5.いざ! 不倫相手探し舞踏会へ!
コーデルは沸騰した頭で廊下を歩く。その歩調は令嬢として繕うのを忘れた踏みしめるような力強さだった。追いかけてくる護衛の騎士二人を無視して、寝室へと戻った。さすがにギリギリ扉を強く閉めることだけは踏みとどまった自分は偉いと思う。
(何あれ! 信じられない! ずっとずっと、愛情深い人だと、思っていたのに!)
そのままぼふり、と寝台に飛び込んで、声を殺して泣いた。
ずっと待ち続けていた夫となる人に、厭われて、追い出されるように画策されていたなんてにわかには信じられない。
元々が政略結婚だ、幸せになれるかなんてわからない。そんなことも折り込み済みで、自分はここへきたはずだ。
それでも、こんな仕打ちが待っているなんて誰が想像できようか。
せめて、人となりを知ってもらって拒絶されるならまだわかる。まだ彼とは、コーデルは一言だって交わしていないのだ。
その晩は泣いて、ひたすら泣いて、そうしていつか、泣き疲れて眠ってしまった。
翌日、目元を真っ赤に腫らしたコーデルは、鏡を見ながら決意する。
「絶対、絶対絶対絶対! 閣下よりも素敵なおじ様見つけて愛を育んでやる!」
「……あ、そこはブレないんですね」
最初の方はコーデルの傷ついた心に寄り添ってくれていたナリーが、冷静に突っ込みを入れてくれるのが、今は少しありがたい。
半ば意地だ。多分、自分をよく知っているナリーが、それを受け止めてくれる優しさも伝わってくる。
「だからナリー」
コーデルは精一杯心配かけないように微笑んで、彼女の両手を握った。自分と幼い頃からずっと共にいてくれたナリーは、少しだけお姉さんだ。面倒見がよくて、コーデルの変な趣味にも呆れながら付き合ってくれる。
親友だと言ってもいい。コーデルは握った手に力を込めて彼女のカフェオレ色の瞳を見つめた。
「アドルフのこと、離しちゃダメよ」
「!」
ナリーが、息を飲む。いつもはこちらを励ますことが多い彼女が、珍しく頬を赤くして、情けない顔で眉を下げた。
「気づいて……いたんですか」
「ふふ。私を誰だと思っているの? 時折二人が目線で会話してたことなんて、とっくに気づいているわよ」
昨夜、アドルフはおそらく役目を辞退したいと閣下に相談しにいったに違いない。愛する人と、出会ってしまったから、コーデルを誘惑する役目は担えない、と。
「申し訳ありません。お嬢様」
「馬鹿ね。謝ることなんて何もないわ。応援する!」
今にも泣きそうなナリーをそっと抱きしめる。親友の憧れで終わらない初めての恋だ。コーデルにとっても嬉しさしかない。
そう、自分がこの婚約を自らの手でぶち壊すのは、彼女ら二人のためでもある。万一閣下の思惑どおり、演技でもアドルフとそんな噂が確定として流れれば、きっとナリーとは引き裂かれてしまう。
今ならわかる。ナリーが最初の方に聞いたアドルフと自分の噂自体が、仕組まれていたのだということが。
身体を離すと、コーデルは真剣な顔で説明する。
「ナリー、この領地でやっている夜会を調べて。今までは領地の把握に忙しくて参加を控えていたけれど、相手を探しにいくわ」
「……本当にいいのですか? 不貞など、お嬢様に傷が……」
それはそうだろう。辺境伯の婚約者として訪れた令嬢が夜な夜な舞踏会で相手を探しているなんてどう考えても外聞が悪い。
下手すると、領民からは反感を買うだろう。
「ふふっ、そこはね秘策があるの」
笑顔で答えると、伯爵領から持参してきたトランクをごそごそと探った。奥の方にしまいこんでいたそれを取り出すと、自分の目元へ持ってくる。
ナリーが驚きながら、両手で口元を覆った。
「仮面……!」
「ふふ、これで正体はバレないわ!」
そんなわけはないのだが、王都近くの伯爵領で育った二人はなかなかに世間知らずだった。
舞踏会で正体を隠して相手探しなら、問題ない、と本気で考えていた。
「お嬢様、天才ですか!」
「ふふふ! もっと言って!」
さっそくコーデルはここ三カ月で築き上げた伝手を使って、夜会の招待状を手にいれた。通常の夜会だと、領主の婚約者として正式に出席することになるので、相手を見つけるどころではない。
そこで、貴族達が火遊びに利用する仮面舞踏会に狙いをつける。危険があってはいけないからと、念のため主催者は身元のしっかりした貴族であることを確認してもらった。
(火、火遊びかぁ……)
なんというか、前世で言うところの縁のなかったクラブという夜の世界に向かうような気持ちだ。
そういった少し大人な世界は伯爵領にいた頃は当然ながら参加を禁止されていた。だが、今はもうここに禁止する両親や兄はいない。
自分だって婚約者を得たからには一人前の淑女だ。
(よ、夜の世界だって大人っぽくあしらってやるわよ……!)
心の中でまるで戦場に赴く気持ちで気合いを入れる。普段身にまとうよりも肌の露出が少しだけ高く、身体の線に沿った細い腰も強調できるスレンダーラインのドレスを選択した。
さらにハーフアップにしていた髪を全てあげて、美しいデコルテと項が見えるようにする。化粧も少しだけ濃くすることで目鼻立ちを目立たせた。
(こ、これで完璧なはず……。おかしなところはないよね……?)
鏡の前で何度もチェックした後、心配そうな顔で見送るナリーとアドルフを説き伏せて会場へと向かった。
最後までアドルフが護衛として付き添うと申し出たが、どこに不倫相手を探しに行くときに異性の護衛騎士を連れている女がいるのだ、と断った。
貴族の夜会だ。警備兵がいるのだから、危険は少ないはず。
入口には、招待状を確認するのと同時に、テーブルの上にいくつか花が並んでいた。案内人が胸につける花飾りを選べというので、小さく白い花が連なったものが可愛らしく気に入って選んだ。
必ず胸に挿すように、と言われたので花を挿して、羽のついた仮面をつけた。会場に入ると、その空気に驚いた。普通の舞踏会とはまったく違う。参加者が皆仮面をつけているのは当然だが、なんといってもその照明だ。
暖色系の明かりで統一されており、全体的に薄暗い。気を抜けば足元をとられてしまいそうだ。そして、色のせいで一人ひとりの髪色などはぼんやりとしかわからないようになっている。
なるほど、仮面だけでなく、正体をできるだけぼかして楽しめるように配慮されているのだ。
会場内で楽団が奏でる音楽も、上品なクラシックではない。低く艶のある弦楽器の音色に、リュートの柔らかな旋律が重なっている。ダンスも、男女が身を寄せ合い、少し身体を揺らすようなしっとりとしたものだ。通常の舞踏会のようなワルツを踊っているペアは見当たらない。
(うぅ……勢い込んできたものの……場違い感がすごい……!)
初めての大人の世界を目の当たりにして、くらくらと眩暈がする。コーデルは一気に気後れしてしまい、すすす、と壁の端を移動した。
失敗した。こう薄暗くては、おじ様か若い男性かは距離が近くないとわからないかもしれない……と悩み、とりあえず気持ちを落ち着かせようと給仕から渡されたグラスを受け取って口をつけた。しゅわしゅわとした炭酸がのど越しに心地いい。お酒ではあるが、アルコールをそこまで感じない。
(美味しい……)
ようやくほっとひと息をついたそこに。
「見かけない顔だね。今夜は一人?」




