13.朝市デートは罠がいっぱい
「ちょっと! 閣下が一緒についてくるなら俺の護衛いらなかったじゃないですか?!」
音量は抑えつつもウルスロアンの顔の間近でナッシュが抗議している。
朝市の近くに辿り着いた後、警備配置の確認と下準備のため少しの待ち時間が出来たのだ。馬車の中にずっといるのは身体が痛くなるだろう、とひとまず降りたところ、ウルスロアンにナッシュが駆け寄ってきて、抗議を始めたのだ。
「うるさい。寄るな」
だがその抗議に対してウルスロアンは眉一つ動かさない。部下の訴えを斬り捨てるような発言に、ナッシュは唇を尖らせた。
「そんなんだから鬼の閣下って言われるんですよ? あ~あ、俺もアドルフみたいにコーデル様とずっと一緒にいたい」
さめざめと泣いた振りをするうるさい部下に、ウルスロアンは明確に舌打ちしてみせた。
「……わかった。次の開戦ではお前に前線を任せてやる」
「! なんでそうなるんですか!」
「鬼の采配なんだろう?」
「心が狭い!」
声を抑えて応酬されるやり取りを、邪魔にならないようにと離れたところで待っているコーデルがじっと見つめる。
「……仲良さそう……」
思わずぽそっと呟くと、すぐ後ろに控えているアドルフが反応した。
「羨ましいんですか?」
「……う、羨ましくなんか……」
(そりゃぁ? 私だって、本当は閣下とあんな風に……じゃれ……じゃれ合いたかったけど?)
いけない。アドルフは私の不倫宣言を聞いているのだった。はっとして、コーデルは背筋を伸ばすと、つんと顔を逸らした。
「羨ましくなんかありません」
「……ナリーが心配しますよ」
朝市の同行に、ナリーもついてきたがったが、警備の兼ね合いで留守番になったのだ。せめて美味しいものや珍しいものをお土産に持って帰ろうと思っていたコーデルは「う」と顔をしかめた。
「アドルフ、ナリーとの仲がバレた途端隠さないのね」
「……なんのことだか」
コーデルがじとっと後ろを振り向けば、今度はアドルフが視線をそらしてしれっと答える。
必要なこと以外はさほど喋らない彼も、ナリーのことになると多少口が軽くなるらしい。
「くっ、私が閣下との仲でこんなに悩んでるのにずるいっ」
仲の良さそうな二人に嫉妬して言うと、アドルフは視線を遠くに置いたまま淡々と答える。
「私だって、さっさと落ち着くところに落ち着いていただかないと、ナリーと隠れて会わなければいけないので巻き込まれてるんですが」
今度はクレームをつけられた。意外とずけずけと言ってくるタイプらしい。むっとして唇を尖らせた。
「じゃぁなんで最初の時点で断らなかったのよ~!」
アドルフが最初から断ってくれていれば……と一瞬思ったが、もしそうしていたらナリーと彼の出会いはなかったし、どちらにしろ他の騎士を同じ役目に選んでいただろう。
完全に素を出して両手の拳を握りしめ、アドルフに怒りをぶつけていると、不意に、後ろから抱きかかえるようにお腹に腕が伸びてきて、とん、と背中が何かにあたった。
驚いて顎をあげると、間近にウルスロアンの顔があった。
彼はアドルフを一瞥すると、短く言い渡す。
「ここはいい。ナッシュと下がれ」
「……は」
アドルフは短く返事をして、ナッシュの待つ場所へと下がっていく。突然、捕獲されたような体勢になったコーデルは頭の中がパニックだ。
だって、背中が完全に、密着している。
「か……閣下?」
「なんだ」
お腹に回った腕から、抜け出していいかわからない。顔を真っ赤にして固まっていると、自然と腕が外れていく。
解放されて安心したような、少し残念なような気持ちになりながら、動揺を悟られないように髪が乱れてないか触ってみる。
「人が多い、離れるなよ」
くい、と顎で朝市の入り口の方を示される。追いかけるように視線を向ければ、確かに多くの人でごった返している。二人の周りには警備として護衛騎士や衛兵が取り囲んでくれてはいるが、そのことで朝市の本来の機能を邪魔してしまっては意味がない。
(なるほど、私の立場で気安く朝市を視察に行きたいということは、周りに迷惑になることもあるのね。覚えておかなくちゃ)
「わかりました」
気合いを入れるように頷いて答えると、二人並んで歩き出す。大きな垂れ幕が掲げられたゲートのようなところを通ると、ふんわりと美味しそうな匂いが鼻孔を擽る。さっきまでは緊張で意識してなかったが、立ち並ぶ屋台には食材やすでに調理された食べ物も多い。
コーデルのいたリシュナー伯爵領はどちらかというと食品よりも織物や工芸品が多かったが、こちらは食材が目立つ。
珍しいところでは家畜一頭が屋台横で横たわって売られていたりする。
「閣下! 随分綺麗な人を連れているね!」
屋台から直接ウルスロアンへ声がかかる。恰幅のいい元気な女性だ。その目の前の台には、甘辛い牛肉が煮込まれている大鍋が食欲をそそる匂いを立ち昇らせている。その横に、ふかふかの白いパンがたくさん並べられていた。
「なんだなんだ。とうとう年貢の納め時かい?」
にやにやと揶揄うように二人の顔を交互に見てくる。ウルスロアンは不快感を隠そうともしない渋い表情で、口を開いた。
「ホゥロゥパンを二つ」
軽口に付き合わず注文をするウルスロアンに、ちぇ、と唇を尖らせながら、女性は「あいよ」と答えると鍋の中にある分厚い牛肉の塊を焼きたてであろう白いパンにはさんだ。白い紙にそれを包むと、ウルスロアンに二つ手渡す。
そのうちの一つを、ずいとコーデルの目の前に差し出した。
「あ……りがとうございます」
お礼を言って受け取ると、熱々の温度が手に伝わってくる。パンには、甘辛いたれが沁みていて、早く食べないと零してしまいそうだ。
ちら、と横を見ればウルスロアンが大きな一口で食べている。
(食べ歩き……していいんだ……)
伯爵領にいた時は、はしたないからやめなさいと兄に怒られて眺めるだけだったのだが、どうやらこちらではそういった印象はないらしい。
鼻孔を擽る香ばしい匂いに招かれるように、コーデルも一口かじってみる。口内に広がるほろほろと溶けるように崩れる牛肉と甘辛たれ、白いパンにしみた濃厚な味。
「美味しい……!」
前世で食べていたいわゆるジャンクフードに似ていて、濃い味が癖になる。この世界の食事は比較的薄味なので、久しぶりの感覚に目を輝かせながら、ウルスロアンを思わず見上げた。
その時にはすでに彼の方は食べ終わっていた。
(は、早い……)
その食べる速さに驚いていると、にゅっと手が伸びてきて、コーデルの唇の横を親指で拭った。
「ついてる」
そのままソースのついた指をぺろりと舐めた。
「……っ」
こんな大勢の目がある中で、この人は何をしてくれたんだろうか。コーデルは首まで真っ赤になる感覚を味わいながら、ぶるぶると震えた。
どこからか、ピュウ、と口笛が聞こえてくる。
当然だ。彼は領主であり、周囲には護衛が大量にいる。嫌でも領民達の視線は集まってくるのだ。
(は、恥ずかしい~……!)
顔をゆでだこにして固まってしまったコーデルを訝し気に見つめているウルスロアンの後ろから、ナッシュが、にゅっとハンカチを差し出した。
ウルスロアンはそれを無言で受け取ると、コーデルの顔に再び近づけようとする。その動きに、これ以上大勢の目がある中での辱めは受けたくない、と彼の手からハンカチを奪い取った。
「じ、自分で拭けます……!」
「そうか」
コーデルが何に狼狽えているのかまったくわかっていない口調で答えると、じっと見つめてくるのが居た堪れない。おそらく食べ終わるのを待ってくれているのだろうと察して手早く残りを口の中に入れる。
それでもコーデルの小さな口では食べ終わるまでに少し時間がかかってしまう。けれど急かすでもなく、ウルスロアンはその間領民と世間話をしながら待ってくれていた。
(うう、恥ずかしいけど美味しい……。ナリーにも食べさせたい。これ、お土産にできるのかなぁ?)
なんて考えてちら、と屋台に視線を送ると、ウルスロアンが先ほどの女性に声をかけた。
「店主、後で城の者にも土産にしたい。用意しておいてくれ」
「あいよ!」
何故視線だけでわかったのだろう、と思いながらコーデルが彼の方へ顔を向けると、緑青色の瞳がわずかに細められた。
「まだまだ食い足りないって顔をしていたからな」
「! そ、そんなことありません!」
(食い意地がはってると思われただけだった!)




