スライムに起きた奇跡
言い忘れていましたが、イェリスの歳は13です。
さっさと彼女がほしいと思っていますが純情です。
☆
「――さあ、ぜひ飲んでくれ。わし孫のはお茶を入れるだけが取り柄だからの」
「……じいちゃん、いいかげん魔法の腕も認めてくれよな?」
あれから奥の部屋に案内されたぼくたちは、正面に大魔法使いのローズ――そしてその正面にぼく、アリシエ、ラインという座席順で座っていた。エプロンを着ながらお茶をそそいでくれたイェリスは、さっきまでと違いすこし殊勝な雰囲気をしている。
「……なんだよ」
珍しいものを見る目をしていたラインに、彼は問うた。
「ああ、いえ。イェリスさんが茶道に優れているなんて、
なんだか以外だなあと思いまして」
「ぐぬっ……バカにしてんなあ? このくそガキ」
「これ! お前も年の瀬はそんなに変わらんじゃろうが、イェリス」
引きつった笑みを見せるイェリスに、ローズが一喝する。
その言葉に彼は鼻を鳴らしていった。
「はんっ。俺はこいつらとは違げえよ、じいちゃん。――俺はもう、中等部の大人だ! 町中での魔法も使用許可が出るようになったし、中位魔法も使えるようになった。こいつらとは格が違う!」
「ならイェリス。お前には、さっきの融合魔法が使えるのか?」
「そっ……それは……」
言葉につまるイェリスに、ローズは少しだけ悲しい目をして。
「いいかイェリス。お前に足りないもの――それは他者をバカにしてしまう愚かさだ。己を大人というのであれば、その幼さにいいかげん気づきなさい」
「……はい」
イェリスは、すなおにその言葉を受け入れていた。
偉大な祖父の言葉に、響くものを感じたのだろう。
「――悪かった、ライン。許してくれ」
「いえ、イェリスさんが謝るようなことでは」
やはりラインには、大人の風格のようなものがある。
歳が上であるはずのイェリスがたじたじな様子だった。
「……おほん。話がそれてしまったな」
ローズが話の流れを切ると、みなが彼に注目する。
「――スライムのきみよ」
「は、はい」
呼ばれたのは、以外にもぼくの名前だった。
「きみはアリシエちゃんの話によると、もともとスライムだったとか」
「は、い。ぼく、は。ただのスライム、です」
「ふぅむ。人の言葉は、どうやって学んだ?」
「ずっ、と見てました――道行く冒険者たち、を」
「独学か。勉強が好きなのかの?」
「いいえ」
「なら、なぜ人語を学ぼうと思った?」
ぼくは、心からこみあげた笑顔で言った。
「――にん、げんが。好き、だから」
「――ほっほっ。そうか、そうか」
大魔法使いは、うれしそうに笑った。
「もっと聞かせておくれ」
それから、ぼくは話した。生まれてからずっと人にあこがれていたことを。そして、彼女との出会いを。エリとの過去を。人間と触れ合った、わずかな記憶を彩るようにして――ぼくはしゃべった。
「なるほどのお。なかなかどうして、すばらしい夢と絆じゃ」
「……あの、ローズ様」
「ふむ。何かな、アリシエちゃん」
「ローズ様には、どうしてゼラが人間になったか、わかりますか?」
その質問には、ラインも興味を示したらしい。
みんなが大魔法使いのつぎの言葉に耳を傾けるなか、
彼はゴゴゴゴッ……っと丸い顔にしわを刻んでいった。
「――まぁったく検討がつかぬのお!」
「いや、分かんねえのかよ!」
盛大に突っ込んだのは、
もちろんイェリスである。
「ワハハハ! でものお、これだけは言えるぞ」
ひとしきり笑ったローズは、しみじみと噛みしめるような声を出す。
「――それはの、まちがいなく『魔法』じゃよ。
アリシエの魔法が、奇跡を起こしてくれたのだ」
大魔法使いは優しくほほえんで自分のひげに手をやった。
その目は過去を追憶するように狭められ、
ときおり「ほほっ」と小さく笑っていた。
「ああ、思い出すのお。契約した龍とともに大陸を渡り歩いた――あの奇跡のような時間を」
「……じいちゃん」
「ときにイェリス。魔法は、何のために存在すると思う?」
彼は頭をむしると、「またその話かよ。耳にタコができるほど聞いたぜ」と、吐き捨てるようにいってから。
「魔法とは、『習慣化された奇跡の具現化』――だろ?」
「そのとおり。魔法とは――人間の生きた年月の努力を凝縮させた、奇跡の具現化と言い換えていい。そして、そんな奇跡を起こすことを生業として、習慣化することに成功したものを――人は、魔法使いと呼ぶのだ」
ローズはぼくたちに言い聞かせるようにして、言葉を続ける。
「――人は魔法で大地を揺るがし、水をあやつり、炎を起こし、風を吹かせ、氷を生み出し、ときに恵みを。ときに天災をもたらしてきた。そんな栄光とあやまちの果に、今のわしらの魔法は成り立っている。魔法が奇跡であることを、先人の知恵であることを理解できない人間は……いつまでもその極地を知ることはできないであろう。――だから、才能ある若人たちよ」
老いた大魔法使いは、
「どうか、よき魔女になってくれ。そして、ゼラのように――モンスターに憧れを抱かれるような、そんな誇らしい人になってくれ」
切にそう願っていた。




