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77話『Yes?or No?』

「……うん」


 レイナは「そう……」とポツリ。

 そして、「どうだった?」と感想を求めてきた。


「うん。楽しかったよ……」

「いや、いや。楽しかった以外にもっとあるでしょ?」


 そう言って、レイナは笑った。


「……一番モヤモヤしてたところ……智也さんとのことをちゃんと聞けてよかったなって。俺の目には――やっぱりあのふたりって、特別な関係に映ってたからさ」

「……そう」


 再び沈黙が流れた。


 たぶん、言葉に詰まってしまうし、うまく伝えられない。

 だけど、伝えなくては――。


 俺は意を決して話を切り出した。


「この1週間――毎日悩んだ。都合がいい話だけど……やっぱりレイナも麗香も俺にとっては特別で、大切だから」

「……」

「正直言って――どっちとのデートがより楽しかったかとか、どっちのほうがドキドキしたかとか……そういう優劣みたいなのはつけられなかった。すごく優柔不断だし、情けない話なんだけどさ……」

「……」


 ひと息ついて、ぎゅっと拳を握った。


「デートを終えた後、改めて自分の気持ちを整理していった時――気づいたんだ。自分の人生に、棚橋麗香って存在を切り離して考えられないって」


 一瞬、レイナの瞳が揺らいだことに気づいたが――あえて、そのまま続けた。


「最初はたぶん――好きっていうより憧れに近かったと思う。必死だった。彼女に認められたくて。その一心で、ここに来た。そして、ディーノさんやレイナと出会った」

「……」

「レイナの第一印象は――いけ好かない港区女子って感じだった。初対面の俺とのトークを『つまらない』ってハッキリ言われて、当然いい気はしなかったからさ。だけど――知れば知るほど、人間味あふれた、誰よりも他人を思いやれる温かい人だなって思うようになった」


 レイナは目をつむった。

 何を考えているのか――俺がはかり知ることなど当然できない。


「あの日――レイナとお台場で過ごしたあの夜、俺は限りなくレイナが俺に向ける好きの温度と自分も近いと思った。だから、好きだって伝えようとした。だけど――結果、言葉に詰まってレイナを傷つけた」

「……」

「あの日、たしかに俺はレイナに夢中だった。でも、無意識下で、麗香の存在を忘れることができなかったんだと思う。この先――もしレイナと付き合ったとしても……麗香の存在を消すことはできない。彼女なしに、自分を語れないから。その事実が――他ならぬレイナ自身のことを傷つける」


「だから…」と、最後の決断を伝えようとしたのだが――。


 レイナは一言。


「……長いわ!」


 予想外の言葉に拍子抜けした。


「私のこと傷つけないようにって配慮だろうけど……結論『付き合えません』ってことでしょ?」

「……そう……だね……」

「結論NOなのに、どう言い訳したって、報われなかった側は傷つくからね?」


 “傷つく”という言葉を使いながらも、彼女は晴れやかな面持ちだった。


「正直、ちょっと期待してたんだけどね~直、ピュアだから色仕掛けに弱そうだったし?」


 彼女は笑った。


「ほんとに、ごめ……」

「やめて。ごめん、とか言われたくない」


 一瞬、真剣な眼差しを俺に向けた。

 でも、すぐに柔らかい表情に戻った。


「今まで通り――飲み友達として……」


 そう言いかけて、口をつぐんだ。


「……麗香さんが、許さないか……」


 彼女は寂しそうに笑みを浮かべた。


「麗香さ……レイナにすごく感謝してたよ。レイナのおかげで、自分の気持ちに気づけたって。レイナはすごくかっこいいって」

「まんまと、ライバルのアシストしちゃったってことね?」


 レイナはふっと笑った。


「あ~あ。つらいな~!立ち直れない!」


 そう言って、おもむろにスマホを手に取った。

 そして、誰かに電話をかけた。


「もしもし?私。レイナ」

「今、『Lv.∞』(レベルインフィニティ)にいて。直にフラれたんですけど?」

「つらすぎて、立ち直れそうにないわけ!」

「フラれた原因、あなたなんだから。今から飲み付き合って?」

「ね?麗香さん」


 ――えっ……。


 レイナは「待ってる~それじゃ」と言って電話を切った。


「レイナ、今の電話……」

「うん。麗香さん」

「いつの間に連絡先……」

「ああ。前サシで飲んだ時に交換したの」

「俺……帰ったほうがいい?麗香とサシ飲みするんでしょ?」

「あ~私、用事あるから帰る」

「……はい?」

「それじゃ!」


 レイナは席を立とうとしたが、「ちょっとちょっと」と俺は咄嗟に腕を掴んだ。


「どゆこと?」

「直……あんまり理屈っぽく長々しゃべらないほうがいいよ?“つまんない”って思われたら、せっかくの両想いが台無しになっちゃうからさ!」


 ふふふっと微笑むと――「じゃあね!告白、頑張って!」と言って、レイナは颯爽と店を出て行った。


 ひとり取り残された俺は――頭の中が混乱していた。


 麗香への告白は、改めて別日を設けようと思っていたし、複数パターンのロマンチックな演出を考えていた。


 江の島デートの時のように海を眺めながら。

 あるいは、恵比寿ガーデンプレイスのラグジュアリーなレストランで。


 そして、ディーノさんが愛する美央さんにしたように――大きな花束を持って、ハイブランドのアクセサリーをプレゼントとして用意しようと思っていた。


 今からでは――告白の言葉すら準備できていない。


 ――ど、どうしよう……。


 とりあえず、お酒の力を借りたい。

 ワインのラインナップを確認した。


 だが――ふと、前回この店に来た時のことを思い出した。


「……マスター、すみません」

「ご注文はいかがいたしましょうか?」

「あの……以前、マスターが俺にいれてくださった一杯をいただけませんか?」

「もちろんでございます」


 マスターはすぐに用意してくれた。


 今の自分の背中を押してくれるのは、この一杯だろうと直感した。


 香りを楽しみ――じっくりと味わうように一口。


「……美味しい」


 やっぱり、この一杯は格別だ。

 ワインの深みが全身に染み渡り、恍惚とした。


 ……うまく自分の気持ちを伝えられないかもしれない。

 ……ムードがないとがっかりされるかもしれない。


 でも――それが等身大の自分だ。

 この店と共に積み上げてきた――俺の成長物語の集大成なのだ。


 焦る気持ちは一切なくなった。

 ただ、彼女を待つだけ。


 目の前のワインに集中し、ゆっくりと時間をかけて味わった。


 そのワインをちょうど飲み切った時――。

 店のドアが開いた。


 そして、俺は――ずっと恋焦がれてきた人の姿を捉えた。

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