第一話 南京様死す!?
※エピソードゼロをスキップした方向けの前書きです。
製菓企業の御曹司、ナンキン様には七人のガールフレンドがいました。
しかしナンキン様は、彼女達を「人間」ではなく「芸術作品」として認識していました。
反感や苛立ちなど、負の感情がガールフレンズ内で渦巻く最中。
一人のガールフレンドが呟きました。
「ナンキン様が、我々を『芸術作品』として所有するならば、我々もナンキン様を『芸術作品』として所有する権利がありませんか?」
こうしてナンキン様は七等分され、七人のガールフレンドは満たされましたとさ。
めでたし。めでたし。
スイーツ。
それは命の芽吹き、愛らしい鼓動。私の罪、私の罰。
唇を突き出し、口角を上げて、歯で舌先を撫でる三音節。ス。イー。ツ。
甘美な匂いに刺激され、意識が覚醒する。
瞼を開くと、視界にスイーツが広がっていた。
巨大な苺のケーキ、ビスケットで組み立てられた住宅街、カラメル色の雲。
「……天国か?」
あいにく手鏡を持ち合わせていない為、自分の姿が分からない。
しかし視覚と嗅覚があり、口を動かせることは確実だった。手足は無いが、目と鼻と口がある……ならば食事は可能だ。
本能に身を委ねて、苺のケーキに飛び付く。
頭から突っ込み、スポンジを噛みちぎり、生クリームを吸い上げる。
私はいっぺんでいいから、こんな馬鹿でかいケーキを食べてみたかった――アレだけ酷い死に方をしたのだ。これくらいの豪遊、許されるべきだ。
穴を掘るようにケーキを食い進めていくと、そのまま身体が突き抜けてしまう。
ケーキの中には小さな空間があった。
テーブルやベッド、棚などの調度品が並んでいる。
ベッドに腰掛けていた影が、振り返る。
赤い肌、一本の角、そして単眼……どう見ても鬼である。
「テメェ……俺の家を食いやがったな?」
「え、ええ……いや、その……君の家とは存じ上げなくてね……うん」
次の瞬間、モンスターは口を大きく開け、火炎を噴き出す。
「ほぁぁぁぁ!?」
走って逃げようと思ったが、足がないことを思い出す。
体感的に私は、幽霊のように浮いていることを理解する。
試しに「逃げること」を意識すると、身体がケーキの外へ飛び出す。
「待ちやがれ、食ってやる! 人魂風情が調子に乗りやがって!」
人魂? どういう意味だ? いや鬼の言葉を聞いている場合じゃない。
宙を浮き続け、空高くまで上昇し続ける。
ふと見下ろすと、全てがスイーツで彩られた幻想的な街を一望できる。
苺の屋根、ケーキの住宅街、プリンの高層ビル。
「素晴らしい楽園だ」
呟きながら、ぼんやり飛んでいると、
「あそこに人魂がいるぞ! 撃ち落とせ!」
怒号と共に、真白の弾丸が空を裂いた。
避けきれず直撃するが、痛みは無い。
弾は砂糖の塊で、砕け散ると粉雪のように舞う。
吹き飛ばされた私は、茶色い森へ墜落する。
そのまま地面とキスをするが、感触は柔らかく、ダメージが無い。
口の中に泥が入り、噛むと口いっぱいに甘さが広がった。
「……この味はチョコレート?」
木々も、花も、大地までもが、チョコレートの色。
そして湖が見えた。透き通る茶色の湖。
思わず顔を近づけると、鏡のように私の姿を映し出す。
「これ、は――」
私は青白い火の玉のような姿になっていた。
赤い鬼の「人魂」という言葉は、どうやら正しかった。
「私の……美しい顔が……こんなの、あんまりだ」
その時、背後から声がした。
「あんまりなのは、どちらの方だ?」
振り向くと、南瓜を彷彿とさせる橙髪でショートヘアの少女がいた。
身体は小柄で、身長も小学生と区別が付かない。前髪からのぞく紺碧の瞳が、湖を青く照らしている。白桃のように滑らかな肌は、橙髪の華やかさと調和していた。
黒いワンピースドレスに、真紅のマント。頭には王冠のように切り抜かれた南瓜の飾り。まるで童話に出てくる「貴族」そのもの。
「……美しい」
思わず声が漏れる。
少女は一瞬きょとんとしたが、すぐに口角を吊り上げ、勝ち誇ったように笑う。
「そういうお前は、実に醜い」
「醜いだって!? 生前の私には七人のガールフレンドがいた! 成績優秀で顔もいいエリートだったんだぞ!?」
「お前の生前に興味はない。過去の栄光に縋り付いている人魂ほど、醜いモンスターはいない」
「君はさっきから人魂だのモンスターだの……私が何をしたと言う!」
「紅苺鬼のお家を食い荒らした。我が国では重罪だぞ?」
「ストロベリー?」
「す・と・ろ・で・び・る。お前が食い荒らしたケーキの家に住んでいた、赤いモンスターの名前である。もしや人魂の癖にアレを知らぬのか?」
アイツ、紅苺鬼って名前だったのか……見た目に反して可愛い名前すぎるだろ。
「知らないも何も、私は初めて見た。そもそも! ありとあらゆる建物がスイーツでできている、この奇妙で素晴らしい世界に驚いているくらいさ」
少女は驚いたように、目を見開く。
「……お前は、本気でそう言っているのか?」
「あのケーキがモンスターの家だと知っていたら、食べるわけがないだろう!? モンスターに襲われるリスクを冒す必要がどこにある!」
少し考え込むように、少女は橙髪の毛先を指で弄った。
「……言われてみればリスクしかない。お腹が空いていたのか?」
「自分の腹を満たした後に、モンスターの腹を満たしに行く間抜けがあるか! 私はここを死後の楽園だと思ったんだ! この世界とは全く違う、別の世界から来てしまった!」
「この世界とは違う? もしや転生者というやつか?」
「転生……? それはどこかで聞いたことがあるような――」
アレは四人目が所有していたライトノベルだったか? 現代で冴えなかった平民がファンタジーの世界で、都合のいい力を授かってイキリ倒すみたいな、安っぽい英雄譚だった気がする。
「転生者は数百年に一度、別の世界から現れて、世界や歴史を覆すレベルの力を持つ英雄……お前がそうなのか?」
その都合のいい力とやらで、イキり倒している平民共と同じ扱いされるのも癪に障るが、もし否定すれば彼女に舐められそうだな……とりあえず、肯定しておくことにしよう。
「ま、そういうことさ! 私こそが選ばれし英雄というわけだね」
少女は呆れたように、ため息をついた。
「……我に出会い、恐怖も驚きもせず『美しい』と呟いた時点でおかしいと思った。モンスターに殺された人間の怨念――人魂。そんな存在が『美しい』なんて言えるはずがない」
自虐的に微笑む少女は、何処か寂しかった。
けれど瞳は、冷たく研ぎ澄まされていた。
「では連行する」
「え? いやいや、私は選ばれし英雄で、世界や歴史をも覆す――」
「我は魔王の娘。モンスターを統べる姫であり、人間の英雄であるお前は敵なのだ」
少女が手をかざすと、青い光が集まる。
そして冷気が放たれた。
チョコレートの湖が音を立てて凍り、天然チョコレートの氷原に変わっていく。
「ああ! ごめんなさい! 嘘です! 全部嘘です! 私は何の能力も才能も無い人間の屑でございます! ですが、何でもやります! 何でもしますのでどうかお許し――」
氷が、音もなく身体を包み込んだ。
せっかく生き返ったのにまた死にたくないという恐怖から、トホホな命乞いをしている内に氷漬けにされてしまう……情けない私であった。




