74話『嫉妬』
江島神社をゴールにして、俺たちは弁財天仲見世通りを歩いた。
通りは人が溢れ返るほどの混雑ぶりだったが、列が動くのがかなりゆっくりだったので、逆に一軒一軒をじっくりと見て回ることができた。
しらすコロッケ、海鮮の串焼き、丸焼きたこせんべい、しらすソフトクリームなど――片っ端から食べ歩いた。
別々のものを買ってシェアしたり、1つだけ買って半分にしたり……学生の時にできなかった鬱憤を晴らすかのごとく、楽しんだ。
その間――俺たちはお互いに、可能な限り手をつないでいようと意識的に振る舞っていたように思う。
彼女は頻繁にカメラを構えていたし、食べ歩きをしながらだったから、自然と手と手が離れる瞬間も多かった。
でも、俺の左手と彼女の右手がフリーになると、どちらともなく相手の手を握った。
なんだか――それが、ごくごく当たり前のことのように思え、彼女の手が自分の手に馴染む感覚すらあった。
「やっと着いた~」
13時前。目的地にしていた江島神社にようやくたどり着いた。
「ふらふら寄り道してたら、もう13時ですよ!」
「あっという間だね……」
「麗香さん、何をお願いするか決めましたか?」
「え~そんなの決まってるよ!江島神社は、縁結びにご利益があるパワースポットだよ?」
そう言って、麗香さんはふふふっと意味深に笑った。
「直くんはなんてお願いするの?」
そう言って、彼女はじっと俺の目を見つめた。
「俺は……」
ひと呼吸置いた。
「みんな、幸せになれますように……ですかね」
特定の誰かと幸せになる未来を願うより、やっぱり麗香さんにもレイナにも幸せであってほしい――。
「え~それは綺麗事すぎじゃない?」
麗香さんはじとっとした目で俺を見た。
「直くんと結ばれるのはひとりだけだし、その判断を下すのは直くん自身でしょ?みんなが幸せな結末になんてならないじゃない?」
さらに鋭い眼差しで俺を見つめた。
「浮気する気……?」
つないでいた手をぱっと離した。
「え?ちが……」
慌てて彼女の手を再び掴もうとしたが――スカされた。
「麗香って呼んでくれたら……許してあげる!」
彼女は上目遣いのまま、少し首を傾けた。
やっぱりこういう小悪魔的なところは、レイナとよく似ている。
俺はいつも――翻弄する側ではなく、される側だ。
「すみません……麗香」
小さな声でぼそっと、控えめに言った。
「敬語と呼び捨てって変すぎ!敬語もなしね?」
彼女は楽しそうにニヤニヤしている。
敬語なしなんて――仕事でもぽろっと出てしまいそうで怖い。
だが、先輩と後輩という立場上の隔たりを取っ払えるのは今しかないのかもしれないとも思った。
「ごめん……麗香」
遠慮がちに見せつつも、はっきりとしたした口調で彼女の名を呼んだ。
すると、彼女は満足そうに笑った。
「うん!許そう!」
麗香は再び俺の手を取り、歩き出した。
結局、お参りでは――『昇進できますように』と、恋愛とはまったく関係のないことをお願いした。
中途半端な思いで中途半端なお願いをすると、バチがあたりそうに思ったからだ。
麗香にはまだ……聞きたいこともある。
モヤモヤがすべてクリアになった時、俺の心の踏ん切りもつくはず――。
「ちょっとお手洗い行ってきてもいいかな?」
急ぎ足でトイレに向かう彼女の後ろ姿を、見えなくなるまでじっと見つめた。
彼女からふと視線を外すと――授与所が目に入った。
なんとなく引き寄せられるように、足を向けた。
ふとお守りのラインナップを見ると……。
――これ……麗香っぽいかも……。
それは、ピンク色の貝守。
プライベートの麗香を知る前の自分だったら、きっと紫や青などクールな色のアイテムを選んでいただろう。
でも、本来の彼女には――この色がぴったりだと思った。
さっと購入を終え、彼女の戻りを待った。
すると――。
肩をちょんちょん、とつつかれた。
麗香だろうと思って後ろを振り返ったのだが――まったく見知らぬ女性だった。
「すみません……お兄さん、絆創膏持ってませんか?」
「どうかされたんですか?」
「あの……新調したばっかりのサンダルだったので、靴擦れしちゃったみたいで」
彼女の右足を見ると、足の指と指の間が確かに皮向けしていて、少し出血しているようだった。
「絆創膏、持ってますよ」
日ごろから、所持品マナーとして持ち歩くようにしていたのが功を奏した。
俺は、絆創膏を彼女に手渡そうとした。
だが――。
「お兄さんが貼ってくれませんか?」
「え……?」
彼女はぐいっと俺の腕を掴んで自分のほうへ引き寄せ、俺の耳元で囁いた。
「お兄さんに……貼ってほしいの」
びっくりして顔を彼女から勢いよく離した瞬間――。
目の前にいた麗香と目が合った。
「……!?」
彼女は俺を一瞥し、何も言わず元来た道――弁財天仲見世通りのほうへ向かって歩き出した。
「……麗香!」
すぐに追いかけようとしたのだが――。
ナンパ女が腕を離してくれない。
「お兄さん、これ、私のLINEのID。いつでも連絡して」
そう言って、俺のパンツのポケットにメモを押し込んだ。
「待ってるね」
再び俺の耳元で囁いた女は――ようやく腕を解放してくれた。
――くそっ……。
俺は急いで麗香を追いかけた。
だが、混雑が邪魔してなかなか彼女との距離が縮まらない。
弁財天仲見世通りを抜けた先で――ようやく、彼女の左手首を掴んだ。
「……麗香」
「……」
彼女は俺とまったく目を合わせようとしない。
「……話そう?」
彼女の手を取り、片瀬東浜海水浴場のほうへ向かった。
「「……」」
“話そう”とは言ったものの、どう説明したら麗香は納得してくれるだろうか。
悩んでいると――。
「……ごめんね」
「え……」
「ついカッとなっちゃった……情けないね」
「……嫉妬してくれたんだよね?」
「……うん。なんか……子どもっぽくてごめんね」
麗香はひどく落ち込んでいるように見えた。
「……嬉しいよ」
「……え?」
「だから、麗香が嫉妬してくれて……めちゃくちゃ嬉しい」
「直くんドMなの?」と言って、彼女はふっと笑った。
「俺もさ、内心……麗香に対して抱く感情ってどろどろだよ?前にデートした時なんか……付き合ってもない段階なのに、独占欲がすごくて。周りの男どもを目で蹴散らしてたし」
「え、そうだったの……?」
彼女は目を丸くして驚いている。
「それに……智也さんとのこと……すごく嫉妬してた」
麗香は一瞬、切なげな表情を見せた後――「そっか……」とつぶやいた。
今しかないと思い、俺はずっと心の中でモヤモヤしていた気持ちをぶつけた。
「麗香にとって、智也さんって……どんな存在なの?」




