本屋さんと弟の秘密
裸で横たわる本屋さんと、その上に位置する美少年。
彼もまた一糸まとわぬ姿で、胸が完全に平たく後ろ髪が短い以外は本屋さんによく似ている。
彼の名は本屋栞と言い、何処か女の子みたいな名前をした本屋さんの弟である。
「読子ねえさん……」
息を荒げながら栞は読子を上から見下ろすと、力尽きて彼女の胸に倒れこんだ。
これは読子が初めての恋人と別れたばかり、火照る体を持て余して少し荒んでいたころの話である。
当時の栞は中学三年生、性欲盛んな年ごろだった。彼が小学生の頃に読子が魔女になり、以来家には帰れなくなったことから、彼にとって読子は姉とは言いにくい存在だった。
なにせ彼にとって初めてときめいた異性だからだ。別々に暮らしてから最初に会った小学五年生のある日、彼は読子を異性として認識した。
数か月会っていないだけで彼にとって読子はまぶしい女性に映っていた。自分と似通った顔に似通った目元を隠す前髪。そんな彼女が言い表せないほどに尊い。
「うっ!」
その日以来、覚えたての自慰で思い浮かべるのは姉の顔ばかり。なかなか会えなくても彼の瞼には姉が焼き付いていた。
それから数年、物静かな美少年として中学では女子にモテた栞だが、姉への恋心から誰とも付き合わない。友人たちはもったいないと言っていたが、彼には姉以外の女に魅力を感じていなかった。
中学三年生の夏休み、一人暮らしの学生たちも里帰りして開店休業状態になった人魚書店に遊びに来ていた栞は姉にからかわれた。
「栞も中三だし、そろそろ彼女とかできた?」
「いないよ、そんな人」
「じゃあ好きな人もいないのかしら? わたしは今の栞くらいの頃にはいたけど」
栞は読子の言葉に「やはりか」と少し顔を俯かせた。
読子がセンパイと呼んでいた近所のお兄さんに対してそわそわとしていたことを栞は覚えていた。あの顔も朧げな記憶しかないお兄さんが姉の思い人なのかと少し嫉妬してしまう。だが行方も知らないあのセンパイが今の姉と付き合っているとは到底思えないため、栞は今現在姉の隣にいる事実に勝手に勝ち誇る。
「それは……それくらいはいるよ」
「だったらお姉ちゃんが恋愛成就の願掛けでもしてあげよっか?」
「要らない」
「ええ~いいじゃない」
栞は顔を赤くして読子の誘いを蹴った。
当然だろう。彼の思い人とは目の前の女なのだから。
恥ずかしくてそんな願掛けなど頼めない。
「なら自分でがんばりなさいな。相談くらいいつでも乗ってあげるし」
「うん」
「よろしい。なら、ついでに一つアドバイスしてあげるわ。告白するつもりなら夏休みの間にしておきなさい。夏休みデビュー……なんてのはホラ半分だとしても、夏休みに告白するために会いに来てくれたら、中学生の女子なんて結構コロッと落ちてしまうものよ。自分を特別な存在として扱ってくれる男の子に女の子は弱いしね」
姉からのアドバイスに栞は一理あると頷いた。
そしてアドバイスに従って、彼は少しだけ勇気を出してみることにした。
「そうなんだ。でもそれって、中学生じゃないと効かない?」
「そんなことはないと思うけれど……もしかして栞が好きなのって先生なの?」
「年上には違いないかな」
正解は目の前の読子なので年上なのは間違いではない。
そして年上にも通用すると聞くと、ますます栞は足を踏み込んでいく。
「───ねえ、ねえさん。夏休みの間、毎日ここにきてもいいかな?」
「宿題や受験勉強をここでやるっていうのなら構わないわよ」
「そんなつもりじゃないんだ。ただ、せっかくの夏だからねえさんと一緒にいたいと思って」
「一緒にいたいだなんて、まるで告白みたいね」
「まるでじゃないよ」
読子はあくまで弟として接していたため冗談めかしていたが、栞が「まるでじゃない」と否定した時の眼光で彼の真意を察し始めた。
もしや弟が好きな人とは自分の事なのかと。
倫理的にはいけないことだし、自分の体を考えたらとてもじゃないが弟に異性として好かれるべきではないと読子は思ってる。だが弟の若さを体で受け止めたらとろけそうなほどに甘美だろうなと心の中で生唾を飲む。
「それって本気? わたしたち、姉弟よ」
「構うものか」
「姉としてはちゃんと考えてほしいなあって、お姉ちゃん栞のこと心配しちゃうけれど」
「それは『姉として』なんだろ? 女としてのねえさんはどう思っているのさ」
「参ったなあ」
栞の強引さに盛りがついてしまったかと読子は辟易した。
だが女としての自分は栞の初めてを味わいたいと疼いている。
いけないことだが、背徳のスパイスは確かに効いているしこの時期の読子は性欲が溜まっていた。
一回だけなら、初めてだけならと読子は弟に流された。
「本音を言うとお姉ちゃんもちょっと気になってるわよ。栞のことは大好きだし」
「だったら僕の恋人になってよ。姉弟で恋人になっちゃいけないだなんて、僕にはどうでもいい」
「流石にそれはダメ。お姉ちゃんとして許せない」
「なんでさ」
「恋人になっちゃったら、弟とこういうことできないじゃない」
読子は先ほどから強引な栞を押し倒すと、唇を重ねた。
初めてのキスに体が解けてなにかがあふれそうな栞をよそに、経験で上回る読子は彼を篭絡していく。
このまま互いに裸になりあれやこれやをした結果が冒頭の惨事、読子の体には栞の体液がついて肌が汗ばんできらめく。
「こんなになるまでして、よっぽど気持ちよかったのね」
「うん」
「お姉ちゃんだって見境なくこういうことをしたくなる時があるのは栞と一緒だし、我慢できなくなったらまた相手をしてあげる。でも恋人はダメ。だって姉弟だし、それにわたしは今でもあの人を諦められないのよ」
「ねえさん───」
読子の胸の上で栞は随喜と悲しみの涙を流した。
妄想に過ぎなかった姉の肌が現実で味わえたことと、ここまでしようとも恋人にはなれないという姉からの通告。
栞にとっては幸せと死刑宣告が同時に来たに等しい。
初めての秘め事から栞と読子が重なった回数は数えられていない。
だが互いにとってはこれは大事な思い出だし、一線を越えてすらいても越えられない壁として二人を隔てた。
あれから数年後、栞は読子に会いに来ることはなくなった。
新しい恋を見つけたからなのか、それとも止む負えない事情なのか。
読子には知る術がない話だが、あれだけ女の扱いが上達すれば新しい恋もうまくいくだろうなと読子は弟を思い出すたびに思っていた。




