21.いいわね……弟。欲しかったのよね
その後、崖下までナッシュ達が救助にきてくれて、無事二人は生還した。なお、誘拐未遂をした貴族の子息二人は暴走する馬車から振り落とされたことにより大けがを負ったらしい。
どちらにしろ、重い罰が待っているとのことだった。
ナッシュ達が追い付いてこれた理由は、アドルフが敵と戦闘していた時にわざとティーサロンの大きな窓ガラスに向かって敵を投げ飛ばし派手に壊したことで、異変に気づいた城の者達が、閣下へ報告に走ったからだったそうだ。
コーデルは戻ってから高熱を出してしまい、ベッドに伏した。ウルスロアンは間をおかず東の山脈に制圧へ向かうということで、少しだけ顔を出してくれた。
渋い顔で「説教は帰ったらするから覚悟しておけ」と言い置いて出立した。
(こ、怖すぎる……)
ぶるぶると震えていると、ナリーに「自業自得です」と呆れられた。ナリーとは抱き合ってたくさん泣いた。それこそアドルフに渡すもんかという勢いで抱きしめて離れないでいたら、何故かウルスロアンに首根っこを掴まれて引き剥がされた。解せない。
その様子を見てまたナッシュが噴き出して、アドルフが苦虫を噛み潰したような顔をしていた気がする。
そうして寝台で寝込んでいる三日間の間に、ウルスロアンが山脈からの侵攻を防ぎ、敵軍を制圧したという吉報が舞い込んだ。
そこから二日、現場を平定するためにウルスロアンが動き回っている間に、先に城へと帰還したナッシュから様々なことを教えてもらった。
熱も引きやっと大分回復してきたので、寝台に座った形なら話を聞いてもいいと医者に許可をもらい、ナッシュは寝台横に立ったままだ。当然、部屋の端にはナリーが控えている。
「てことで、コーデル様って、実は内からも外からも命を狙われてたんですよ」
どうやら元々無類の強さを誇るウルスロアン率いるナイトガルド軍に手を焼いていた東は、どうにか彼の弱点がないかと常に探っていたらしい。
ウルスロアンは領民よりも「近い」存在を作ることで弱点として狙われることを厭い、特定の女性と深い関係になることはなかった。
けれど放っておかないのは王都の貴族達である。
それほど武勲を上げ、さらに荒れ果てていたはずの東の領地を巨大な要塞へと成長させた彼自身の政治手腕にすら注目が集まった。
中央の貴族達の思惑は様々だ。娘をウルスロアンに嫁がせその恩恵に与りたいもの、辺境伯という地位と、その影響力から他国の姫を嫁がせて政治利用しようと考えるもの。王族につらなる血筋を送り込み、この国に縛り付けようとするもの。発言権が強くなることが疎ましいと失脚を狙うもの。
東も王都もウルスロアンの「アキレス腱」を求めていた。
「……閣下のご意思は……」
まるで、人の心なんてないかのような扱いに、コーデルはぎしぎしと痛む胸を押さえた。その青ざめた表情に、ナッシュは少しだけ眉間に皺を寄せて続ける。
「貴族の婚姻に、本人の意思は関係ないでしょう。それはコーデル様もご存じのはずだ」
ナッシュは普段、飄々として接しやすく、往々にしてこちらの味方をしてくれるが、時折とても、刺すような言葉を紡ぐ。
「そうね……」
馬鹿なことを言ったと落ち込んだコーデルに、ナッシュは赤毛の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜると、息を吐いた。
「すみません。意地悪言いました」
違う。意地悪ではない。コーデルはふるふると頭を振る。彼は、ナッシュは幼少の頃からウルスロアンの傍にいた戦争孤児だったと聞いた。
彼にとって、ウルスロアンは兄のような存在なのだ。その大切な存在を、こんな突然現れた戦争の厳しさも知らない小娘にかっさらわれたくないんだと思う。
わかっているわ、と思いを込めて見つめていると、ナッシュが顔を歪ませて、口を開く。
「……違いますよ? 今すごい誤解が生まれた気がしたんですけど。違いますからね?」
「いいの……ナッシュ。私のことはお姉さまって呼んでね?」
慈愛の瞳で見つめながら、胸に手を当ててそう語り掛けると、ナッシュは顔色を青ざめさせた。
「勘弁してください!」
(いいわね……弟。欲しかったのよね)
一人満足しているコーデルに付き合うのを諦めたのか、二十七歳で年下の姉が出来たらしいナッシュは深いため息をついた。
「だから長らく、閣下の嫁候補合戦は激しく続いていたんです。でも、この厳しい領地では中央で蝶よ花よと温室で育てられた姫達には馴染めない。多くが婚約式を待たずに根をあげて中央へ逆戻り。粘ったとしても閣下のあの性格だ」
自分を尊重してしかるべき夫が、自分を尊重しない。それは、貴族として生きてきた令嬢のプライドをへし折る行為でしかない。
「で、ある程度めぼしい高位貴族の令嬢との顔見せは失敗に終わった。本命の他国の王族など、万が一にも失敗があってはならない。では、どうすればいいか、と中央の貴族は頭を捻った」
「……まさか、それで……私?」
ようやく自分に繋がった糸に、息を飲んだ。ナッシュは肯定するように瞼を伏せる。
「実はそれまで、閣下への顔見せでは国王は最後の切り札の『王命』を使っていなかったんです。それは何故か……国王自身、こちらの大きくなっていく力の渦を恐れていたからだ。もし強制的に事を運べば、閣下は領地ごと離反しかねない」
事実、長引く戦争にしびれを切らし、幾度となくウルスロアンに東に寝返るよう秘密裏に使者が訪れている。
それは、この国にとって最悪のシナリオだ。
東の国との小競り合いが多く、作物が育ちにくいこの東の国境付近領地は元々貧乏くじの意味合いも強かった。しかし、この土地がこの国のものである意味は大きい。東の土地は大部分が荒野だが、それゆえに平地が多く、あっても丘程度。つまり、進軍しやすい地形。この土地を奪われれば、王都までの侵攻が容易くなるからだ。
だが、三十年前突如現れた一人の少年が運命を変える。
彼はその土地の辺境伯の子供であったが、跡継ぎとしては第四夫人の生んだ七番目の男児のため権利はほぼないようなものだった。
当時の辺境伯は自分は左遷されたのだと酒と女に溺れ、とにかく戦場に行きたくないという理由で中央に言われるまま妻を多く娶り、子供を作って、子供を代わりに戦場へ送り込んでいた。
当然、親の愛情などない中で育ったウルスロアンにとって、家族と呼べるのは戦場で共に背中を預け合った領民達だった。
彼は十五歳の初陣で敵将の首をとったことで領民達の信頼を得て、その頭角を現していく。
そこから武勲を重ね、上の兄弟たちが戦争で斃れたり逃げ出していく中、彼はついには辺境伯の爵位を継ぐまでになった。
まさに、下剋上だ。
彼は武の力だけでなく、荒れた領地を一つにまとめるだけのカリスマ性と、政治的手腕にも長けていた。
本人が望まざると、彼のまわりに人は集まってくる。
ゆえに、彼がこの国を離反した時、大きな痛手を負うことは想像に難くなかった。ウルスロアンが東を見捨て続けた中央に良い感情を持っていないことも含め、国王は王命というカードを切るタイミングを慎重に考えねばならなかった。
高位の令嬢達はことごとく跳ねのけられた。彼女達はあまりにも己の政治的価値を理解しすぎている。それが敏いウルスロアンに伝わり、失敗の原因となったのではと考えた。
そうして白羽の矢がたったのが「伯爵令嬢であり、あまたの求婚を跳ね除けている美しい少女」という触れ込みのコーデルだった。
そう、イケおじと結婚したいと、年の近い有力な家の令息達の求婚を断り続けていたせいで「おそらくあの娘は変わり者!」という珍獣扱いされたわけである。
「……これは、喜んでいいことなのかしら……?」
思わず傷ついた心を庇うように胸に手をあてる。
「まぁでも、普通のご令嬢だったら閣下との縁談なんてもちあがらなかったと思いますよ」
「……褒め言葉として受け取っておくわ」
自分の心を守るためにキリリと眉をあげて答えたら、ナッシュが変な顔をした。それから、降参をしめすように両手をあげた。
「お似合いですよ。閣下とコーデル様」
「本当?」
ぽっと頬を染めてもじもじするコーデルを、ナッシュはハハッと笑って見つめた。
「今回の東の奇襲に関しては、逆に閣下が張り切っちゃってあちらさん動けなくしちゃったから、しばらく平和ですよ」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せる。それから、少し空気が引き締められたのを感じた。
「さて、ここからは少し貴方にとってもしんどい話になります」
そうして彼の口から語られるのは、今までコーデルには見えていなかった政治の世界だ。
あの朝市でのナイフ襲撃は中央の貴族がコーデルの命を狙ったものであることがわかった。
代理婚約式という事実はウルスロアンによって外に漏れないように隠匿していたため、「婚約式をあの辺境伯が行った」というイーゼンバッハ伯爵からの情報だけで動いた馬鹿な貴族がいた、と。だが同時にそれは、襲われた婚約者をウルスロアンが守るかどうかの確認も担っていた。彼にとってどの程度その娘が守るべきものとなっているのかを測ったのだろう。
そしてナリーを攫った二人組は、辺境へ飛ばされて自分達はこんな田舎に収まる男ではないという勘違いから、東のスパイの甘言に乗ってしまった。本当はコーデルを攫う予定だったが、部屋にナリーしかいなかった。だが彼女がコーデルが連れてきた唯一のメイドだということは情報として知っていたので餌になると判断し攫ったのだ。
餌を使ってターゲットをおびき寄せることができれば、東の国でそれなりの地位を与えるとでも言われたのだろう。
実際は、落ち合った時点で二人の令息は殺される予定だったようだ。
その冷酷な駆け引きにぞっとしてコーデルは顔を青ざめさせた。それでも、自分は残酷なことも受け止めていかなければいけない男性の妻になるのだ、ときゅっと唇を引き締めて先を促した。
ナッシュは少しだけ硬かった表情を和らげる。
「……閣下は戦場の後片付けが終わればそのまま中央へ向かいます」
何のために王都へ行くか、それは今回の東の伏兵を退けた褒章として、中央へ赴き「妻はただ生涯一人きり。以後の王命による婚姻は全て辞退する」と宣言をするためだ。
「……わ、私のせいで中央を敵に回すの……?」
不安になってそう呟くと、ナッシュは手を組んで安心させるように告げた。
「大丈夫ですよ。閣下はああ見えて狡猾ですから」




