17.とりあえず一発、閣下殴ってくるわね!
――――私、ウルスロアン様を落とします!
なんて大見得を切ったものの、男性を落とした経験など一度もないということに城に戻ってから気づいた。
自室で眠る準備をしながら、コーデルはうんうんと唸った。
「……ナリー、どうすればいいと思う?」
「私に聞かないでください」
すげなく返され、コーデルはその腰に抱き着いた。
「教えてよ~! アドルフ落とした手練手管を!」
「ひ! 人聞きの悪いこと言わないでください!」
ぎょっとしてナリーがしがみついているコーデルを引き剥がそうとするが、儚い見た目のわりに力が強い。
ナリーも二十一歳と年が近いからか、こうやって寝る前に二人でじゃれ合うことも多い。彼女といる時だけは、貴族の令嬢をやらなくていい。どちらかというと前世の一般庶民の自分として振舞える。
「教えて~! 聞きたい! 聞きたい!」
「く……お嬢様……、話したら大人しく寝ますか?」
我儘な子供を寝かしつけるかのような言いっぷりである。否定はしない。コーデルが目を輝かせて一度離れると、ナリーの手を引いて寝台へと連れていく。
彼女も仕方がないな、という顔をしているが楽しそうだ。二人でふかふかの寝台の上に座ると、パジャマパーティのように小声でくすくすと話し始めた。
「きっかけは些細なことです」
「うん」
「お嬢様が、貴族のご令嬢にしてはよく動き回るので、アドルフ様に聞かれたんですよ。昔からこういう感じなのか? と」
おそらくアドルフの見てきた貴族令嬢とは少し違ったのだろう。ナリーはずっと傍にいたせいで、コーデルが通常の令嬢よりも多少好奇心旺盛であり行動力があることが当たり前になっていた。
「それで、お嬢様の幼少期のいたずら失敗エピソードとかを話すうちに……」
「え? ちょっと待って? 二人の距離が近づいた理由、私の失敗談?」
ショックを受けるコーデルに、ナリーは手を頬に当てて「まぁ、そうなりますね」と軽く答える。
コーデルはがっくりと肩を落とした。
「うう、参考にならない……。あと恥ずかしい」
この世界のことをもっと知りたくて幼いナリーを連れまわした自覚があるだけにどうしようもない。昔からの優しい味方はふふっと笑うとコーデルの手に自分の手を重ねた。
「私は毎日がお祭りみたいで楽しかったですよ?」
「……ナリィイ!」
大好き、と再び抱き着く。甘えるコーデルの背中をぽんぽんと叩きながらナリーは続ける。
「そうですね。距離を縮めるにはまずは共通の話題。あと、触れあいも大事かもしれません」
「触れ……合い?」
きょとんとするコーデルに、少しだけ逡巡してから、頷いた。
「令嬢としてのマナーでいえばむやみに殿方に触れるのはご法度ですが、相手は婚約者です」
「!」
そうだった。自分にはその巨大な建て前カードが残っているのだった。期待をこめて先を促す視線を向ける。
「その……」
ナリーの頬が桃色に染まる。
「アドルフ様と、たまたま……本当に偶然に、手が、触れたのです」
話すだけでも恥ずかしいのだろう。顔を真っ赤にしながらぎゅっと握りしめた手に力を込めた。
「すぐに離れようとしたのですけど、アドルフ様が力強く握りしめてくださって」
「わわわわ……!」
(な、なんて甘酸っぱい……!)
「す……少しの間こうしていてもいいかって……聞いてくださったのです」
「いやぁああああ! きゅんきゅんするぅ!」
思わず今度はコーデルがぎゅうっとナリーの手を握りしめた。顔を真っ赤にした親友が可愛くてたまらない。
「それでそれで?」
「今は言葉に出来ないけれど、互いの主人が収まるところに収まったら、話を聞いてほしいことがあるって……」
「!」
(それってもう告白してるも同然では!?)
「それでそれで?」
興奮気味に尋ねる。
「そ、それだけです」
「え!? 口づけは!?」
(今の流れならあるでしょう!?)
思わず声が大きくなって、ナリーに口を押さえられた。
「お嬢様……っ?」
ナリーは当然ながら前世の知識があるコーデルよりさらに初心だ。愛嬌のある可愛らしい顔立ちで、モテるようだが、極度の面食いが邪魔して今まで異性とお付き合いしたことがないらしい。
アドルフとの視線交わしに気づいた時は、女慣れしていそうな彼に弄ばれやしないかと心配したが、彼と接しているうちにそれも杞憂となった。確かに女性の扱いは上手いが、こっそり周囲に彼の人となりを聞いておいたところ、どうやら、遊びで女性と付き合うようなタイプではないということはしっかり掴んだからだ。
(まぁ、おそらく、そんなことしてたからあの変な噂が加速したとも言えるけど)
大切な親友が悲しい思いをしないようにと動いたことが自分の首をしめる結果になっていたことに、後で気づいた。
「ごめんごめん。大切にされてるんだねぇ」
「もう……。ですから、私としましてはお嬢様にさっさと閣下を落としていただかないと困るのです」
「ひ、開き直った!」
主人に対する態度じゃない! とコーデルが大仰にめそめそすると、ナリーは調子を戻したようにふふっと笑った。
約束の代わりに、アドルフから首飾りを貰ったのだと見せてくれた。小さな星型のチャームがついたシンプルなものだ。中央にアドルフの瞳の色の石が埋まっている。
粋な心遣いに二人できゅんきゅんしながら楽しいパジャマパーティの夜は更けていく。
「応援していますわ。お嬢様の恋」
「!」
本当に泣きそうになって、コーデルは親友の身体を思い切り抱きしめた。
「ありがとう、ナリー! 貴方が親友でよかった……!」
「私もです」
それから、身体を離すとコーデルは瞳を輝かせて鼻息荒く拳を握りしめた。
「じゃぁ、とりあえず一発、閣下殴ってくるわね!」
「……!?」




