本屋さんと覗き魔
春先の人魚書店はほんのり汗のにおいが漂う。
目の前にある大学と提携して教科書の委託を行っているため、この時期は新カリキュラムに応じた本の入れ替えで力作業が増えるからだ。
そのうえ初春から梅雨前まではバイトの学生も入れ替わりで少ないため、店主の読子も大忙しになる。
この日も本の入れ替えを行った読子は汗にまみれていた。
「先にお風呂を頂いちゃうから、よろしくね」
まだ夕方の時間だが汗に濡れた読子は風呂に入ることとした。
店番がいれば自分は居なくても充分だろう。
汗が染みた自慢のローブを脱ぎ捨てると読子は下着一枚の姿になる。程よい大きさの乳房は張りが良い。
「うへぇ、今日はまた一段と汗をかいたわね」
汗はブラやショーツまで染みていた。
脱ぎたてをそのまま洗濯槽に入れると読子は一糸まとわぬまま浴室に入る。
濡れた目元で前をふさがれないように掻き上げた前髪で読子のおでこがあらわになった。
ふんふんと鼻歌交じりでシャワーを浴びる読子だったのだが、そんな無防備な彼女を狙う影が風呂場を覗く。
「花澤さんじゃないのは残念だが……誰だ、あの美人?」
花澤というのはこの日バイトに入っていた学生の花澤葵のことである。
この男は葵の同級生で、普段は隠しているが葵に片想いしていた。
この時期はバイト中に汗をかくと店のお風呂を借りているという雑談に聞き耳を立てていた男は、興奮のあまりこうして葵のシフトを狙って覗きに及んだのだ。
遠眼鏡に映る読子の肢体はどこか艶めかしい。
それが元からの美貌なのか、それとも魔女としての魔力なのかは別として、童貞少年をいきり立たせるのには充分だった。
「ふふふーん、ふふーん、ふふふーんふーんふーん」
鼻歌交じりにソープで丁寧に体を洗う読子の所々は泡で隠れるのだがそれがまた一段と刺激的である。
特に胸元でぷるぷると揺れる泡の塊は読子の胸が増量されて揺れているようで男の鼻をムズムズさせる。
一通り洗い終わった読子が泡を洗い流すと、泡に隠れたピンクの乳首と下半身の大事なところがあらわになる。
湯船につかるためにかがんだ読子のお尻とその隙間にある大事な場所をばっちりと覗いた男はもう我慢などできなかった。
「ハァ……ハァ……」
興奮した男は完全に変質者となっていた。
風呂場を遠眼鏡で覗いている時点で変質者とはいえ、ついに自分を慰め始めて一線を越えたのだ。
そんな変態の所行に人魚書店のセキュリティは反応するのも無理はない。
「このまま盗むのなら相応の対価を求めますよ」
男の目の前に読子の幻影が映る。
本物の魔女であった先代が作り上げた泥棒に対して反応するセキュリティは風呂場の盗み見をも警告した。
ここで言う対価とは読子のトリックと同様に願いを叶えるためのモノ、そして願いは当然ながら盗もうとしたものである。
ここで願いが叶っても対価のせいでえられないのがお定まりなのだが、この男の狙いは本ではなく眼福である。見た時点で既に願いは叶っていた。
「神様!」
幻影とはいえ突然現れた読子に男は錯乱していた。
目の前の読子を激しい自慰が産んだ幻とも、自分の願いに応じて件の女性が来てくれたともとらえて興奮し抱きつく。
幻影なので読子は反応しないがそれでも抱きついた感触を得た男はさらに興奮して肌を擦りつける。
「ありがとう!」
そのまま男は幻影の読子を押し倒した。
読子の方は表情一つ変えず、その行為を代償を払ってでも願望を叶えたととらえて自動術式に男を陥れた。
「あれ……あのお姉さんは?」
男は目を覚ますとそこは見知らぬ世界だった。
男はその世界で読子の影を追い、反省するまで元の次元には帰ることはない。
座敷にある一冊の魔法の本「ギルティワールド」の中にこうして新しい住民が登録されることとなる。
「てー!」
一方でそんなことも知らずにのんきに風呂に入っていた本物の読子は、鼻歌からついに歌まで歌って一コーラスを終えていた。
そろそろ汗を流すための昼風呂には充分だろうと読子は風呂から上がって体を拭いた。
「髪の毛が乾いたら交換してくださいね」
「ハーイ」
「それにしても店長って、そうやって目元を隠さないとイヤミなくらい美人ですよね。それで三十過ぎって……」
「一つ良いことを教えてあげるわ。女性の年齢は女性でも言わない事よ。その方が若くいられるから」
「そう言われてもわたしだってまだまだ若いですし」
「だったら私の年齢なんて気にせずに若さを私に見せつけなさいな。さあ、もう一踏ん張り!」
風呂上がりの読子は自分をおばさん扱いしたと見なした葵にちょっとした仕返しをしていた。
そんな読子も気づかぬ今日の変質者が本の世界から生還するのはいつになることか。
他人の願いを力を用いて叶えることで自分の願いを叶える術を模索していた先代魔女が仕込んだ良心なのか、本の中で死ぬか改心すれば過去にさかのぼって脱出出来るのだが、それに気付く日は彼にはしばらく先のことだった。




