1.イケおじ好きで何が悪い!
コーデル・リシュナー伯爵令嬢は、極度の枯れ専だ。十八歳といううら若き乙女だというのに、ときめくのは親子ほども年の離れた四十五歳を超えたおじ様限定。どうしてこんなにこじらせているかというと、前世、小さな島国で生まれ育った彼女が俳優オタクだったせいだ。
好きなドラマは刑事ドラマ。おじ様しか出てこないドラマなんて天国かと思って観ていた。そんなわけだから身近にときめく出会いがないままあくせく働き、二十歳の時に事故で命を落とした。
まさか自分が転生なんてすると思っていなかったけど、せっかく拾った命、今度こそイケおじと結ばれるんだ! と息巻いていた。
同年代の令嬢が見目のいいそこそこの身分を持った若い貴族男性を躍起になって漁っている中、ひたすら素敵なおじ様探し。令息を婚約相手にと紹介してくれているお父様の方にうっとり熱視線を送ったりしていた。
(く……っ、でもぬかったわ……この時代背景だと年配の独身者なんてほとんどいない!)
そう、基本的にこの貴族制度が強い世界では、結婚適齢期が若い。大体初婚は女性は十代後半、男性も二十代前半だ。
それに、おじ様は好きだが、第二夫人、第三夫人のようなポジションには収まりたくない。
例えこの国が一夫多妻制が当たり前で推奨されているとしても、コーデル自身は素敵なミドルガイに唯一の妻として愛し、愛される関係が良いのだ。
(ハゲ……頭を撫でたくなるわ。デブ……お腹がぽっこりも可愛いじゃない。背が小さい? 抱きしめたくなるわ)
こちらはこんなにもウェルカムなのに、年配で夫人がいない男性などほぼ見つけられない。望まれても基本的には第三以降の夫人の座だ。そういった男性は得てして若い女性が好きなだけで、彼女自身を見てはくれない。
「……はぁ」
憂い顔で溜息をつくコーデルは、いわゆる一見すると儚い美少女だ。白い肌、大きな瞳、長い睫毛、細い身体に、サラサラのアイスブルーの髪と紅水晶の瞳。
守ってあげたくなるような繊細な美しさは社交界でも噂されるほどだ。
溜息をつくその横顔にさえ、周囲は見惚れる。
(せっかくこんな美少女に生まれ変わったのに……どうして好みの男性とは縁が遠いの……)
持ち前の行動力で社交界に頑張って顔を出しても、ギラギラした若い男にばかり取り囲まれる。好みの実直で一途そうな渋いおじ様を見つけたかと思えば誰かの付き添い、妻を伴っているなど、惨敗続きだ。
(もう、私はこの人生も推しのおじ様を眺めるだけの人生で生きていかなきゃいけないのかなぁ……。でも、転生する時、神様と約束したことを果たしたい。本来の目的は、そこだもの)
ただ欲望を満たすためだけに、転生を選んだわけではない、と心の中でめげそうな自分を叱咤する。
それでも、惨敗が続いていたそんなある日。
「コーデル! コーデル!」
父親が興奮気味に邸へと帰って来た。普段は大きな声を出すことのない物静かな父の勢いに驚いて、玄関ホールへと足を向ける。
その表情は青ざめ、不穏な空気だ。
「お父様どうしたの?」
「顔色が悪いわ……まずは落ち着いてからにしてはどうかしら」
同じように出迎えた母親の心配をよそに、父であるリシュナー伯爵はコーデルの両肩をがっしと掴んだ。
「すまない。父様の力が及ばないばかりに……」
悲痛な面持ちの父親に、娘の顔には疑問符がいっぱいだ。いいか、よく聞けと父親は肩を掴む手に力を込めた。
「コーデル、お前とナイトガルド辺境伯との婚約が決まった」
(え?)
「まぁ……! なんてこと……!」
コーデルが事態を飲み込むより先に、隣で母親が悲鳴のような声をあげてふらりとよろめいた。慌てて父親がその華奢な身体を支える。
「あなた……それは本当ですの……?」
母親の嘘であってほしいという懇願の問いに、父は瞼を閉じてゆっくりと頭を振った。
(待って待って、ついていけないんだけど。ナイトガルド辺境伯って……確か東の国境を守っている……)
「……あ……」
貴族の名簿を記憶から引っ張り出してから、両親が何に絶望しているのか、理解した。
東の国境は、領地こそ広大だがそのほとんどが荒野だ。さらに隣国との争いが激しく、いつ街が戦争に巻き込まれるかわからない最前線ときている。そこへ嫁ぐということは、当然、身の危険が降りかかる。
ナイトガルド辺境伯といえば、常に戦場に出ており、ほとんど中央の王城へ出仕しないことでも有名だ。
この国の戦神と呼ばれるほど武力に優れているが、一説では野蛮人だから顔を見せられないのだ、きっと熊のような大男なのだ、財より人の生き血が好きなのだと散々な噂が流れている。
「……あなた。お断りはできないの? コーデルが血生臭いところに耐えられるはずがありません……!」
母親は兄はいれど一人娘であるコーデルを溺愛してくれている。いつ戦に巻き込まれるかもわからないような土地へ嫁がせたくない、というのは親としては当然の反応だろう。
だが、父であるリシュナー伯爵は無念を表すように眉間に皺を寄せた。
「すまない。これは、王命だ」
つまり、伯爵家程度では覆せない決定事項ということだ。いや、この国に属する者であれば、誰も否は唱えられないだろう。
コーデルは今まで内陸の争いとは無縁の平和な伯爵領で育った。幸運なことに大きな川を挟んだ向こう側が王都という最高の立地だ。
父は王城に出仕して現宰相の右腕としても活躍するほど優秀で、自分は何不自由なく育ててもらった。
イケおじ探しなんてことを呑気に出来ていたのも、この両親が愛情たっぷり注いでくれたおかげだ。
コーデルは、前世孤児院で育った。本当の父親と母親を知らないまま生きていた。だからこの転生した第二の人生で、大好きな両親を大切にすると誓っている。
(戦争なんて……人の生き死にが現実にある場所なんて、平和な日本で育った自分には、恐ろしくて仕方ない。けれどこの話を嫌がれば、愛する二人に迷惑をかけてしまう。しっかりしろ……! 今こそ……恩返しをしないでどうするの……!)
「お父さ……」
意を決してコーデルが声をかけようとしたその時、はぁ、と父親が溜息をついて呟いた。
「いくら独身とはいえ、ウルスロアン・ナイトガルド辺境伯は御年四十五歳だ……」
父の年齢は四十三歳、母は三十九歳。つまり、両親よりも年上。自分よりも年上に娘を嫁がせなければいけない現実にも、親として複雑な思いが滲んでいる。
だが、コーデルの耳は聞き逃さなかった。
「お父様! お母様!」
今度はコーデルががっしと二人の手を片方ずつ握った。いつもは憂いを帯びて見える紅水晶の瞳が爛々と輝く。
「その婚約、お受けいたしますわ」
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