⑳ 緑のビートル
「皆さん、今回の調査のテーマは、"悪魔"です。悪魔の実在を確認して下さい。」
チームリーダーの、サン・ジェルマン伯爵がそう宣言した時、杉浦鷹志は、歴史上のとある事件を想起した。
後の世で、伝説として語り継がれ、童話にもなったあの事件。ただコレには、或る動物が大きく関わるので、由理子のチカラが必要に思えた。
そこで早速、彼女に声を掛けると、是非行ってみたいと、乗り気だったので、今回も一緒に行くことになった。
実を言うと、彼女を籍に入れて依頼、鷹志は由理子を、出来るだけ危ない事から遠ざけるよう、心掛けていた。それは彼が彼女を大切に思う、気持ちの現れだった。
だが彼女自身が、箱入りの妻になる事を、望まなかったのだ。それよりも、いつも鷹志と一緒に居る事を、彼女は希望した。
ユリちゃんらしいな、と彼は思ったし、それ故、本人の気持ちを、最大限に尊重する事にしたのだった。
そんな訳で、今日も鷹志が、緑色のビートルに乗り込むと、その助手席には、当たり前のように由理子が収まった。
そして鷹志は、いつものように、目的地の座標を、センターコンソールパネルに、入力したのである。
西暦1284年6月25日
時刻10時00分
北緯52度06分
東経09度21分
彼は、入力に間違い無いか再確認すると、クルマを地下駐車場から出し、光学迷彩を掛けて垂直上昇させて、時空転移装置のスイッチを入れた。
目指すは、ドイツのニーダーザクセン州南部の街、ハーメルンだ。
事件のあらましは、こうだ。
この街の住民たちは、伝染病を広める恐れのある、ネズミの大量発生に苦しんでいた。
そこで市長は「誰でもかまわない。ネズミを退治した者には、金貨100枚を与えよう」と言った。
ある日、その街にふらりとやって来た、カラフルな衣装を身にまとった笛吹き男が「それなら、この私が引き受けましょう。」と言った……。
「今、ちょうどその場面ですよ。」
ビートルが現場に到着すると、光学迷彩を掛けたまま、上空に待機させた鷹志がそう言った。
それを聞いた由理子が、助手席の窓から眼下を眺める。すると、街の広場に民衆を集めた、カラフルな衣装の男が、ちょうど笛を吹き始めるところだった。
窓越しにも、その笛の美しい音色が聞こえる。
なる程、見事な演奏ぶりだ。
ついつい、ウットリと聴き入ってしまう。




