72話『修羅場ふたたび』
身体が一瞬硬直したが、慌ててすぐにレイナと距離を取る。
「いい雰囲気のところごめんなさい」
麗香さんは平然とした様子で、対面のソファに腰かけた。
俺たちに向けた視線は一切揺らぐことなく、その表情には覚悟が宿っているように見えた。
「レイナさん、今日は時間を作ってくださりありがとうございます」
「……いえ」
「大河内くんもありがとうね」
「……はい……」
――やっぱり『大河内くん』なんだな……。
もやっとした。
「まず、この間のこと……改めて本当にごめんなさい」
麗香さんは深々と頭を下げた。
「麗香さんが謝ることじゃ……」
ちらっとレイナを見ると、何も言わずじっと麗香さんを見ていた。
「ふたりに対してすごく不誠実な言動をしてしまったなって……反省してます」
麗香さんは唇をぎゅっと噛みしめた。
「あの日――レイナさんに言われた通り……いままで、どっちつかずな態度で大河内くんに接してきました。……自覚しています」
麗香さんは俺に視線を向けた。
「心地良い関係を壊すのが……怖かった。いままで同性の友達にさえ、一線を引いて接してきたから。素の自分をさらけ出せて、そんな自分を認めてくれる人――今まで出会ってこなかったから」
その力強い瞳から、必死で俺に伝えようとする彼女の切なる思いが伝わってきた。
「恋人としてそばにいてほしいと思う反面、別れた時のことを思うと、今のままがいいって思う自分もいて……。『好き』っていう純粋な気持ちとか、そういうのは考えないようにしてた。だけど、レイナさんに一喝されて――今のままじゃダメだって思った」
そう言うと、麗香さんはレイナさんのほうを向いた。
そして、深々と頭を下げた。
「レイナさん、ごめんなさい」
頭を上げると同時に、俺のほうに再び視線を向けた。
「私、大河内くんが好きです」
ハッキリとした声。一切ブレのない澄んだ瞳。
彼女の気持ちが痛いほど伝わってきた。
いままで、麗香さんは「思わせぶりだな」と感じる言動が多かった。
だからこそ――この告白の重みをずっしりと感じた。
「智也には――ちゃんと告白を断りました。今さら、遅すぎるのかもしれないけど……私の気持ちはちゃんと伝えたくて」
俺たち3人の間には――しばらく、沈黙の時間が流れた。
たぶん、今この瞬間にもっとも求められているのは、ふたりの好きに対する自分のアンサーだろう。それは、重々わかっている。
でも正直――今この瞬間に答えを出すことはできない。
本音を言えば、ふたりと付き合いたい。
恐ろしい浮気心だなと思うが、優劣つけがたいというのが嘘偽らざる本心なのだ。
とはいえ、俺の曖昧な態度が長引くほどに、彼女たちに期待を持たせ続け、縛り付けてしまう。
だから、最後に――。
「直、麗香さんとデートしてきなよ」
「え……?」
ドキッとした。
「麗香さんとも1日デートしないと、フェアじゃないじゃん?」
レイナは俺の本心を見抜いているのだろうか。
そう――答えを出す前に、俺を「好きだ」と言ってくれた今の麗香さんと、改めて向き合う時間がほしかったのだ。
まさかレイナに背中を押されるとは思わなかったが、彼女らしいなとも思った。
「麗香さん。改めて、俺とデートしてください」
俺は右手を差し出していた。
無意識だった。
麗香さんは控えめに、俺の手を取った。
「こちらこそ……よろしくお願いします」
俺たちは軽く手を握り合った。
初デートの時のような緊張感と照れくささがあり、なんだかくすぐったかった。
「レイナ……ありがとう」
彼女に深々と頭を下げ――ふたりの視線を交互に見つめながら、伝えた。
「ずっと曖昧な態度でいること……本当にごめんなさい。麗香さんとのデートが終わったら――自分なりの答えを出します」
誠実という仮面を盾に、今までずるずると自分の好きに優劣をつけることを避けてきた。
そんな自分に対しての――決意表明でもあった。
「……そっか」
小さな声でポツリとつぶやいたのは――レイナだった。
「あの」
彼女は麗香さんのほうに身体を向けた。
「この後、サシ飲みしません?」
――え……?
サシ飲みとは……麗香さんとレイナが、ということか?
状況がいまいち掴めず、困惑した。
麗香さんも一瞬、驚いた表情を浮かべたが――彼女の視線に応えるように「はい」と応じた。
「え……あの……俺は?」
「直とは、ここでバイバイ!」
「へ……?」
「ここからは女同士の本音のタイマン!ほら、帰った帰った!」
レイナはぐいぐいと俺の背中を押し、部屋から押し出そうとする。
「いや……でも……」
話自体は一旦まとまったわけだから、修羅場まがいの展開にはならないだろうが――心配だ。
――というかそもそも、この場の主役は俺では?
そんなことを思いながら、予想外の展開に戸惑っていると……レイナが耳元で小さくささやいた。
「さすがに殴り合いはしないから、安心して!」
そう言って、レイナはニコっと笑った。
その笑顔が逆に恐ろしく、身震いした。
こうして――俺は追いだされる形で『Lv.∞』を後にした。
時計を見ると、時刻は19時半過ぎだった。
ということは――3人で話したのは、わずか30分足らずだったということになる。
緊張感を持って臨んでいたはずが、拍子抜けだ。
まだ時間も早い。
六本木の街はまだまだ活気に満ちている。
――今日はひとりで……お店開拓でもするか……。
きっとまだ、この街には俺の知らない一面があるはず。
俺はこの日――ひとり六本木のバーを新たに2軒はしごした後、帰宅の途についたのだった。




