11.コーデル派
仮面舞踏会にてウルスロアンはコーデルと別れると、入り口付近に立っていた衛兵にチップを渡して彼女を安全に馬車停車場へ送り届けることを依頼した。
会場から廊下へと出てきた彼を、赤茶色の髪をした部下が静かに待ち構えている。先ほどウルスロアンとコーデルが踊るフロアにいた男だ。目線だけ交わすと、邸の奥へと歩き始める。
この仮面舞踏会が開かれる邸は、大人の密会という社交場であると同時に、政治的な交渉の場でもあった。
主催者は身元の確かな貴族という触れ込みだが、その実、この邸はウルスロアンが用意したものだ。情報統制のとれている辺境伯領において、意図的に穴として作った場所でもある。
そうと知らずよからぬ企みを考える輩が網にかかるように出来ている。
同時に、ウルスロアン自身が動くにも都合がよい形にしてあった。
邸の奥に進むと、人気が無くなり、衛兵が増える。警備が少ない個室は参加者に開放してあるが、その奥はいわゆる高位貴族しか利用できないようになっている。
仮面をつけたままでも通れるのは胸につけた特別な花が通行証となっているからだ。一般客にはその日、どう過ごしたいかを示す花を選ばせ、それを隠れみのにするように特別な花を与えられた者達がいる。
長く続く廊下を抜け、奥まった場所にある扉をノックすることなく開けると、中で待ち構えていた人物が立ち上がった。
「お待ちしておりました。閣下」
男は慇懃無礼に頭を下げる。それから、いつものご機嫌伺いの口上を述べようとする気配に、ウルスロアンは片手を振ることで制した。男は一度きゅっと口を引き結んだ後、にっこりと微笑んだ。
「相変わらず無駄がお嫌いで」
「わかっているならいちいち口にするな」
言いながら、相手の向かい側のソファに腰を下ろすと、背後に赤茶髪の騎士が立つ。男の身なりも良い仕立ての服で、身のこなしの流麗さから高位貴族であることが伝わってくる。ただし、この土地にはそぐわない洒脱な装いを感じさせる。戦うことを知らぬ細身の身体と常に張り付いた薄い笑みが鼻につく。
「毎度早馬を飛ばして十六日もかけて会いにくるのですから、もう少し労わってくださっても良いと思いますが」
少し拗ねたように言うのは、この目の前の人物の癖だ。ウルスロアンとしては、中央の貴族といえばこの反りの合わない無駄な空気感を思い出してしまう。
「御託はいい」
一蹴すると「やれやれ」と男……王都からやってきたイーゼンバッハ伯爵は目を細めた。
「西部と南部、北部に隣接した国の動向は今のところ拮抗を保っています。ただ、西部と南部に側面した二国から、同盟の動きが確認されました」
「……だろうな。その二国への使者と思われる男を先日捕らえた」
そう、ウルスロアンの東部国境で激しくやりあっている国が、この国の周辺諸国と手を組もうと画策していたのだ。
いつもとは違う敵国の動き、隠された戦力。
油断すれば国境を越えられる危険性があったからこそ、ここ数か月前線を離れることができなかった。
使者を捕らえて尋問し、三国同盟の概要が分かったところで王都へと使者を出し、他の国境の情勢を調べろと依頼していたのだ。
(相変わらず呑気なものだ)
北は大きな山脈が国境を渡っていることと、敵国自体が寒さ厳しい土地柄であるためそもそも国力が乏しく戦争をしかける体力がない。
西部の国はこの国に過去、王女を嫁がせている関係上比較的友好国ではあった。だが、それも何代か前の話。
南部の国は東ほど好戦的ではなく、いわゆる不可侵のような関係性だった。
東部の国がおそらく後の二国に働きかけ、三国でまとまれば我が国を侵略できるとでもそそのかしたのだろう。
イーゼンバッハ伯爵はふぅ、と息を吐いてから続ける。
「閣下からいただいた情報を元に、南部の姫を第四側妃として我が国に迎えいれることが内定いたしました」
先手を打って、取り込もうということだろう。
「西はどうする」
「西は国王をたぶらかす宰相殿がいるということで、暗殺後、交渉にはいるそうですよ」
ウルスロアンの眉間に皺が寄る。ようは西は傀儡の王ということだ。現宰相に操られるだけの王。宰相を殺し、その座に自分達の息のかかった者を据えようということだろう。頭を挿げ替えるだけの話だ。
「交渉か……」
「本来なら、西の姫を貴方に嫁がせるのが一番安全な策ではありましたがね」
肩をすくめるイーゼンバッハに、ウルスロアンの鋭い眼光が飛ぶ。その殺気に、伯爵は顔を青ざめさせた。
「冗談ですよ。この話を持ち掛ける前に王命にて婚約が決まったという話は伺っています。おめでとうございます」
冗談というわりに目が笑っていないことに、無意識に眉間の皺が深くなる。ウルスロアンの不機嫌を隠さない態度に、イーゼンバッハはにやりと口角をあげた。
「第二夫人が正妻となる事例は多い」
「……余計な真似をしたらその細い首へし折るぞ」
低く唸るような声でそう釘を刺すと、男はまた顔を青ざめさせる。
「おお、怖い。本気にしないでくださいよ。まぁいずれにしても、貴方にとって悪い話ではない」
後ろ盾の大きな家との婚姻は、貴族であれば歓迎すべき縁談だ。それはナイトガルド家にとっても同じはず。
彼の血筋を繋ぐためと国家に忠誠を誓わせるために王家は過去、自国の公爵の姫を妻にと薦めた。だがその際は王命ではなく打診だった為、ウルスロアンは丁重に断った。
それならばと色んな美しく身分の高い令嬢をウルスロアンの元へ送り込んだが、どんな女にも靡かず追い返してしまった。業を煮やした国王は、とうとう強権を発動することになる。
とにかく、まずウルスロアンに家庭を持たせる。
そして家庭を持てば観念して第二、第三夫人を受け入れる気になるだろう。と、浅はかにも考えたのだろう。
(本命はこちらだったか……)
脳裏に浮かぶのは、先ほどまで一緒にいた婚約者の顔。
彼女は国王にとっては疑似餌でしかない。ウルスロアンに、政治的な婚姻を飲ませるための前段だ。
思惑自体は薄々感じてはいた。だからこそ彼女を伯爵領へ戻す算段をしたのだが。
「あとはこちらを」
イーゼンバッハが懐から出してきた書状を受け取る。封蝋には確かに玉璽が押されている。何が書かれているのか、彼の言葉から推察するに想像に難くない。
「では、私はこれで」
イーゼンバッハは再び慇懃無礼に頭を下げると、仮面をつけて部屋を退出した。閉じた扉の音を聞きながら、ウルスロアンはソファの背もたれに背中をつけた。
……十中八九、この中身は西の国の姫との婚姻打診だろう。西の国に送り込むスパイの足掛かりとして関係を作ることを求められている。
コーデルが三カ月以上この地に留まり婚約式を行ったことで、おそらくあのウルスロアンが気に入る娘が現れたと判断した。今までは一カ月と持たぬうちに相手の方が耐えきれず逃げ帰っていたからだ。
だが、コーデルと婚約させたことは国王にとって第一歩に過ぎない。彼女を受け入れたということは、次に王命であてがわれた高位の姫を拒否できない、と踏んだ。
さらにイーゼンバッハの口ぶりからすると、うまく第二夫人、第三夫人に政治的価値のある妻をおいたら、身分の低いコーデルは「邪魔」になる。そう示唆されたも同然だった。
(冗談じゃない……)
「閣下」
後ろから今まで黙っていた部下の声がかかる。ウルスロアンは振り返ることなく封蝋を開けると、そこに書かれている文字に目を素早く走らせた。立ち上がると、部屋を薄暗く照らしている燭台に近づき、書状を燃やした。
(玉石混交か)
紙が燃えていく様子を見つめながら、ウルスロアンは口を開く。
「コーデル・リシュナーの護衛を増やせ」
「……は」
橙色の炎が、外と内からの敵に対して覚悟を決めた男の顔を、照らした。
コーデルは迷っていた。やはり、ウルスロアン本人だとわかっていながら関係を続けるのは不誠実ではないか、と。
けれど、とあの夜の自分が否を返す。
(傷つけられたことは事実。ならば、こちらだって彼の真意を探るためにこの関係を利用したっていいじゃない)
婚約破棄もしくは離縁するにしても、何故、彼がこうも頑なに婚姻を厭い、強引な手を使ってまで自分を伯爵領へ追い返そうとするのか。
もし、自分の性格や容姿が受け入れられないとしても、貴族の政略結婚、最悪顔を合わせずとも成立することはある。
(まぁ、私の心情的にそんな夫婦関係絶対に嫌だけど)
で、あれば、彼が王命を覆そうとしてまで自分を追い払う理由は他にあるのではないか、と。舞踏会の夜にロゥとしての彼の言葉を聞いて感じた。
――お前自身が、己の価値を貶めるな
あの人は、決して他者を何の理由もなく侮辱する方ではない。
コーデルの中で、目的が少し変わりつつあった。不倫を宣言した時は、正直悔しさと悲しさと怒りで、ほとんど当てつけで言ったも同然だったが、仮面舞踏会へ出て、ロゥと接して、自分には見えていなかったものを見たい。
そして、真実を知った上で自分の納得できる答えを出したいという気持ちが生まれた。
(それにしても……普段厳めしい顔のイケおじ様が笑うのは反則だと思うわ)
ウルスロアンに対して怒っていたはずなのに、あんな笑顔一つで絆されそうになる自分の性癖が憎い。
コーデルは流されないようにしないと、と気合いを入れ直す。新たなる目標が出来て元気になった主人を、ナリーは喜んでくれた。
「あ、そうそうお嬢様、護衛騎士が本日から二名体制になるそうですよ」
「……二名?」
今のところ城に敵が迫るという情報は入ってきていない。そんな常時二名もつけるほど危険はないはずだが、それでもこの城の主の指示ならばと頷いた。
「わかったわ」
そうしてアドルフと共についてくれた護衛騎士はナッシュといった。アドルフとは違い、人好きのする愛嬌のある雰囲気を持っている。少し長い赤茶色の髪を後ろで一つにまとめているのが特徴的だ。
お気に入りのティーサロンでテーブルについたコーデルに、ナッシュは胸に手をあてた姿勢で挨拶をする。
「必ずお守りします。安心してください。俺はコーデル様派です」
キリッと眉をあげて不思議なことを言った。




