて。
「ようやく、帰れるのね」
「……そうね」
彼女は船を代弁するようにこぼした。まるで機械同士で心が通じ合っているみたいに。
船もまた、彼女の言葉に応えるように宇宙へと滑る。スーッと弧を描き、ミラを焼いた大気圏を瞬く間に切り裂いていく。
200キロの重圧に踏みしだかれ、爆音に鼓膜を裂かれて到達する無限の深海。
過酷な試練を乗り越え、隣り合う別世界に飛び出せば、私たちもまたそれまでとは別の存在へと昇華した気分にさせられる。
この時ばかりはどんな無神経な人間でも皆、口を噤み、辺りの景色に見惚れてしまう。
顔を倒せばそこに彼女の顔がある。難解な数式を並べては無邪気に笑っていたあの頃と何も変わらない、色褪せない想い人の顔が。
「ミラ……」
私は彼女に聞こえないように呼びかけた。
「愛してるよ……」
私たちは再び、漆黒と夢に満たされた宇宙を漂う。
「ネコ缶」なんて愛嬌溢れる名前の星に別れを告げて。




