本屋さんと生還者
背中から胸に向かって大きな穴が開いている。
目の前のにいる少女はうっすらと涙ぐんでいて、俺の怪我を心配しているのだろう。
だがそんなことよりも俺は彼女のことが心配だった。何故なら、俺の背中を貫いたモノは彼女の胸にも届いていたのだから。
「またあの夢か」
ノガミ大学近くに住む高校二年生、番町一郎はよくこの夢を見ていた。
異世界に渡って流されるままに銃を持って化け物やそれを操る悪人と戦っていた彼は、最後に一目惚れをした少女の目の前で命を落とす。
これは夢で会って夢では無い。そんな不思議な過去の体験であった。
「番町くんって最近変わったよね」
「前はなんていうか、莫迦だったからな。松永らの言いなりになって悪いことをやらされてたんだから」
「でもその松永くんが事故で死んで……入れ違いのように彼は人が入れ替わったみたいになって……」
「正直、松永のことはみんな怖がっていたし、アイツの事故は良いことだったのかもな」
かつての一郎は松永という同級生の言いなりだった。よく考えずに友達の頼みだと悪事にも手を染めていた。
それを一郎は悪事とは思っておらず、友達との縁を繋ぐための行為だと思っていた。
そんな彼を変えたのはクラスメイトが言うように松永の死だった。
「みんなには言えないよなあ」
表向きは事故死と言われているが、松永の死因は別だった。
彼等はある本屋に盗みに入ったのだ。そしてそこで罪の本に捕まって、彼等は異世界を旅した。
魔砲使いというグループに入って正義のガンマンを気取っていた日々。ほんの一ヶ月ほど前の出来事だが、あの世界に居た三ヶ月はまだ彼の記憶から褪せていなかった。
あの世界で恋を知り、そして命を落とした一郎はこうして現世に帰ってきた。一方で死体となって帰ってきた松永は、おそらくあの後、彼女に殺されたのだろう。
一郎は友人の死よりも彼女が無事だったことを喜んでいた。
「本屋に寄っていかないか?」
クラスメイトに誘われた一郎は久しぶりに件の本屋、人魚書店に向かった。クラスメイトは新作の萌え漫画を照れ顔で買っていたのだが、一郎は誘われてきただけで買うものも無い。
ふらふらと本を眺めていた彼を目元を髪で隠した女性が声をかけた。
「あら、あなた。GWサバイバーですか。その後の調子はどうですか?」
一郎は最初、何のことかと小首を傾げた。
だが少しして気がつく「GW」とはアレではないかと。
「もしかして、ギルティワールドを知っているのですか?」
「実際に行ってきたアナタ程ではないですけどね。ねえ、ちょっとお姉さんのお話相手になって貰えませんか」
「参ったなあ」
彼女の口ぶりに一郎は興味を持ったのだがいかんせんこの日は友人連れである。勝手に居座るわけにはいかないとは思っていたのだが、レジを済ませたクラスメイトはその光景を見て、春の予感と勘違いをしてくれた。
先に帰ると彼は人魚書店を後にして一郎を縛るモノはなくなり、一郎は彼女の誘いに乗った。
「いつもの私はお客さんのお悩みを聞く立場なんですけれど、今日は逆ですね」
軽い自己紹介によると、彼女は本屋読子というこの店の店主だという。
一郎は自分の話を聞きたがる読子に逆に尋ねた。
「ギルティワールドを知っているアナタは何者なんですか?」
「先程も言ったとおり、この店の店主です。そしてアナタが知っているギルティワールドとはコレのことなんですよ」
読子は神棚に置かれた一冊の本を一郎に見せた。
表紙の題名はギルティワールド、著者名は秋山霧子。
この本は彼女そのものだと一郎はGWサバイバーとして直感した。
「この本……これがあの世界だったなんて」
「あくまでここにある本はあちらとこちらをつなぐくびきのようなモノですけれどね。この本はこの店の先代が、万引きを許せないと言ったある人を文字通りの素材にして産んだとは聞いています。
管理を引き継いだだけの私は詳しくは無いのですが、アナタの憤りも当然ですよね」
読子に言われて一郎ははっとした。
確かに自分はギルティワールドの経緯を聞いて憤っていたからだ。
先代という人物に素材にされた人というのは、おそらく表題にある秋山霧子だろう。
あの世界で出会った秋山霧子と同一人物なら、別れ際に彼女が言った「既に死んでいる」という言葉とも一致する。
彼女にはいい人を探すとは言ったが、それでも一郎はまだ彼女を諦めきれていないでいた。そんな少年に現実の突きつけは辛い。
それに自分と彼女が出会う切っ掛けを作ったとはいえ、彼女を異世界そのものに変えた先代の店主に一郎は怒っていた。
「私も可愛そうな話だとは思っています。この霧子さんは四十年近くもこうして、この店で盗みを働く不埒モノを捕らえる装置になっているのですから。
でも、この力に頼り切りの私にはこんな風に彼女を哀れむ資格もないのかもしれないですが」
「店長さん、アナタは悪くないと思います。万引きを許さないのは彼女の意志なんですから、頼ることにはきっと彼女も怒っていません。
彼女が怒るとしたらそれは、あの世界で悪事を重ねるクズどもですよ」
「まるで霧子さんに会ったみたいな口ぶりですね。彼女はあの世界で生きていたのですか?」
読子の問いかけに一郎は頷いた。
そして一郎は読子に彼女と出会い、そして別れるまでの話を聞かせる。
座敷からの声を盗み聞いていたバイトの葵には与太話にしか聞こえない一郎の冒険譚に読子は笑い、そして最後の別離に涙する。
「霧子さんもやりたい放題のようですが……それよりも向こうの世界も思ったより大変なんですね」
「でも彼女が居るから、行き過ぎたクズは排除されると思いますよ」
「バカは死んでも治らないとは言いますが、アナタのように死んで成仏できた人とそのまま霧子さんの手で死んだ人の差はそこなのかしれないですね」
日が落ちるまで読子は一郎の異世界話に夢中になり、興が乗った読子は彼から聞いた人相に合わせて霧子の似顔絵を描く。
漫画調にデフォルメされた読子の絵は一郎のイメージ通りで、一郎は思わず涙を流す。
「この絵、もらってもいいですか?」
「そうねえ……一つだけ条件をつけるわ。アナタ、ここでバイトしてみない? そうしたらいくらでもあげるわよ」
運良く一郎の通う学校にはアルバイトに制約は無い。
一郎は読子の誘いに頷いて、こうして新しいバイト店員になった。
彼女の見守る本屋さんで、彼女に約束したすてきな女性との出会いを夢見ながら。




