78話『告白』
麗香は――きょろきょろと辺りを見渡している。
ふと、その視線が俺と交わった。
彼女は驚いた様子で、近づいてきた。
「……直くん……あの、レイナちゃんは……?私、彼女に呼ばれて来たんだけど……」
状況がよくわからず困惑しているようだった。
「レイナは……帰ったよ」
「……え?」
「さっきまで一緒にいたんだけど。用事があるって」
「そう……」
麗香は考え込むように、少しうつむいた。
先ほど俺とレイナの間で起こったであろうことを、想像しているのだろう。
「とりあえず……座る?」
彼女は、先ほどレイナが座っていた俺の隣の座席に座った。
「マスター、彼女にも同じ一杯をお願いできますか?」
オーダーを終えると――。
「「……」」
ふたりして、しばらく沈黙した。
どこから何を切り出そうか――。
「いいお店……だよね」
麗香が口火を切った。
「ラグジュアリーな雰囲気だから、もちろん背筋はピンと伸びるんだけど……すごく居心地が良いし、落ち着く」
彼女はニコっと俺に微笑みかけた。
「麗香が……このお店に俺を導いてくれたんだよ?」
「……え?」
「自分を変えたくて行きついた場所が――ここだったんだ」
「そうだったんだ……」
「はじめてこの店に来た時……本当に自分が惨めで恥ずかしかった。前は、身だしなみも体型もだらしなかったからさ。別世界すぎて、圧倒された。だけど……不思議と自分には合わない、とは思わなかった。努力して、この店に似つかわしい男になれば――麗香が振り向いてくれると思ったから」
本当に濃い日々だった。
ディーノさんに弟子入りを志願し、イメチェンに成功。
恋愛経験を積もうとマッチングアプリを始めたものの、初デートの攻略に苦戦。
トモミさんとニナさんにもアドバイスをもらい――彩音さんと里実に出会った。
麗香と仕事を通して接近するも、レイナと想定外の初キス。
麗香、レイナ、里実がそれぞれ鉢合わせる修羅場も経験した。
そして、ディーノさんから背中を押してもらい――レイナと里実の告白を断る決断をした。
麗香を追いかけた日々が――紛れもなく今の自分を形作っている。
「レイナのこと……すごく大切だから、たくさん悩んだ。だけど――俺の中に、麗香を選ばない、という選択肢がなかった。俺にとって……誰よりも麗香が特別だから」
ぎゅっと両手の拳を握り、彼女のほうに向き直った。
「俺……恋愛経験ゼロなんだ……。だから、めちゃくちゃ遠回りしたし、女々しいと感じさせたり、男らしくないと思わせることもたくさんあったと思う。これからも……麗香を不安にさせちゃうこともあるかもしれない。だけど……」
人の心は移ろい変わるものだから、未来のことなどわからない。
だけど――これだけは言える。
「俺はこれからもずっと、麗香を追いかけ続けたい」
これが俺の答えだ。
「恋人として、ずっと隣にいてほしい。俺と――付き合ってください」
準備もろくにできていない状態だし、即席の言葉だ。うまく伝わったかどうかはわからないが――身体中、燃えたぎるような彼女に対する俺の熱量が伝わっていてほしい、と切に願いながら、彼女の答えを待った。
麗香は目線を合わせたまま――しばらく、ただ俺をじっと見つめていた。
どのくらい時が経ったのかはわからないが――ふと表情を緩ませた。
「うん、ありがと」
そう言って、目の前のワインに視線を変えた。
――えっ……それだけ?
期待していた反応とは違っていたので、拍子抜けした。
「私も大好きだよ!」
「ずっとその言葉を待ってたよ!」
「愛してる!」
そんな甘い言葉が彼女の口から聞けるのだと思っていたのだが――。
彼女は平然とワインを飲み干し、マスターに新たな注文を相談している。
――あれ……俺たち……。
「付き合うってことで合ってる……?」
たまらず確認した。
「え?うん。私も直くんのこと好きだし?」
あまりにもさっぱりとしすぎていたので、思わず――。
「ほんとに俺のこと好きなんだよね?」
再び確認をとった。
「うん」
「……」
「え?どうしたの?」
「……いや、やけにさっぱりしてるなと……」
麗香は、ふふふと楽しげに笑った。
「心配しないで?ちゃんと直くんのこと、大好きだから!」
そう言って、笑顔を向けたかと思えば一転――少し眉間にシワを寄せながら、複雑な表情を浮かべた。
「なんというか……この席、さっきまでレイナちゃんが座ってたわけでしょ?はしゃいで喜びにくいというか……」
人の気持ちに敏感で、他人を思いやれるところが彼女らしい。
「レイナとさ……友達になってあげてくれないかな?」
「え……?」
予想外の提案に驚いたのか、麗香は目を丸くした。
「俺の直感……なんだけど、麗香とレイナってなんというか……相性が良さそうというか。ライバル同士なのにサシ飲みして連絡先交換してるし、ためらいなく麗香に電話をかけてるし。たぶん……レイナって、気を許せる友人って多くないと思うんだよね。俺はもう……純粋に友達ってわけにもいかないからさ」
レイナにとっても麗香にとっても、望んでいないことかもしれない。
都合のいい話だということはわかっているが――切なる俺の願いだった。
「直くんって、ほんと優しいよね」
「……無理なお願いだよね」
「私は……レイナちゃんには恩もあるし、何より――彼女の真正面からぶつかってくる感じとか、年下なのにちょっと生意気なところとか、逆に清々しくて私は好きだし、可愛がってあげたいなって思う」
麗香はひと呼吸置いた。
「だけど……彼女はどうだろう……。好意を寄せてた男性を奪った女と――仲良くしたいかな……?」
そりゃそうだ。当然、いい感情を持つはずがない。
「……そう……だよね……」
「……聞いてみるよ。レイナちゃんに。どっちにしろ、さっきの電話の件を問い詰めたいし」
麗香はそう言って笑った。
「ありがとう」
彼女の心意気に救われた気がした。
23時半――。
俺たちは店を出た。
「今日は急だったのに、来てくれてありがとね」
「こちらこそ……」
麗香はふいに、ぎゅっと俺の左腕にしがみついた。
突然だったので、身体がびくっと、わかりやすく反応した。
「……直くんってさ。色仕掛けに弱いよね?レイナちゃんといちゃいちゃしてたし、キスもしてるし……」
「……えぇ。誰だって男は……そうじゃない……?」
「直くんが他の女に目移りしないように、私も努力しないとだね」
そう言って、麗香は不敵に笑みを浮かべながら俺の顔を覗きこんだ。
「来る?」
「……え?」
「私の家」
そんなの、もちろん――。
「……行きます」
こうして、俺たちは――麗香の家で恋人として一夜を共にしたのだった。




