22.待望の初夜です!
ガッガッと軍靴の音を響かせながら、長い大回廊をマントを翻してすすむ。歩くたび自然とまわりは道を開け、畏怖の表情で顔を逸らす。
その威圧を感じ取れないものほど、顔をしかめてこそこそと耳打ちをしていた。会話まで聞こえずとも、何を言われているかはわかる。
野蛮、こんな粗野な男が貴族であるわけがない、人殺しなどなんと恐ろしい――――
相も変わらず日和った連中しか中央には存在しない。見た目だけ立派な白く荘厳な大回廊を渡ると、大きな扉が現れる。国王との謁見の間だ。
「ウルスロアン・ナイトガルド辺境伯のお越しです!」
扉前の従者が中に聞こえるほどの大きな声を張り上げると、厳かに開かれた。中は天井の高い広い空間だ。部屋というには広すぎるそこは、国王の座る玉座まで一直線に赤い絨毯が伸びていて、両側に高位の文官や武官が立ち並んでる。
(こうも忙しいはずの顔ぶれがそろっていること自体、滑稽だ)
ほんのわずか、誰にも気づかれないほど一瞬だけ喉の奥でくつと嗤う。そうして、赤い絨毯へと一歩踏み出した。
「此度の東の奇襲を迅速に退け、国土を守った功績は大きい。褒賞として……」
規定の口上が、玉座に座る国王の斜め下にいる宰相が書状を読み上げ進む。褒賞として与えられるものは戦禍が絶えないナイトガルド辺境領にはありがたい物資や職人、人材の派遣なども含む。当然土地の拡大も入るがこれ以上力を付けてほしくないのか荒野ばかりだ。
宰相の口上が終わると、玉座に座るひょろりとした初老の男が口を開いた。
「最後に、何か望むことはあるか」
いつものお決まりの問いかけに、今までは何も求めることはなかったが、ウルスロアンは立ち上がって真っ直ぐにその鋭い瞳で見つめる。
ざわり、と周囲がどよめくが、知ったこっちゃない。
「では、願いが一つ」
「申してみよ」
やおら立ち上がったウルスロアンに驚いているのを知られたくないのか、固い表情で促してくる。
「この度は王命により素晴らしい婚姻の機会を与えていただきこのナイトガルド、幸せの極みでございます」
「! そ、そうか……」
「はい。彼女は大変得難い唯一の光。私はコーデルだけを我が妻として、領地ともども守り抜くことを誓いましょう」
国王の表情が安堵に変わり、宰相に目くばせする。宰相が頷いて、一歩前に出た。
「では、ナイトガルド辺境伯……」
だが、次に続く言葉を言わせるつもりはなかった。
「さて、陛下。戦うことしか能のない愚拙に素晴らしい縁を結んでいただいた礼を返したいと、考えております」
再びどよりと周りがさざめいた。国王が表情だけで発言を許可すると、ウルスロアンは胸に手をあてて少し頭を下げた。
発言の許可を得たことに対する礼だ。
「此度の三国同盟の立役者であり、我が国の裏切り者を」
バタァンッと扉が勢いよく開け放たれ、後ろ手に結ばれた一人の男をアドルフが引きつれて謁見の間へ入って来た。
その男は、この国の伝令役として従事していたイーゼンバッハ伯爵だった。
室内が、驚きに包まれる。
「……どういうことだ」
さすがに国王の声が震えているのを感じながら、ウルスロアンは答えた。
「イーゼンバッハは、東のスパイだということです」
「証拠は」
「簡単な話です」
言いながら身体をイーゼンバッハの方に向けると、根拠を示す。
「あの三国同盟、動きが速過ぎた。特に対角線上にある西の国へ使者を送るには相当の日数がかかる。我が国を突っ切らない限り」
ウルスロアン達がとらえた東の使者はイーゼンバッハから得た情報を持ち帰ろうとしていたのだろう。
「最初に違和感を覚えたのは、早馬で十六日間かけて我が領土へきたと告げた時だ。こいつは軍人ではない。早馬で十六日間の強行軍で身体的疲労を残さないはずがない。だが、私と接触した際、こいつの健康状態は良好だった。そこで、前後数日間の街への出入りを検めさせると……」
訪れたという日よりさらに三日も前に、イーゼンバッハらしき人物が領地へ来ていたことがわかった。
「疑いを向ける決定的な理由は、密書を持ってきた翌日に我が妻が襲撃を受けたことだ」
イーゼンバッハはおそらく、こっそり辺境伯領へ入り、三日の間ウルスロアンの動きを監視していた。同時に、コーデルのことも。だからあの仮面舞踏会で二人が接触し仲睦まじい姿を見て決断したのだろう。
「中央の貴族が画策して実行するには少々早すぎる」
つまり、あの襲撃自体がイーゼンバッハの独断で行ったことだ。コーデルが、東側の人質として使えるかどうかの確認をかねて。もし、ウルスロアン達の警護が間に合わず死んだとしても、中央の貴族の仕業だと思われておしまいだからだ。
「次に、中央から人員増強として送ってこられた令息が起こした誘拐未遂事件だが、彼らを唆したのもこのイーゼンバッハだ。令息二人から別々に自白を得ている」
「……くっ」
悔しそうに、イーゼンバッハが唸った。
プライドの高い令息達を納得させて動かすために、自分の身分は明かさねばならなかったのだろう。絶対に言うなと言い含めたが、戦場にも出られない根性無しの腰抜け達が、厳しい尋問を受ければすぐに吐く。
だからこそ、人質を受け取ったらすぐに始末する算段だったのだ。
謁見の間に静かな沈黙が落ちる。
ウルスロアンは視線を玉座へ戻すと、静かに問いかけた。
「礼には、足りませんかな? 陛下」
「……! いや、十分だ。そのうつけ者を拘束し、つれていけ!」
国王の一喝に、その場にいる全員がはっと意識を現実へと戻した。
「ウルスロアン。お前が幸せを見つけたというなら、もう何も言うまい。今後も、あの地を守るべく精進せよ」
そうして告げられた言葉に、ウルスロアンはもう一度礼をもって応え、謁見の間を退出したのであった。
誘拐未遂事件から約三か月後、やっとコーデルはウルスロアン本人と結婚式をあげることができた。
遠くから駆けつけてくれた両親や兄にも祝われ、幸せいっぱいの結婚式だった。前世からずっと憧れ続けた、相思相愛の大団円。
しかし、コーデルとしてはここからが本番である。
「へ、へへへへ、変なところないかな?」
その夜、何回目かわからない質問をナリーに投げかけた。そして心優しきメイドは何度だって同じ答えを返してくれる。
「大丈夫ですよ。綺麗です。お嬢様」
「……や、やっぱりこっちの夜着の方がよくない?」
そう言いながら、胸元のざっくり開いた薄手のセクシーなナイトドレスを手にもって問いかける。今コーデルが着ているのはふわっとした胸下で切り替えのあるどちらかというと可愛らしいデザインのものだ。胸元はリボンで結ばれていて。胸下からは全てボタン形式の前開き夜着。
ちなみに、この世界の礼儀として初夜、新婦は下着は付けない。
本人としてはそうでなくても年齢が離れているのに子供っぽく見られないか心配で気が気ではない。
しかし、心優しいメイドは心を鬼にして眉を吊り上げ答えた。
「いけません! いいですか。お嬢様の魅力は色気ではないと何度もこのナリー、お教えしましたよね?」
「でも、閣下の好みが色気たっぷりの女性だったらどうするのよ~!」
ナリーとしては今更こいつは何を言っているのだ、という心情だ。結婚を決めてからのウルスロアンは、確かに口調や態度は今まで通りだが、確かにコーデルを大切にしていると周りから見れば一目瞭然で、周囲の独身メイドから羨ましがられるほどだった。
(本人はこういうの、気づかないものよね……)
「だって、く、口づけも今日までしてくださらなかったのよ?」
「それは……結婚式までとっておこうって言われたんじゃないですか?」
ここまできたら初めての口づけは結婚式でしようとウルスロアンに言われて我慢に我慢を重ねてきたのだ。
何度あの唇に突っ込もうと考えたことか。あまりにも見すぎていて「見すぎだ」と怒られたくらいだ。
(うう……今まで理想の男性と触れあえたことがなかったから、イケおじを堪能したいセンサーがびかびか光ってるのよぅ)
しかも、結婚式での口づけはあまりにも緊張しすぎてほとんど記憶にない。あの顔が迫って来た時点で、許容量を超えて意識が飛んでしまったのだ。
初夜こそは堪能するのだと息まいている主人を、長年の付き合いがある親友はやれやれと呟く。
「普通、初夜って怖いものですけどねぇ」
「いや、怖いは怖いわよ」
失礼ね、と答えるコーデルに、うろんげな瞳をナリーは向けた。
「……変なことして、愛想つかされないでくださいね」
「……し、しないわよ」
(ウルスロアン様の匂いくんかくんかとか、さすがにしないわよ。多分)




