3.肖像画と噂
邸といっても、ここでは城そのものだ。歩き出したその背中にゆっくりついて行く。そのコーデルとナリーの後ろには、先ほど馬車から降りるのを助けてくれた騎士が続く。
大きな城門を二つくぐると、天井の高い玄関ホールが現れる。日の光を入れるために備え付けられたステンドグラスは、色数が少なく装飾がシンプルだ。厚みのあるガラスから差し込む太陽光が、磨かれた床に反射して明るくホールを照らしている。
遠くからでも大きなお城だったが、中に足を踏み入れるとさらにその広さに圧倒される。
「お疲れでしょう。まずはお部屋へご案内いたします」
正面の大きな階段と、左右に伸びた廊下。けれど、家令はそのどれにも足を向けなかった。階段の裏手へと連れていかれる。すると、そこにはもう一枚扉があった。
重厚なオークの扉を開くと、野外へ出るのだが、屋根のついた回廊が続いている。回廊の両脇には広い庭が広がっていて、美しく手入れされている。
全体的には石造りで無骨な雰囲気なのに、行き届いた丁寧さを感じる。回廊の突き当たりに、大きな絵画が一枚、飾られていた。
コーデルは、思わず足を止める。
家令も倣うように足を止めて、絵画を見上げた。
そこには、壮年の男性がいくつもの勲章を胸につけて不機嫌そうな顔で座った姿が描かれていた。
「……ウルスロアン・ナイトガルド辺境伯です」
家令が添えた名に、コーデルは胸をぎゅう、と締め付けられた。
(どうしよう……熊のような、大男なんて、大ウソじゃない)
猛禽類を思わせる厳しい目つきと、印象的な緑青色の瞳。きっちりと整えられた鉛色の髪にひと房、白い部分が混じる。若い頃は美しい顔立ちだったことが想像できる、年齢を重ねた精悍さが、絵姿から伝わってくる。
「……お嬢様」
こほん、とナリーが咳払いした。コーデルは慌てたように意識を引き剥がし、家令を見る。家令は心得たもので、何を言うでもなく再び歩き出した。
そこからどう部屋まで辿り着いたかは覚えていない。
未だに胸がドキドキと高鳴っている。
(なんて素敵な方だろう……。お会いできるのが楽しみだわ……)
「コーデル様。城内を動く時は、護衛騎士をお連れください」
案内された部屋の豪華さに感心していると、家令が口火を切った。どういうことだろう、と振り返ると、家令の横で胸に手を当てて立つ先ほどの騎士の姿。
「アドルフ・ワーグスと申します。微力ながら、奥様をお守りいたします」
コーデルの横で、ナリーがちょっと喜色ばんでいるのが気配でわかる。コーデルとは違って、彼女はわかりやすく面食いだ。
主人の護衛騎士となれば日々目の保養ができると思っているのだろう。長い付き合いだから嫌でもわかる。
ナリーが喜ぶならいいことだわ、とコーデルは素直に頷いた。
「よろしく頼むわ。アドルフ」
アドルフはもう一度頭を下げると、扉の外で控えているから何かあれば申し付けてくださいと部屋を出て行った。
その後、家令から家の見取り図を受け取り、明日はゆっくり案内してまわるということを教えてもらった。
その上で、コーデルは追加で使用人達の名簿もお願いした。
これだけ大きなお城だ。気合いを入れなければ全員の顔と名前を覚えられないと考えたからだ。
「……全員なんて覚えなくていいんじゃないですか?」
荷ほどきや身の回りの世話をしてくれるメイド達がいなくなってようやく二人きりになると、ナリーが呆れた顔で言ってきた。
「そうかもしれないけど……。こんな大きなお城の女主人になるのよ? それくらい出来ないと、留守を預かるなんてきっと出来ないわ」
平和な中央と違い、ここは戦場と縁が深い土地。領主不在の有事の際に領民を守るのは女主人の役割だ。まだ十八になったばかりの自分に、そんな重荷が背負えるだろうか。
不安はあるが、それでもコーデルがここにきた理由は、ウルスロアンというイケおじに会うためや両親への恩返し以外にもあった。
それは、戦争孤児の存在。
自分自身も前世、両親がいない中で育った。きっと、戦争で親を亡くした子供達は、あの時の自分とは比にならないほど過酷な環境にいるのだろう。
転生して、素敵な両親に恵まれた自分は、本当に幸運だった。
だから、その経験からこの土地にくれば自分にもやれることがあるのではないか、とそう考えたためだった。
コンコン、と扉がノックされて、家令が現れる。お願いした名簿を受け取ると、家令は少しだけ申し訳なさそうにコーデルに告げた。
「申し訳ありません。本来であれば今夜、閣下はお戻りになる予定だったのですが……」
そう、今は辺境伯は戦場へ出ているらしい。一時的に戻ってくる予定だったようだが、戦況が悪化し、現場を離れられなくなった、とのことだ。
「問題ないわ。ありがとう」
長い旅程をかけて嫁いできた女性を放置するなんて、本来であればありえないことだが、ここで中央の常識は通用しない。
家令は頭を下げると退室した。
「よし……! ナリー、覚えるの手伝って!」
緊張を一気に解くと、コーデルは笑顔でそう言った。
そうして辺境伯の婚約者として引っ越しを終えた当初、コーデルもはりきっていた。お城の皆と仲良くなれるように出来るだけ日中は城内をうろついて、世間話もする。
どこにでもついてきてくれるアドルフは親切で、護衛騎士ってそこまでやるの? というくらいコーデルに協力的だ。
その優しさと顔面力にナリーはもう彼にめろめろらしい。
(まぁ確かに? 顔は整っているし、気もきく。圧倒的に女慣れもしている。あと、連れていくと女性使用人やメイドが私の話に耳を傾けてくれやすくなる。二十五歳の若さでなかなか使える護衛騎士であることは認める)
その存在はまだこの城に慣れないコーデルの一助となっていることは確かだ。
(けど……たまにすごく距離が近いのよね。なんだろう、これがモテて当たり前の世界にいる人間ってことかしら)
なんて思っていたら、予想外のことをナリーに教えられる。
「お嬢様知ってます? 今アドルフ様とお嬢様、城中でお似合いだって噂が持ち切りですよ」
「……え? 何それ」




