第六話 プリンジェイル
甘ったるいカラメルの香りで、口元が震える。
――甘いものが食べたい、生きたいと。
瞼を開き、飛び起きる。
黄色い壁に、七色のキャンディのような格子。
「壁は……プリン?」
触ってみると、質感がぷるんぷるん――食べられるのか?
思い切って齧ってみると……そこそこ美味しい。
すると齧った部分が再生して、元の形に戻ってしまった。
「貴族ともあろう方が、惨めですね?」
振り向くと、格子の先に包帯少女が立っていた。
長い黒髪をたなびかせ、微笑んでいる。
「……ゴプリンに私の居場所を教えたのか?」
「アナタを捕まえる為に、わざわざ話を聞いてあげたとか思っていますか? 私、そんなに頭いい人間じゃないです」
「今こうして私を煽りに来ている時点で、知性はあると思うがね?」
マミンは驚いたように口元に右手を添えると、くすっと声を漏らした。
「買いかぶりすぎですね。私はただ、アナタが妬ましかったので、惨めな姿を拝んで良い気味だと笑いに来ただけですよ? 深い意味なんて無いです」
「妬ましいって……君はどうして――」
扉がガタンと開く音で、言葉が遮られてしまう。
「コイツがアタシの可愛い弟たちを傷付けて、奴隷を盗んだゴミクズか?」
黄色い肌、長い耳、緑色のツインテールと瞳。
ゴプリンの少女……と形容すべきモンスターがそこにいた。
「そうですな。ゴプリーナ様」
隣には、忘れもしない大柄のゴプリンがいた。
相変わらず、モーニングスターを握っている。
鎖で繋がれた棘の鉄球――身体が痛みを思い出す。
「よくやったホブ。コレでじっくり拷問ができる」
ゴプリーナと呼ばれた少女は、鞭を握っていた。
悪趣味なピンク色の棘が、茨を彷彿とさせる。
茨の鞭は、雷のように暴力的な光を纏っている。
「ゴプリーナ様。格子越しに雷魔法を流そうとお考えかもしれませんが、コイツは海綿猫又なので拷問にならないですぜ」
「ああ、そういやそうだったな? いつもの癖でやりそうになっちまった。鞭で皮を裂くだけじゃつまらねえしな? 拷問が駄目なら……処刑するしかねえな?」
ゴプリーナの言葉が終わると、周囲の黄色い壁が風船のように膨らむ。
膨らみが破裂し、四方から黄色い塊が飛んできた。
避けきれず直撃し、身体に粘着した塊は増殖する。
やがて全身が、巨大なプリンに包み込まれてしまう――呼吸ができない。
「温度も調整できるんだぜ?」
徐々にプリンが加熱され、身体中が火傷しそうになる。
――熱い、苦しい……死ぬのか? 私は。
「待ってください!」
聞こえたのは、マミンの声だった。
「あ? どうしたんだ?」
「その……処刑する必要は、あるのですか?」
「あるに決まってんだろ。弟に危害を加えて、テメェを誘拐したんだぞ? 少し拷問した程度で釈放してちゃ、他のゴプリンに示しが付かねえよ」
「誘拐……ですか」
マミンはそう言って、こちらを見つめていた。
余裕がない私は閉じ込められたプリンの中で、もがき苦しむだけだった。
すると彼女は、深く息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。
「違います」
「違う?」
「私は自分の意志で、逃げただけです」
マミンの言葉が終わると、全身を包んでいたプリンが弾け飛んだ。
解放された私は、息を切らしながら倒れる。
「どういう意味か、説明しろよ」
「難しい話じゃないですよ? 私は海綿猫又にゴプリンを倒してもらい、逃走を成功させたんです」
「つまり、テメェが海綿猫又を手引きしたってコトか?」
「そう、なりますかね?」
マミンは強がるように、背筋を伸ばしていた。
「ゴプリーナ様。極刑にしましょう。オークションで購入した奴隷と言え、このような裏切りは許されません」
「落ち着けよホブ。ボコパン族の希少性を、テメェも知ってるだろ? 多少手荒でもいいからお仕置きして、調教すりゃいいだろ」
再び黄色い壁が膨らみ、破裂した。
マミンの手足が、プリンで拘束される。
「たっぷり、可愛がってやるよ」
ゴプリーナの合図と共に大量のゴプリンが現れ、マミンを連れ去ってしまう。
「ゴプリーナ様。海綿猫又はどうしますか?」
「マミンの色仕掛けに引っかかって、利用されただけなら可哀想だよな? 保護者が迎えに来たタイミングで、釈放したんでいいじゃねえか?」
「承知しました」
ゴプリーナと大柄のゴプリンも、その場から去った。
――私は、何もできなかった。
ただ呼吸して、震えるだけで精一杯だった。
コレが貴族の姿か? 情けない。
自己嫌悪で吐き気が止まらない。
気が付くと、床に黄色い吐瀉物をブチまけていた。
甘味と酸味が混じった気持ち悪さで、涙が出てくる。
「言ったはずだ。寄り道をするなと」
顔を上げると、格子の向こうに橙髪の少女が立っていた。
「ヴァニラ……私は」
「言い訳など聞きたくない。お前からゴプリンに喧嘩を売り、チョコミイラを連れ去った。我の命に従って帰宅していれば、こんなことにはならなかったはずだ」
「返す言葉も無い」
するとヴァニラは右手をかざした。
赤黒い火炎が噴射され、キャンディの格子を溶かし尽くす。
「紅苺鬼の炎と、威力が桁違いとは……流石魔王様だね」
「黙れ。今はお前の話をしている」
「私かい? 私はエリートでも貴族でもない、腰抜けだよ」
「ふざけるな」
自嘲気味に笑っていたら、ヴァニラに首根っこを掴まれてしまう。
「お前が何故、貴族にこだわっているのか知らないし、知ったことではない。だとしても! 最後までハッタリを貫き通そうとしない、その姿勢は不愉快だ」
「私は……私は」
「お前は何がしたいのだ?」
何がしたくて、何がしなきゃいけないことで、何ができるのか。
頭が痛くて、思考が回らないが――やらなきゃいけないことだけは分かる。
「マミンを助けたい」
「本来であれば却下するところだが……せっかく使い魔がやりたいことを見つけられたのであれば、主として応援しなくてはいけないな?」
ヴァニラは手を緩め、床にそっと下ろしてくれた。
「では殴り込みだ。付いてくるがいい」
不敵に微笑む彼女と共に、閉ざされた扉を叩き開いた。




