69話『甘い誘惑』
――柔らかい……。
レイナさんの今日の服装は、オフショルダーのトップスに、膝が少し見えるくらいの丈のミニスカートというスタイル。膝枕をしてもらっても、ぎりぎり生肌に触れない絶妙な丈感だった。
だが――当然、彼女の太ももの柔らかさや、香水の匂いを強く感じる。
俺は、もっと彼女の太ももに顔をうずめたいという衝動を抑えるのに必死だった。
己の欲望と戦っていると――ふと、目の前の道を歩く子どもと目が合った。
俺が横になった状態で、ちょうど同じ目線の高さになる小さな男の子。
彼はその場に立ち止まり、じーっと俺を見つめた。
純粋無垢な瞳を向けられ、なんだかいたたまれない気持ちになった。
「レイナさん、あの……道行く人と目が合って恥ずかしいので、もう……」
「じゃあ、横向きじゃなくて仰向けになればいいでしょ?」
そう言って、俺の顔を正面に向けた。
そして――じっと俺を見た。
視線を外したいのだが、体勢的に外しようがない。
――いやいや……こっちのほうが耐えがたいほど恥ずかしいんだけど……。
彼女はふと俺の髪に触れた。
「出会った頃より……だいぶ髪、伸びたよね?」
「……そう……ですね……」
――ドクン、ドクン……。
心臓が跳ねる。
彼女の指が俺の眉をなぞる。
「直くんの眉って……太くて男らしいよね」
「そう……ですかね……?」
――ドクン、ドクン、ドクン……。
先ほどよりも、鼓動が早まる。
今度は、指先が目のあたりに触れた。
「目はくりっとして大きい」
「……」
「鼻筋も通ってる」
「……」
彼女のなすがままに委ねた。
「それから……」
彼女の指先は俺の唇に触れた。
俺は、ごくりと生唾を飲んだ。
「唇は薄いけど、形が良くって……私の唇に吸い付く感じ?」
プシューーーーーーーーーー。
俺の脳内は、音を立ててパンクした。
と同時に、バッと勢いよく起き上がった。
「もう!大丈夫!ですんで!」
身体中が熱い。
完全にオーバーヒートを起こした。
「そう?私の太もも、もっと使ってもいいよ?」
レイナさんは首を傾け、無邪気に微笑んだ。
この人は意図して振舞っているのか、無意識なのか――。
「……いえ、大丈夫です!もう元気になりましたから!」
これ以上は……理性がどこかへ飛んでいってしまいそうだ。
俺はふーっと小さく深呼吸をした。
「それじゃ、気を取り直して……次、行こっか!」
その後――。
俺たちはクレープを食べたり、駄菓子屋さんに行って昔ながらのお菓子に興奮したり――夕暮れ時まで存分にお台場を楽しんだ。
中でも、とくに印象に残ったのが、占いだった。
占いも人生初体験。
どうせ嘘っぱちを言っているのだろうと、信じたことはなかったのだが……。
『誠実で真面目な性格』
『エンジニアは天職で、大成できる』
『恋愛は空前のモテ期到来』
『優しい性格ゆえ、優柔不断で、誰に対してもいい顔をする』
『それが災いして、トラブルを起こしやすい』
など、なんとなく当たっていそうな占い結果だったので、ちょっとだけドキッとした。
そして、レイナさんと俺の相性を占ってみたところ――。
『抜群にいい』とのことだった。
正直――生粋の港区女子といった感じのレイナさんと、恋愛経験ゼロの俺とでは、周りからするとまったく釣り合っていないのではと、どこか心の奥深くで思っていた。
だからこそ――相手が占い師だったとしても、相性がいいとのお墨付きをもらえたことはとても嬉しかった。
そうこうしているうちに、時刻はもうすぐ19時を回ろうとしていた。
「それじゃ、夜ご飯行きますか!」
レイナさんに手を引かれるままやって来た場所。
そこは――。
「BBQですか!?」
「そう!」
幻想的な夜景が広がる屋外テラス。
雰囲気はラグジュアリーだが、客たちが汗をかきながら必死で肉を焼いている光景とのギャップが、なんとも居心地のいい雰囲気を作り出していた。
「手ぶらでBBQできて最高なんだよね、このお店」
席に着くと、レイナさんは慣れた様子でメニューを開いた。
「……前に来たことがあるんですか?」
「うん」
胸の中が一瞬――もやっとした。
「……誰と……ですか……?」
「え?なんて?」
「……いや……何でも……」
レイナさんはじーっと俺を見た。
全然、視線を俺から外してくれない。
「……誰と……この店に来たのか……ちょっと気になっただけです」
そう言うと――レイナさんは一転、嬉しそうにニヤッと笑った。
「え~~直くん、嫉妬~~?」
「いやいや、そういうのでは……」
「そうか、そうか~~」
彼女は満足そうにうん、うん、と頷いた。
「大勢で使ったことは何度かあるけど……デートでは、直くんがはじめてだよ?」
「……そうですか……」
「安心した?」
彼女は首を傾け、ニコっと微笑んだ。
まんまと嫉妬心を見抜かれ、恥ずかしかった。
「まあ……はい……すみません……」
「え?なんで謝るの?」
「いや……嫉妬とか重くないですか?」
「え?なんで?むしろ私、重いほうが嬉しい」
「いやいや、そんなことあります?」
「だって、私のことちゃんと好きなんだなって思うし!」
男の醜い感情が女性からすると“嬉しい”なんてこと、あるのだろうか――。
「直くんさ」
レイナさんは俺をじっと見つめながら続けた。
「相手に遠慮しすぎて、自制してるところがあるじゃん?」
「まあ……相手を傷つけないように、困らせないように、っていうのは常に考えてるかもしれないですね」
「別に全部ぶつけてもいいんじゃない?」
「え……?」
「少なくとも……私には全部ぶつけてほしいな。今みたいに『妬いてる』とか、『別の男と会わないで』とか、『膝枕してほしい』とか……『キスしたい』とかさ」
俺は、再びごくりと生唾を飲んだ。
レイナさんは上目遣いで俺を見つめ――完全に、甘い甘い誘惑モードに入っているように感じた。




