第二話 にゃんきん様誕生!?
「お……い」
何処からともなく声がする……が、まだ眠い。
氷の中はひんやりしていて、心地良かった。
もう少し冬眠させて――
「起きなさいと、言ってるでしょう?」
腹部に鋭い衝撃。革靴のつま先がめり込み、宙を舞った。]
蹴り飛ばされた私は、壁に叩きつけられて目が覚める。
ザクっとした感触から鑑みるに、材質はビスケットらしい。
「い、たた……お父様にも蹴られた事がないのに」
「では、そのお父様が愚かだったのではないか? 我も父上に蹴られたことはないので、お前のことを言えぬがな」
目の前に立っていたのは、橙髪を短めに流した少女。
周囲を見渡すと、壁一面に飴細工やシュガークラフトが施されている。
部屋全体が、豪華絢爛なアトリエのようだった。
「ここは……お菓子の屋敷?」
「ここはカボットキングダム。我が住む宮殿である」
魔王の娘が住む宮殿……つまりここは、魔王の宮殿というわけか。
怖気付いていると、少女は手鏡を取り出し、私の顔を映す。
「これがお前の新しい身体だ」
黄色の乾いた毛皮、特徴的な耳に尻尾、そして鋭い爪。これって……吾輩は――
「ね、こ? 私は猫に?」
「人魂を海綿猫又の身体に移植した。お前の世界ではネコと呼ぶのか?」
猫にしては皮膚が乾燥しすぎている。スポンジのようにガサガサだ。
「ふざけるな! 私の美しい容姿はどこへ消えた!? こんなガサガサなドブネコのような化け物にされるなんて、屈辱的だ!」
「……この状況でよく文句が言える。お前はモンスターの家を食い荒らした罪人であり、異世界から来た危険人物だという自覚が無いのか?」
冷たい瞳で抉るように、こちらの顔を覗き込む。
「さっき『何でもやる』と言ったな? ならば我の使い魔となれ」
「断る!」
つまり奴隷だろ? そのような役職はごめんなので、逃げ出すことにした。
すると少女は私が逃げていく方向に向かって複数の南瓜を投げた。南瓜はやがて騎士に変形した。南瓜の騎士達は剣を構え、進路を塞いだ。
「断るなら『死』を以って償って貰う」
うん……殺されるくらいなら奴隷の方がマシか。
「異世界から来たことは事実だ。しかし世界を救うような力など持っていない! だから君が期待するような活躍は……」
「そんなモノは期待していない。我の冷気に抵抗できなかった時点でハッタリだと分かる。お前の場合は我々モンスターやスイーツに敵意が無さそうで……何よりカボットランドに身寄りもなく哀れだから、生け捕りにするだけだ」
少女は表情を隠すようにそっぽを向いた。
「カボットランドとは……このお菓子の世界のことかい?」
「そうであるが?」
「ケーキの住宅街、プリンの高層ビル……あれほど美しい芸術を創り出すとは! この世界のスイーツ職人は、真の芸術家だね」
「……気持ち悪いとか、怖いという感情は無いのか?」
「美しいものを恐れるなんて野蛮だよ。そんな連中は、心の貧しい平民くらいさ」
言葉を聞いた彼女は呆気に取られると、次第に噴き出してしまった。
「ふ、ふふ。お前は性格が終わっている。しかし嫌いではないぞ? ただ……その様子だと人間の友達はいなかったのではないか?」
「失礼だね。ガールフレンドならいたさ」
「その主張さえ疑わしいが……失礼。名前を聞いていなかったな?」
「私の名は夜城南京! 製菓企業『ナイトキング』の後継者であり、芸術批評家である!」
「そうか。ナンキンというのか。セーカキギョーというのはよく分からないが、何となく親しみを感じる響きだ。ナイトキングは……爵位か? 芸術批評家なら知っているぞ。建造物や作品に評価や点数をつける者のことだな?」
……そう言えば私は芸術作品に評価はしていたが、点数はつけなかったな。識別しやすいように番号で呼んでいたが、そもそも芸術に点数をつけること自体ナンセンスな……と、芸術論をいきなり彼女に語っても仕方ないか。
「大体その解釈で合っているよ。君の名前を聞いても?」
「我が名はヴァニラ・カボット・パンプキーナ。【カボット】は王家の姓、【パンプキーナ】は爵位のようなもの……というか待て。お前は我の使い魔だ。『君』ではなく『ご主人様』と呼ぶべきではないのか?」
いきなり主従関係を明示してくるとは……不愉快なご主人様である。
「私とて元の世界では、君と同じく貴族に等しい身分だ! 使い魔という扱いは不当である!」
南瓜の騎士達が一斉に剣の矛先を向け始める。
「調子に乗って申し訳ありませんでした! 私はしがないヴァニラ様の使い魔でございます! ご主人様に逆らう平民だってボコボコにします! どうかお慈悲を……」
「……お前は貴族の癖にプライドはないのか?」
「たとえ貴族であろうとも、生殺与奪を握られている時は全力で生き残る! それが私のスタンスだからね。どんなカスみたいな状況でも、とりあえず生きてさえいればいい! 真の貴族とは平民に背中を見せず、最後まで諦めないエリートの事だからね」
「……お前の語る『背中を見せず最後まで諦めない』とは、平民に背中を見せず勇猛に戦うって意味ではなさそうだな?」
「勿論さ。戦場にいない平民の背中に隠れて勝機を伺うことだって、大切だと思うよ?」
ヴァニラは心の底からドン引きしたように顔を引きつらせていた。
しばらくして失笑が漏れる。
「ふふ、王族なら極刑レベルであるが、寧ろ貴族なら、お前くらい図太い方が丁度良いのかもしれないな。自称エリートのナンキン? これからよろしく頼むぞ」
こうして私は、ヴァニラというご主人様の使い魔として、生きることになってしまった。
***
「カボットランドの主な資源はお菓子。愚かな人間共は、そのお菓子を奪う為に建物や自然を破壊し、罪の無いモンスターの命を奪いに、この国を侵略しに来る」
チョコレートの黒板にクリームのチョークで図を描きながら、ヴァニラ先生は淡々と語る。
教室は甘い匂いで満たされているのに、授業内容は物騒である。
どうやら異世界とはいっても私といた世界と完全に異なるわけではなさそうだ。
少なくとも人間は存在しているし、こちらの言葉も通じている。
「この世界の人間はまるで野蛮人だ。芸術を理解できない平民しかいないというのか」
「……本当にお前は人間だったのか?」
「ヴァニラ様の父上は魔王様なんですよね? ちょちょいと頼んで、平民共を根絶やしにできたりはしないのですか?」
私が軽く言うと、ヴァニラの表情がピタリと止まった。
嚙みしめられた唇が震えると、それは重々しく開かれた。
「父上は……人間に捕まって、殺された」
失言をしてしまったらしい……既に亡くなっていたとは。
「つまり、今のカボットランドの魔王様は……ヴァニラ様ということですか!?」
「そう……なるな。十四歳では威厳も無いが。それでも、やるしかない」
彼女は大人ぶるように、背筋を伸ばしている。幼さの残る横顔が、どうにも痛々しかった。
「父上が亡くなる直前に結界を張ってくれたから、もう半年間は安全に生活できる。でも結界が切れたら、また人間は攻めてくる。その前に、戦力を補充しないといけない」
「戦力を補充って……人間と戦争するつもりか!? む、無理だ! 私は喧嘩に関しては滅法弱いから、すぐに殺されてしまうよ! 私は前線に出ない指揮官を希望する!」
「ふざけるな。さっきまで『我に逆らう人間をボコボコにする』とほざいていたではないか! 戦争と聞いた途端に態度を変えるとは情けない。お前は使い魔だから前線だ!」
「そっちの方がふざけるな! もう殺されるなんてこりごりだ! 勝手に一人でやってくれ!」
するとヴァニラは私の尻尾を掴み、チョコレートの黒板に叩きつけた。
「痛いではないか! 今の私は人間ではなく猫だから、動物虐待だぞ!」
暴力を抗議したら、今度は冷気が飛んできた。
「ひぃぃぃ! ヴァニラ様ごめんなさいごめんなさ……い?」
確かに冷たいが、先ほどのように氷漬けになっていない。
「それが海綿猫又の能力。物理攻撃は無理だが、それ以外の特殊な攻撃……たとえば魔法なんかは、スポンジみたいに吸収できてしまう」
「魔法を……吸収?」
「そうだ。吸収したエネルギーは、自分の攻撃として放出できる。無論、魔法の吸収にも限度があるが……試しに、黒板に爪を当ててみるといい」
黒板を引っ掻くのは流石に……と躊躇っていたが、ヴァニラ様にギロリと睨まれたので、渋々黒板に爪を当てる――すると、爪で触れた部分が一瞬で凍り付き、黒板のチョコレートはパキパキのアイスチョコレートになってしまう。
「これは、ヴァニラ様から吸収した魔法?」
「吸収した冷気を外に放出した。どうだ? これなら前線でも戦えるのではないか?」
どういうわけかヴァニラはフフンと、誇らしげに笑う。
「それでも前線に駆り出され人間と戦争とは……命が幾つあっても足りないよ」
「自分に自信が無いのだな……分かった。ではお前に使い魔として最初の任務を与える。紅苺鬼の所へ行き、家を食い荒らしたことを謝罪してこい。紅苺鬼はすぐ感情的になるモンスターだから多分襲われると思うが、戦闘訓練にはなるはずだ」
「嫌だ! 私はまだ死にたくない! せっかく生き返ったというのにわざわざ命を捨てに行くなんて、頭の悪い平民がやることだ!」
地面を転がり駄々をこねていると、南瓜の騎士に首根っこを掴まれてしまう。
「戦闘中逃げ出したら、晩ご飯抜きとする。怖いなら怖いなりに、知恵を振り絞ることだ」
ヴァニラが邪悪に微笑むと、私は窓から投げ捨てられた。
***
「ち……畜生ぅ! この私があんなメスガキの使い魔などと!」
やっと一人になれたので、胸に溜まっていた鬱憤を一気に吐き出す。
死後の楽園に来たかと思いきや、とんでもない世界に来てしまった。
海綿猫又とかいうドブネコのようなモンスターにされてしまうし!
よく分からんけど人間と戦争までさせられるし! どうしてこうなった!?
「それもこれも、あのヴァニラとかいうメスガキのせいだ! 魔王の娘だかオタサーの姫だか知らんが、騎士を従えて調子に乗りやがって!」
「おいニャン公……ヴァニラ様をメスガキとは、無礼者にも程があるぞ?」
「うるさい! 貴様のような権力者に従うばかりの平民に何が……ってアンタ!?」
赤い単眼の怪物。あの紅苺鬼がそこにいた。
「ニャン公、俺のような平民がどうした?」
紅苺鬼はギロリと睨みながら、こちらへ近づいてくる。
「ああ、いや違うんです! 私は貴方のような平民の……いえ、一般市民の皆様に謝罪を――」
我ながら誤魔化しにすらなっていない、カスみたいな言葉を口走ってしまう。
「謝罪? まさかテメェ……あの時の人魂が取り憑いたモンスターか? 俺の家を食い散らかした上に、平民呼ばわりとは良い度胸だな。その喧嘩、買うぜ?」
紅苺鬼は拳を握って襲いかかってくる。
こうなれば奥の手を使うしか無いな。
「あ、ああ! ヴァニラ様!」
「なに!? ヴァニラ様だと!?」
紅苺鬼は動きを止め、私が爪を指した方向を振り向く。
「引っかかったな間抜け!」
油断した隙に飛びかかり、紅苺鬼の腕に噛み付いた。
「いだだだ! 騙しやがったな!」
紅苺鬼はもう片方の拳で殴りかかるが、私は彼の腕を噛んだままぐるりと逆上がりして回避。
そのまま華麗なネコキックを単眼に叩き込む。
「いでぇ! 何しやがる!」
「アディオス、単細胞!」
その場を離れ、走り出していた。
ケーキの住宅街を駆け抜け、生クリームが雪のように積もった路地裏へ逃げる。
クリームを吸いながら爪で地面を掘り、モグラの如く潜伏する。
「何処へ消えやがった畜生……ん? こりゃあ掘った後か?」
紅苺鬼はクリームの空洞に手を入れる。すかさず噛み付いた。
「いででで! テメェまた噛みやがったな!?」
「残念ながら、君の巨体では私を捕まえることはできない! 悔しければお得意の炎で攻撃してみたらどうだい? もしかしたら、当たるかもしれないよ?」
「この野郎……焼き尽くしてやる!」
挑発に乗った紅苺鬼は火炎を吐く。火炎は空洞を駆け巡り、生クリームを溶かしていく。
炎の中に身を踊らせて、周囲の熱を一気に吸い上げる。
融解したクリームの無念を晴らすべく、灼熱の海綿猫又が飛翔する。
「君の罪は美しい生クリームを溶かしたこと。確かに炎を使っていいと言ったが、クリームを傷つけていいとは言っていない」
「な!? お前、俺の火炎を……」
「それでは……私が裁いてあげよう」
火炎を纏った爪は、紅苺鬼の身体を華麗に焼き裂いた。
「君のお家を食べてしまったことは謝罪する。しかし、罪なきクリームを溶かした君もまた、同罪ではないのか?」
紅苺鬼は膝をつき、煙を上げながら崩れ落ちた。
「ぐぅ……悔しいが、俺がクリームを傷つけたことは事実だ。その抜け目ない強さ、主張を認めざるを得ない」
この世界のスイーツを褒めた時、ヴァニラは「嫌いではない」と、満更でもない反応を示した。
つまりカボットランドのモンスター達は、自らの資源、文化であるスイーツに対して、敬意と誇りを有していることが推測できた。
懸念はその敬意や誇り故にクリームを溶かさなかった場合であったが……この単細胞は感情的に攻撃するモンスターなので、危惧する必要も無かったな。
「それにしても、アンタが伝説の海綿猫又とは……お目にかかれて光栄だぜ」
――伝説の海綿猫又?
「私は人魂から転生させられただけでね。そんなに有名なモンスターなのかい?」
「有名なんてモンじゃねえ。海綿猫又はヴァニラ様の『初代使い魔』だ。半年前に寿命を迎えて、亡くなっちまった」
つまりモンスターの遺体に、人魂を埋め込められただけ。
なんとも屈辱的な事実だ。
「……亡くなった海綿猫又の埋め合わせとして、使い魔をやらされるわけか」
「上等じゃねえか。ヴァニラ様の使い魔ってだけで、俺たちカボットランドのモンスターからすれば最上位の名誉だぜ?」
「知ったことじゃないな。あんな冷酷で横暴なご主人様にこれからコキ使われるのかと思うと、憂鬱で仕方がないよ」
「分かってねえな……ニャン公。ヴァニラ様は、御父上である魔王様の性格や口調を真似ているだけさ。完全な悪には、なりきれてねえんだよ」
「……そうだったのか?」
「ああやって背伸びしても、まだ御父上の演技が上手なだけの女の子なんだ。だからアンタがヴァニラ様を支えて、最凶の魔王に育ててほしいんだ」
「君は彼女を信仰するモンスターの癖に、ずいぶんと無礼なことを言うんだね」
「未熟な一面も含めて、俺はヴァニラ様を慕っているからな」
「なるほど。君は良いところも悪いところも、真摯に受け止めているわけか」
上手に演技して、背伸びする女の子……それを聞くと芸術作品を思い出す。
私の期待に応えたくて「芸術作品」を演じて背伸びしていた七人……傲慢な私に振り回され続けた結果、彼女たちは精神を病んで、あのような凶行に走ったのかもしれない。
これは贖罪、なのか?
もしも、この世界で与えられた役割が「それ」なら――
「私」は、資格すらあるのだろうか?




