2.辺境伯領への出発
そこからはもうあれよあれよと言う間だった。ナイトガルド辺境伯は領地を離れられないので、コーデル側から領地へ赴き、婚約式をすませ、そのまま邸へ住まわせていただく。問題なければそのまま半年後には結婚という流れになった。
問題がなければ、というが、実際は王命なので婚約式をあげた時点で結婚は確定している。
そうして慌ただしく、リシュナー伯爵家は輿入れの準備込みで対応に追われた。
遠方のため、婚約式に両親は参加できないが、結婚式には会いに来てくれるという。大好きな両親と滅多に顔を合わせられなくなるのは寂しくて出発の日、親子三人泣きながら抱き合った。年の離れた兄が、それを温かく見守ってくれたのだった。
まず、馬車でいくつもの街で宿泊などをはさみながら二十一日間かけて東部辺境までの長旅になる。
旅行で多少長い時間移動することはあっても、ここまでの長旅は転生してから初めてだ。王都から出発して三分の一程度行ったところで、ナイトガルド辺境伯家から同時に出発した迎えの一行と落ちあい、馬車を乗り換える。ここで王家が用意してくれた護衛や従者達とはわかれ、コーデルと伯爵家から連れてきたメイドの二人だけで辺境伯が用意した護衛と従者達に領地まで連れて行ってもらう形だ。
王家の護衛達は細くてスマートな騎士が多かったが、辺境伯の護衛は体格もよく、顔も厳めしい男達が多いのが印象的だ。
馬車の中は豪華で椅子のクッションもふかふかではあったけれど、さすがに座りっぱなしと悪路も多く、後半はお尻が痛かった。
身の回りの世話は、幼い頃から一緒にいてくれたメイドのナリー。実は唯一、自分の枯れ専趣味を知っている人物だ。三つ年上のナリーはコーデルが見た目通りの繊細で儚い令嬢ではなく好奇心旺盛で行動派であることを知っている。
「はぁ~……お嬢様、本当に熊のような大男だったらどうするんですか。釣書も送ってこないなんて怪しいですよ」
くるりと癖毛が可愛らしいナリーが呆れたような顔で言ってくるが、コーデルとしては楽しみで仕方がない。
「熊……御髭がたっぷりなのかしら……。もしそうなら梳いてさしあげたいわ」
うっとりと馬車の窓からの景色を見つめながら呟くと、ナリーがやれやれとため息をついた。
(独身の四十五歳。ちょっと若い気もするけれど、守備範囲には入っているし。どうせ貴族社会で政略結婚なんて当たり前なのだから、このチャンスを逃すわけにはいかないわ)
あとは、相手の好みに自分が入っていればいいけれど……。儚い系美少女として知られる彼女は、実は自分の容姿にはコンプレックスがあった。
何故なら理想とするおじ様の隣には大人っぽく落ち着いたエキゾチックな美女が似合うと思っていたからだ。
真逆といっていい自分の容姿。困り眉の美少女が男性に好かれることは前世の経験からもわかってはいるが、困ってもいないのに助けてこようとするぐいぐい系のアプローチにもうんざりだ。
(もっとこう、知識豊富で紳士な距離を保ちつつ、時折お茶目な顔を見せてくれるような理想的なおじ様はいないのかしら)
なんて物思いに耽っていたら、どうやらナイトガルド辺境伯の領地へ入ったようだ。それでもまだ景色は荒野が続く。
事前に勉強したところ、領地自体は広いのだが国境付近が一番栄えており、それ以外のところは小さな町が点在する程度だという。
というのも作物が育ちにくい荒野が大半を占めているせいだ。国境付近に関しては緑が豊かで作物も育ちやすい。ゆえに防衛線として死守する意味も大きい。
延々と続く荒野を抜けた先、今度は巨大なお城と城壁が一体化した景色が視界に飛び込んできた。
国境となる城壁が左右に長く街を覆い、内側は緑も豊富、栄えた街並みも含めて広がっていた。建物はレンガと石造りで想像していたよりずっと近代的だ。
屋根は青色で統一されており、緩い傾斜の上に街があるからか整然とした空気を感じる。白い壁と石畳が光を反射し、街全体を明るく見せている。
もっと田舎だと思っていたコーデルはその美しい光景に見惚れた。
確かに王都ほど洗練されているわけではない。けれどこの街はお城と併せて一つの絵画のようなのだ。
馬車が街に入っていくと、建物が実は綺麗に整列していないことに気づく。不規則に入り組んだ道は、おそらく攻め込まれた時に敵兵を迷わせるためのものだろう。
よく見れば窓に木で出来た雨戸のようなものもついている。気候の変化やおそらく侵入に手間取らせるための工夫なのだろう。王都ではまず見ない。
この街は、ただ美しいだけではないのだ、と感心した。
街に入ってからもかなり長い時間馬車に揺られつつ、ようやく端にそびえ立つ城の城門前に辿り着いた。
城門前にはずらりと出迎えの騎士やメイド、侍従達が並んでいる。
大仰な人数にぎょっとしたが、辺境伯は国防を担う爵位だ。王都の侯爵と変わらぬ権限を持ち、国の有事の際は独自の判断も許されている特殊な貴族だ。
その辺境伯に嫁いできた娘を、丁重にもてなすことは当然のこと。馬車の扉が開かれると、すっと男性の手がエスコートとして伸びてくる。
視線を向けると、通常の女性であれば頬を染めること間違いなしの顔面力をもった端正な顔の騎士が立っていた。
コーデルはすぐに視線を外すとその手に自分の手を重ね、馬車を降りる。
出迎えに並んだ侍従やメイド、騎士達が深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました。コーデル様」
そう言って声をかけてきたのは主人の留守を預かる家令だ。年の頃は七十歳の本来なら引退していてもおかしくなさそうな老齢に見える。
「出迎え、ご苦労様」
これからこの城の女主人となるのだ、コーデルは精一杯胸を張り、労いの言葉をかける。彼女の声を合図に、頭を下げていた者達が顔をあげた。その並びをゆっくりと見回してから、もう一度口を開いた。
「これから、共に生活する同志として、よろしく頼むわね」
そして、口元に微笑を浮かべると、どこからかほぅ、と感嘆が漏れた。
(よかった。第一印象は悪くないみたい)
コーデルは内心ほっとしながら、ちら、と自分の斜め後ろに控えるメイドに視線を送る。
「彼女は私の身の回りの世話をしているナリー。私ともども、仲良くしてくれると嬉しいわ」
見れば、視界の端で年若いメイドが頬をそめながら一生懸命頷いて、先輩メイドに窘められている。
微笑ましいその光景に目を細めていると、中央に立っていた家令がすっと動き、道を開けた。
「では、邸をご案内いたします」




