第四話 プライムショッピング
ご飯抜きの刑執行期間は、王宮でみっちりと座学や戦闘訓練を叩き込まれた。
ヴァニラはブチ切れてこそいたが、ミルクや砂糖水などの水分だけは、枕元に置いてくれていた……実に魔王とは思えない甘さである。
使い魔生活にも慣れてきてしまった私は、今日も彼女の座学を聞いていた。
「カボットランドのモンスターは、糖分が生命の源になっている。お前は元々人間だったからその常識に疎いかもしれないが、糖分を失ったモンスターは干からびて死ぬ。覚えておくがいい」
「奇遇じゃないか。人間の頃の私だって糖分を失えば死んでしまう。あの甘味は私の血であり、肉となるからね」
「……お前は人間ではなく変態と呼ぶべきなのか? まあいい。今日はおつかいに行ってもらう」
呆れた顔で、ヴァニラは買い物メモを渡してくれた。
「何々……キャロットにオニオンに……このシュガイモとは何だい?」
一応カボットランドの食物にも、人間が食べる肉や魚や野菜が存在するが、モンスターの主食は基本的にスイーツであることが多い。例のビーンズのように、見た目はスイーツなのに味が本格的な料理も存在する為、どうやら食のバリエーションは豊富らしい。
「ナンキンがいた世界にはキャロットやオニオンがあるのに、シュガイモは無かったのか? 噛めば噛むほど甘さの広がる、スイーツみたいな芋のことだ」
「……どうして私の世界には存在しなかったのか……そのシュガイモとやらは!」
自分がいた世界に軽く絶望を感じて、買い物メモを受け取った。
「あまり寄り道をせずに、まっすぐ帰ってくることだ」
ヴァニラママの言いつけを耳に流しながら、買い物バッグを首にぶら下げて、王宮を出た。
***
カボットランドの生鮮市場は、スーパーやコンビニほどではないものの、肉や野菜にスイーツと品揃えが抜群に良い……が、店内にモンスターが多すぎる!
「く、コロナウィルスでも流行してしまえばいいのに……卑しいモンスター共め」
人間にせよモンスターにせよ、モブキャラのような連中に密集されると自分がモブキャラの一員にされている錯覚を感じるから不愉快だ。そもそも買い物はいつもメイドの五人目に行かせていたので、こんな屈辱も久しぶりである。
「よおニャン公、四足歩行のモンスターに買い物は大変だよな」
不機嫌な私が心配だったのか、紅苺鬼が話しかけてくる。
コイツの言う通り、普段の私は四足歩行だが、別に二足歩行で歩けないわけではないし、買い物バッグだって手で持とうと思えば持てる。
二足歩行だと移動速度が落ちる上、両足が疲れてしまうから敢えて歩かないのだ! 慣れると四足歩行の方が楽なのである!
「余計なお世話だね。どんな命令であろうと、ご主人様に従うだけのことさ」
適当な返しではあったが、忠実な使い魔アピールには丁度良い。
どうせ水晶玉みたいなキャンディで、私を観察しているのだろう?
ヴァニラ・カボット・パンプキーナ!
「てぇしたもんだ……流石ヴァニラ様の使い魔だな! ほらメモをよこしな!」
コイツの意図はよく分からなかったが、特に悪意も無さそうなのでメモを渡す。
「何々……キャロットにオニオンにシュガイモか。晩飯はカレーってとこか?」
そう言って紅苺鬼は、人差し指を指揮棒のように降った。
するとキャロット、オニオン、シュガイモが宙に浮いて、こちらの買い物バッグに入り込んだ。
「そのままレジへ行ってお会計だぜ!」
「おい、なんだその便利な魔法は! 私にも教えてくれ!」
「確か海綿猫又って魔法を吸収できても、自分で魔法は使えないんじゃないか?」
「ぐぅ……そうか、その魔法さえあればベッドの中でも生活できそうじゃないか」
「はは、そりゃいい考えだな! まあ、動かせるのは命を持たない物質だけだから、喧嘩には向いてねえかもな。もう少し俺の念力が強けりゃ、ニャン公をぶん殴れたんだけどな!」
「君は口を開けばすぐ暴力……私の知人ならもう少し気品を持ちたまえ」
「おいおい……友達と思っていたのに知人かよ! ショックだぜ!」
全く……このタイプの平民はすぐに「友達」「友達」と言うから苦手だ。
小学生や中学生の頃もいたな。気がついたら勝手に友達認定してきて、あれこれと面倒事を押し付けたり、「私と遊ぶ」という名目で、自分の家では買って貰えないゲームや玩具を遊びにやってくる平民が……。
同じ平民なら「友達」がたくさんいる態度のでかい平民より、教室の隅で読書している、本しか友達がいなそうな平民の方がマシだな。
「紅苺鬼……私の友達になりたいなら知性と慎ましさをだね……」
「おいニャン公……アレ見ろよ」
コイツは友達の話も聞けないのかと思いながら、紅苺鬼が指差す方向を見た。
全身を包帯で巻いている少女が、三匹の黄色い小柄の鬼? みたいなモンスターに囲まれている。
包帯少女の髪色は艶やかな黒。
生前、私の屋敷にいたメイドの五人目の面影を感じる。
「なんだ……あの娘は? 人間なのか?」
「ああ……多分チョコミイラだな。元が人間のモンスターなんだ」
「チョコ? 元人間?」
包帯の隙間から、肌が見える。チョコレートのような茶色だった。
「彼女の身体は、チョコレートなのか?」
「部分的にはそう……というべきか? あの足枷を見ろよ。どうやらゴプリンの奴隷みたいだぜ」
右足と左足が、枷と鎖で繋がれていた。
両手は、果物や野菜が大量に入った買い物カゴで塞がれている。
「ゴプリン? あの三匹のモンスターの事かい?」
「ああ。プリンタワーを根城にしている連中だ」
『プリンタワー』という単語を聞いて、人魂の時に見渡したカボットランドの景色を思い出す。
「それは……プリンの高層ビルのことかい!? 黄色くて滑らかな質感に、ステンドグラスのように眩いカラメル……あの芸術的な建物に! あんな醜いモンスターが住んでいるのか!? ふざけるな!」
「お……おい、流石に声がデカいって……ニャン公」
すると三匹のゴプリンは、こちらに鋭い視線を向けてくる。
「テメェら……俺たちの悪口を言ったよなぁ?」
「悪口ではないよ? 真実を言葉にしただけじゃないか。あのプリンタワーも、その少女も、君たちが所有するべきではない……私の方が、その美しさを引き出せると思っただけさ」
ゴプリン達は目を見開き、歯軋りをしていた。
「じゃあ俺たちは、テメェの臓物ブチまけて、醜さを引き出してやるよ!」
三匹のゴプリンは、爪と牙を剥き出しにして襲いかかってくる!
――さて、私の仕事はここまでだ。後は専門の者に任せることにしよう。
「……と、紅苺鬼さんがおっしゃっています! やっちゃってください!」
即座にジャンプして紅苺鬼の背後に回り、背中を蹴り飛ばした。
これぞ私の必殺技、「真の貴族とは平民に背中を見せず」だ!
「にゃ、ニャン公!? よく分からんが、うおおおお!」
状況がよく分からない単細胞は、ゴプリンの群れに突っ込んでいく。
困惑したゴプリン達は彼の巨体に吹き飛ばされ、無様に地面を転がった。
「見たか! これが私達の友情パワーだ! ざまあみろ! フハハハハ!」
「ニャン公……お前なぁ」
吹き飛ばされた三匹のゴプリンの内、焦げ茶色のフードを被った一匹が弱々しく立ち上がる。
ソイツが左手を突き出すと、禍々しい闇が集まり、槍の形を成した。
「舐めやがって……これでも喰らえ! 暗黒の魔槍!」
「お、おい、ありゃ上級魔法だぞ……流石に俺じゃ太刀打ちできねえからな!」
恐れる紅苺鬼を尻目に、私は魔槍の前に飛び出す。
尖った部分を躱し、槍を抱きかかえる形で吸収する。
「俺の魔槍が消えちまった!?」
「ほら、君の槍。返してあげるよ」
黒の爪を振るうと魔槍が現れ、フード姿のゴプリンに向かって飛んでいく。
矛先が身体に触れた瞬間、爆発が起きる。
黒い煙を上げながら、フードのゴプリンは倒れた。
「あ……アニキがやられちまった! 撤収だ!」
いとも簡単にやられたリーダーを見て恐れをなしたのか、残った二匹のゴプリンは気を失った仲間を担いで逃げ出してしまった。
その場に、包帯少女だけが取り残された。
「やあ、お嬢さん。怪我は無かったかい?」
「は……はい」
少女の足元……足枷を確認する。
七色の色彩に、硬めの材質……どう見ても鉄製ではない。
「この足枷はキャンディかな? なら簡単に壊せそうだね」
「ニャン公、天然のキャンディじゃねえぜ? カボットランドにおいて最上位のモンスター、飴人形が生成したキャンディだぜ。硬度は宝石と変わらねえし、靭性も人間が扱う『鉄』より上だ」
「そんなに深く考えなくていからさ。私に炎を与えておくれよ」
紅苺鬼は迷いながらも、口から火炎を噴き出した。
炎を吸収して、再び灼熱の海綿猫又が爆誕する。
「少し、じっとしていてくれるかい?」
「な……何を?」
包帯少女は警戒するように、身をすくませる。
両足をつなぐ鎖を、炎の爪で溶かそうとしたが――
ガキン! と、鋭い音で弾かれてしまった。
「な? 普通のキャンディとは違うだろ?」
「ならば食すまでのこと!」
炎の牙で鎖にかぶりつく! そのまま食いちぎるように引っ張ると、鎖が溶け落ちた。
「マジかよ。壊しちまいやがった」
「アナタは……何を?」
包帯少女は事態を飲み込めず、途方に暮れている。
……全く、こんな面倒事に首を突っ込むつもりもなかったんだけどね。
五人目に少し似ていたから? ゴプリンが不愉快だったから?
いや、違うな……彼女そのものに惹かれたからかな。
「そんなに難しい話じゃないよ。あのゴプリンたちに所有される君より、私のそばにいる君の方が美しいと思っただけのことさ」
「わ、私を奴隷にしたいという意味ですか?」
「あーそうじゃないんだ。友達になってほしいんだよ」
「友達? それでいいのですか?」
「君は元人間のモンスターなんだよね? 私も元人間でね。同じ境遇の友人が欲しかったんだ」
その言葉を聞いた途端、包帯少女は一歩前に現れた。
大事な部分を白い包帯で包み、隙間からチラチラと褐色の肌を覗かせている。
身体を動かす度に大きめのチョコプリンが、包帯からはみ出そうになる。
燃え上がるような紅の瞳と、ストレートな黒髪。
白で包まれた裸体にかかる長い黒は、心に静寂を与えてくれる。
「私も……私も同じです! 自分と同じ境遇のお友達が欲しかった……こちらこそ、よろしくお願いします!」
一方で紅苺鬼は、気まずそうに後退りしていた。
「なんか俺、邪魔になってそうだし帰るわ!」
そう言い残すと、親指を立てながら去っていった。
「私の名前は夜城南京。気軽にナンキンと呼んでほしいな」
「ナンキン……ですね? 私はマミン・ボコパンと申します。マミンって呼んでください」
「マミン……素敵な名前だね? マミン、よかったら一緒にお茶でもしないかい?」
キャロット、オニオン、シュガイモ……そしてマミンを手に入れた私は、レジへ向かった。




