第五話 メタルブラッド
事前にママ(魔王)から多めにお小遣いを渡されていたので、お茶する程度の資金は十分あった。
私とマミンは、クッキーで建築されている可愛らしい喫茶店に入った。
幸いにも店内には身長が小さいモンスター向けの椅子が置いてある。
私は店員に椅子を交換させ、どっかりと腰掛ける。
椅子に座れる店は良い。二本の足で無理に立たずとも、猫の手を使うことができるからだ。
私はクッキーパフェを、マミンはホットココアを注文する。
「あの……こんなところでのんびりしていて大丈夫でしょうか? 私はゴプリン一族の奴隷なので、すぐ追手が――」
「もう君は奴隷ではないし、もし追手が来たら返り討ちにしてやるさ」
「随分と強気なのですね」
「私は貴族だからね。雄弁なのは当然だよ」
「……貴族? それがナンキンの生前ですか?」
「そうだね。優雅にスイーツを食し、批評家として女性を愛でる……美しい人生だったよ」
「所謂、勝ち組ってやつですか?」
「そういうことになるかな? 何せ敗北を知らないからさ」
不敵に笑っていると、ビスケットのゴーレムが品物を持ってきてくれた。
テーブルの上に――アイスクリームが乗ったクッキークリームのパフェ
たまらず、無我夢中でがっついた。
三日三晩ご飯抜きの刑に処された胃が、甘いモノで満たされていく。
――いくら何でも貴族として、はしたなかったかな?
ちらりとマミンの方を見ると、ぼんやりホットココアを眺めていた。
「飲まないのかい?」
「そうですね……飲まなきゃいけないのに、今は気分でないと申しますか」
「飲まなきゃいけない?」
ふと、ヴァニラの言葉を思い出す。
「カボットランドのモンスターは、糖分が生命の源になっている」
糖分は恐らく身体を構成する要素……つまり彼女の場合は――
「君の生命源はチョコレートやココアなのか?」
「その通り、ですね。勿論それ以外のご飯も食べますが、一定量のカカオを摂取しておかないと……皮膚のチョコレートが溶けてしまいます」
「皮膚のチョコレート……君は人間の形をした、身体がチョコレートのモンスターってことで、合ってるかな?」
「……正確には。医療用のチョコレートを移植されて、存在を繋ぎ止められている死人みたいモノです。チョコミイラなので」
マミンは静かに呟いて、ホットココアが入ったマグカップに口づけをした。
「奇遇だね? 私も死人みたいなモノなんだ。人魂の姿でさまよっていたところ、この身体に入れられちゃってさ……やっぱり似た者同士みたいだね? 私たち」
「確かに境遇が似ているかもしれませんが……ちょっと羨ましいです」
「羨ましい……だと?」
これまで立て繕っていた言葉が、砕け散りそうになる。
愛していた作品に身体を七つに引き裂かれて、挙句の果てに生意気な小娘の下僕にされた私に対し、言うに事を欠いて「羨ましい」だと?
「ええ、羨ましいです。傲慢で終わっている人間の身体を捨てることができた上に、可愛いモンスターになれたのですから」
「な!?」
「同じ境遇だと思って、つい喜んじゃったのが馬鹿みたいです。元人間だと思って話を聞いてみれば、下心丸見えで、自分に酔った発言ばかり。つまらないので帰ります」
「な、ななな!?」
呆気に取られていると、マミンはぐいっとホットココアを飲み干し、立ち去ってしまった。
「お……おい! 待て! 何処へ行くつもりだ! 知ったような気になって好き勝手――」
「お客様。お会計がまだですよね?」
「は?」
屈強なビスケットゴーレムに、行く手を阻まれた。
「待ちたまえ! 今出ていったチョコミイラは、払ったのか?」
「……貴族とは、連れの女性に支払いをさせるモンスターですか?」
「な……何故、無駄に現代的な価値観なのだ!? ふざけやがって!」
こうして私は、ホットココアの代金も支払うことになってしまった。
***
「やれやれ、この私がデートに失敗するとは」
それもこれも、皮膚が乾燥したドブ猫みたいな外見のせいだ!
と、本当は言いたいところであったが、紅苺鬼やゴプリンとの戦いで生き抜くことができたのは身体のおかげなので、あまり悪くも言いたくなかった。
住めば都と言うべきか?
何だかんだ、今の身体に愛着が湧き始めている気がする。
「まあ、おつかいには成功して……」
言葉にした途端、ヴァニラの顔がよぎった。
……寄り道してデートしちゃったこと、怒ってないといいな。
願望が不安に変わり、急ぎ足になっていた。
「ふふ、私は忠実な使い魔だから一刻も早くヴァニラ様の元に……」
ジャラリと、鎖の音が聞こえた。
「よお。そんなに急いで、何処へ行くんだ?」
突然の声に振り向くと、視界に鉄の棘が飛び出す。
避けることも叶わず、突き刺さり、そして潰された。
「何……を?」
棘の感触、鉄球の重さ――モーニングスターの下敷きにされていた。
見上げると、大柄で黄色い、鬼のようなモンスターがそこにいた。
「おでの弟たちが、世話になったみてえだな?」
ゴプリン。
その四文字が、頭の中を駆け巡っていた。
「安心しろよ。簡単に死なすつもりはねえからさ」
鈍い痛みと共に、意識が遠のいていく。
鉄か? 血か? 渋くて無機質な味だけが、口元に残った。




