6.仮面舞踏会の罠
声をかけられてそちらを見ると、男性が二人立っていた。声の感じからして、若い男だろう。
さすがに二人に囲まれると圧が強い。どうしよう、と視線を彷徨わせているうちに、いつの間にか包囲網が出来上がっていた。
「初めてだと心細いだろう?」
「もう一杯どうぞ」
もう一人の男がコーデルが飲みほしたグラスをとりあげる。代わりに、すっと差し出してきたグラスを受け取った。先ほどとは違い、少し濃い色をした液体だ。
喉がかわいていたので、ありがたく口をつける。
(年齢的には二十代かな……。守備範囲外……どうやって断ろう)
そんな風に考えているうちに、男達はにやにやとした笑みを浮かべて口を開く。
「ここでは身分も、名前も、未婚か既婚かも関係ない。ただ一夜の甘い夢として過ごせる」
そう言いながら男が腰に手をまわしてくるのに、ぎょっとする。普通の夜会ではあり得ない接触だ。断りもなく、女性に触れるなんて。
「そ、そうですか」
手から逃れるためにさりげなく距離を空けようとするが、逃げた先にはもう一人の男が空間を埋めるように近づいてくる。
ぞわり、と恐怖と悪寒が背筋を這いあがった。
腰に手をまわした男が、コーデルの耳元でねっとりと囁く。
「ね、俺たちと今夜はどう?」
(お、お……俺「たち」!?)
コーデルは一気に青ざめた。助けを求めるように警備兵を探すが、うまく背の高い男達に視界を遮られてしまっていた。
(どうしよう……! これ、どうやって断ればいいの?)
無意識に身体が後ろに下がるが、壁が背中に触れるだけだ。
「い……いえ、私は……」
どうにか断ろうと口を開く。
「こんな花つけて、嫌なんてないよな」
「ほんと、大胆だね。今夜は楽しもう」
(花?)
男達はくすくすと笑いながらコーデルの胸元の白い花を指先で弾いた。何を言っているのかわからないが、とにかく身の危険を感じて、はっきりこの場から逃げようと身体を捻ったが、もう一人に腕を掴まれた。
仮面の奥の瞳が笑っていないのが見えて、親し気なものから一転、冷たい声が響く。
「逃すわけないだろ」
「子ウサギちゃん」
(う、う、うそ……)
絶体絶命のピンチに青ざめる。男二人に囲まれて、この空間では淑女に気安く触ることも許されるのだろう。まわりの人間達が気にする様子がまったくない。
何かあっても大声で叫べばいいと、軽く考えていた自分を恨んだ。
本当に恐怖を感じる時、人は大声など出せなくなる。
わずかに震えだしたコーデルを、むしろ楽しそうににやついた顔が見下ろしてくる。
(や……やだ……誰か……助けて……)
「ほら、時間がもったいない」
そう言って、強引に歩くように促された。ついていってしまってはおしまいだと踏ん張ろうとしたが、男の力に敵うわけがない。
足がもつれて、転びそうになったその瞬間。
「何をしている」
低く響いたこの会場にはそぐわない厳しい声。振り返ったそこには、三人目の男が立っていた。
「あ? なんだよお前」
コーデルの腕を掴んでいた男が明らかに新しく登場した男を追い払おうと威嚇した。
(……この二人の仲間では……ない?)
三人目の男は、コーデルを囲んでいる二人を一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らした。
「フィルカート子爵とリルン男爵のところの馬鹿息子どもか」
正体を言い当てられて、一瞬二人が動揺した空気が伝わってくる。最初は人数で勝っているからか、不遜な態度だった二人組が、やけに怯んで見える。それほど、三人目の男の纏う空気が重いのだ。
高身長で、肩幅もがっしりとしている。一見すれば若い男二人組の方に分があるように見えるのに、壮年と思われる男の方が場の空気を支配していた。
「ここで身分をばらすのはマナー違反だろうが」
コーデルの腰に手をまわしていた男が食ってかかる。だが、壮年の男は淡々と答えた。
「お前ら青二才が咆えたところで、クソの役にも立たん。戦場で役立ってからモノを言え」
びくっと二人が身体を震わせた。薄暗くてもわかるほど、頬を引きつらせている。唸るように、噛みつく。
「……お前……何もんだ……」
自分達の素性を言い当てたことといい、醸し出す高位貴族と思われる空気感に、警戒心を露わにしている。壮年の男はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「身分をバラすのはマナー違反なんだろう?鼠並みに小さな頭でよく考えるんだな。次、徴兵を仮病で逃げたら肥溜めに投げ込んでやる」
「……っ」
「くそっふざけんな……!」
男二人は悪態をつくと、コーデルを乱暴に突き飛ばした。その勢いで倒れそうになる身体を、三人目の男がなんなく抱き留める。
「こんなド田舎、すぐに出て行ってやる!」
頭の悪そうな捨て台詞と共に、二人が去って行く。コーデルは危機から脱せたことに、ほっと息を吐いた。それから、他人に抱き着いてしまっていることに慌てて身体を起こした。
「き、危険なところを助けていただき……」
慌てて頭を下げて礼を述べようとしたら、男は厳しい声音のまま、遮る。
「いい。お前もお前だ。そんな花を選んでいては自業自得としか言えんぞ」
「は、花……?」
さっきも言われたことに、コーデルが疑問符を浮かべると、男があからさまに渋い顔をした。そして、コーデルの胸元に挿された白い花を指し示す。
「この花は月下香、『危険な楽しみ』という意味を持つ」
(危険な……楽しみ?)
一瞬頭が理解できず、頭の中で反芻してから、コーデルはその意味を正しく理解した。顔色がざっと青ざめる。
「え? だってどれを選んでもいいって……だから私……可愛いなって……」
しどろもどろで説明するコーデルに、男は呆れたため息をついた。
「そんなことも知らずに参加したのか。さっさと帰れ」
面倒臭そうにそう言って踵を返す男。このままでは去ってしまう、とコーデルは咄嗟に手をとった。
「ま、待ってください……!」




