⑰ 犠牲者
怪しい。しかし、ひょっとしてアレが、近頃発明されたとかいう、蒸気自動車なのか?などと彼が考えていると、ドアを開けて、中から出て来る人影が有った。
トンプソン刑事は慌てて、物陰に身を潜めて、ソレに注目した。小柄な……髪の長い……少女のようだ。彼女は辺りをキョロキョロ窺いながら、靴音を立てないように、慎重に歩き出した。
こんな時刻に、こんな場所で、怪しい、怪しすぎる。当然、彼は、その少女の跡をつける事にした。
少女の服装も見慣れないモノだった。上着は海軍の水兵のような……それでいて下に履いているのは、スカートだ。そしてそのどちらも、闇夜に紛れる紺色だった。ソレは近頃流行りの、"セーラー服"というモノに似ている気がした。
彼女は少女でありながら、隙の無い、まるでスパイのような身のこなしだった。怪しさは増すばかりだ。
我慢出来なくなったトンプソン刑事が、彼女の後方から声をかけようとした、正にその時、前方の鉄橋辺りから、闇夜を切り裂くような女の悲鳴が聞こえたのだ。
「しまった!」
少女がそんな声を出して、走り出す。
彼にはそれが、日本語のように聞こえた。
こんなところに何故日本人が?
最早、不思議さを通り越して、むしろ不気味に感じた。
ともあれ、トンプソン刑事も後を追いかける。
そして、スワロー・ガーデンズの鉄道橋の下辺りで、ようやく少女に追いついた。
ちょうど彼女は、倒れている若い女を、助け起こしているところだった。その女は、首を血だらけにしながらも、まだ息があり、鉄橋の向こうを指差していた。
彼女は、追いついて来た彼を見かけると、「Call a doctor !」と言って、その女が指差した方角に向かって、また走り出した。
トンプソン刑事は、一瞬、どうするか迷った。が、少女を追いかけるのを諦め、人命を優先する事にした。それにもしかしたら、この女が治療後に回復次第、何かしら殺人鬼の、手掛かりをくれるかもしれない。そう思ったのだ。
少女の正体は、雪子だった。
彼女がこの時空に来た目的は、ずばり"切り裂きジャック"が何者なのかを、突き止める事だった。特に、彼の残虐非道な殺人のやり口が、気になっていた。
今目の前で、まんまと、一人の女性がヤラレてしまった。歴史上のシナリオ通りとは言え、悔しいものだ。この上は、是が非でも犯人を捕まえて、正体を暴かなくては!そう意気込んで、彼女はまた、走り出したのだ。




