⑲ 悪魔を成敗
次に男は、その場から一歩も動かずに、ナイフを持った右腕を振りかぶり、そのまま素早く、縦に振り下ろした。
雪子が横っ跳びによけると、すぐ後ろの街路樹が、真っ二つになってしまった。いよいよニンゲン技ではないようだ。
「……どうやら、遠慮は要らないようね?」
雪子はそう呟くと、素早く男の後ろへ回り込み、右手で男の首を掴んだ。
男は慌てて、顔を後ろに捻じ曲げようとしたが、もう手遅れだった。
「悪魔とともに、永遠におやすみなさい。」
彼女がそう言うと同時に、右手にチカラを込めると、男の頭が、あっと言う間に炎に包まれ、一気に燃え上がった。
雪子は男から少し離れて、段々黒焦げになっていく、その頭部を眺めていた。
ニンゲンの皮膚の下から、爬虫類の鱗が出て来る気配は無い。どうやら彼は、アラハバキの一派ではなく、正真正銘のニンゲンのようだった。
しかしよく見ていると、煙とは別の、黒いモヤモヤした塊が、男のカラダから出て来るのが分かった。
雪子は、素早く左手から稲妻を放ち、それも蒸発させてしまった。
「これでよし、と。でもいよいよ、悪魔が実在すると、信じざるを得なくなってしまったわね。」
倒れた男の遺体を眺めながら、彼女は呟いた。
すると、いつの間にか、物陰に隠れていたらしい、4名の黒いスーツを着た男たちが現れ、雪子の方に拳銃を向けながら、切り裂きジャックの遺体を、暗がりに引きずって行ったのだ。
雪子はそれを、別段、咎める事も無く眺めていた。
やはり彼は、何処かの貴族のバカ息子なのだろう。或いは彼等は、例のメン・イン・ブラックかもしれないが……いずれにせよ、遺体は死因を偽り、秘密裏に処理されるに違いない。
このようにして、切り裂きジャックの正体は、闇に葬られるのが、どうやら歴史の定めるところらしかった。
スッキリしない気分のまま、雪子が、馬車に擬装したクルマまで戻ると、そこに、先程の刑事が待ち構えていた。
「やあ、お帰り。切り裂きジャックは、どうなったかな?」
気さくな感じで、その刑事が話し掛けて来る。
確か名前は……アーネスト・トンプソンだったはずだ。
「何だか怪しい四人組が現れて、連れて帰ったわよ。」
「キミの名前を、訊いておいてもいいかな?」
「それは……オススメしないわ。この先も長生きしたければ、私に関わらない事ね。」
「しかしもうキミは、関係者だ。」
「……じゃあ、サン・ジェルマン伯爵の使いの者、とでも記録しておきなさい。」
そう言いながら、雪子は彼の目の前で、ビートルの光学迷彩を解除して見せた。
馬車だったモノが、あっと言う間に、彼の見た事も無い、銀色の乗り物に変化した。
目を丸くして面食らっている刑事を尻目に、運転席に乗り込むと、「じゃあね。」と手を振って、雪子は時空転移装置のスイッチを入れた。
するとビートルは、彼の目の前から、忽然と消えてしまったのである。
アーネスト・トンプソン刑事が、後日、被害者の件だけを記録に残したのは、言うまでもない。




