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68話『初体験』

「あ~面白かった!めっちゃ泣いたし、めっちゃ笑ったわ~」


 そう言って――レイナさんは、弾けるような笑顔を俺に向けた。


「ですね!俺、洋画ってほぼ見たことなかったですけど、めちゃくちゃアクションが派手で興奮しました!」

「楽しんでくれたようで良かった~!あ、ごめん。お手洗い行ってきてもいい?」

「もちろんです!」


 俺は彼女の背中を見送り、トイレ近くの壁にもたれかかった。


 里実と別れたあの日――。


 レイナさんと麗香さん、どちらにも同じタイミングでメッセージを送った。


 レイナさんには『次の約束、いつにしましょうか?』と、麗香さんには『今度はきちんと、ふたりきりで話がしたいです』と送った。


 とくにメッセージの内容に悩んだのが、麗香さんだった。


 彼女は「考える時間がほしい」と俺に言った。

 その時間とやらがいつまでなのか、何を考えているのか、その本心がわからず、どんな言葉を送るのが正しいのかもわからなかった。


 だから、無難に「ふたりきりで話したい」と送った。


 結果――返事があったのは、レイナさんだけ。

 麗香さんからは今も、返事がないどころか既読にすらなっていない。


 職場では、毎日見かけるのだが――とくにどちらかが話しかけることもなく、赤の他人同然といった感じで過ごしている。


 俺にとっては……赤の他人なんかじゃない。

 麗香さんは特別で、大切な人だ。

 そう思っているからこそ、この数週間の彼女のそっけない態度には、かなりへこんだ。


 でも、もうこれ以上――俺に言えることはない。

 麗香さんがもし、このまま俺との接点を断ち、いままで俺と過ごした時間をなかったことにしたいのなら――もはや諦めるしかない。


 麗香さんとの関わりが一切なくなって時間が経つごとに、悔しくもそう思う気持ちが強くなってしまった。


 だからこそ今は――麗香さんのことは完全に忘れて、レイナさんとしっかり向き合おうと頭を切り替えている。


 今日のデートは、『私が直くんのためにデートプランを組んであげる!』とのことで、完全にレイナさんにおまかせしたのだが――まさか、集合が台場駅に朝の8時半とは。


 巣鴨からだと電車で50分近くかかる。

 準備の時間も必要だったから、今日は朝6時起きだった。


 出勤日よりも早い時間に起きなくてはならず、若干萎えていたのだが――。


「お待たせ!」

「いえいえ、全然待ってないですよ」

「それじゃ、次に行こっか!」


 歩き出すと同時に、レイナさんは「直くんさ~」と、にやにやしながら俺のほうを見た。


「映画の途中、私が直くんのほうに身体寄せたら、びくってしたでしょ?」


 ――バレてたか……。


「……まあ、はい……。でも、誰だって突然は……びっくりするでしょ!」

「あはは!反応が面白すぎて笑っちゃったよ。泣けるシーンだったのに!」

「それは……すみません」

「あ~カップルシートにしてよかった!」


 彼女は無邪気に笑った。


 そう――レイナさんは、カップルシートで朝一番の映画を予約してくれたのだ。


 俺にとっては、はじめてのこと尽くし。

 女性とふたりきりでの映画デートも、カップルシートも、洋画を映画館で見たのもはじめてだった。


 でも、自分が思っていた以上に楽しめた。


 とくに、カップルシートがとても良かった。

 ひじ掛けがなく、お互いの距離が近い。

 早朝の眠気も一気に覚めるドキドキ感を味わえた。


「そういえば……さ……」


 レイナさんは一転、珍しくもったいぶるような口ぶりをした。


「麗香さんとその後……どう?その……私が場を壊しちゃったし、気になってて……」


 少しだけ動揺したが――。


「とくに何も……あれ以来、話してないですね」


 レイナさんは驚いた表情を見せた。


「そっか……ほんと、ごめ……」

「謝らないでください!レイナさんは何も悪くないです」


 ディーノさんが言っていたように――どんな形にせよ、麗香さんには智也さんとの関係について、ハッキリ説明してもらう必要があった。それが、あのタイミング、あの状況だっただけのこと。


 あの時――レイナさんがあの場に来なかったならば……まったく違う展開を迎え、たぶん麗香さんとギクシャクすることもなかっただろう。でも、たらればを考えても仕方がない。


 恋愛はタイミングや状況によって、大きく分岐し、結末を変える。


 それは、里実との別れで痛感した。

 こればかりは、俺がコントロールできるはずもない。


「……結局、この先は麗香さん次第だなって思って。俺がどうあがこうが、智也さんとのこと、俺とのこと――決めるのは彼女自身だから」

「……まあ、そうだね」

「だから今日は……麗香さんのことは置いといて、レイナさんとの時間を思いっきり楽しみたいなって!」


 彼女を励まそうと、あえていつもより明るく振る舞った。


 レイナさんは「そう……」と、少し考える様子を見せた後――。


「じゃあ、麗香さんの話はこれでおしまい!」


 そう言って、パンと両手を叩いた。


「次はね~実は私、初体験の場所なの!だから、めっちゃ楽しみ!」

「そうなんですね!」

「あそこだよ!」


 そこは――。


「VR体験……ですか?」

「そう!」

「俺もはじめてですね!」

「私、このアトラクションがいい!」


 レイナさんが指さしたのは――ホラー体験ができるものだった。


「ええ……?俺、怖いのはちょっと……」

「え?直くん、怖いのダメなの?」

「はい……お化け屋敷とかホラー映画とかはずっと避けてて……」

「男として成長したいんでしょ?」

「いやいや、そういう成長じゃ……」

「さっ、行こう!」


 彼女は俺の左腕に自分の両腕を絡め、ぐいぐい引っ張った。


 ――もう、自分勝手なんだから……。


 レイナさんに振り回されながらも、どこかそれを心地よく感じてしまっている自分もいるから、本気で拒否できない。


 俺は腹を括った。


 そして、アトラクション体験後――。


「あ~楽しかった!」


 レイナさんは満足げだったが……。


「……気持ち悪い……」


 俺は、初体験のVRと苦手なホラーという絶妙な掛け合わせに、完全に酔ってしまっていた。


「あらら。大丈夫?」

「まあ……はい……」

「お台場海浜公園でちょっと休もっか?」


 こうして俺たちは、お台場海浜公園に移動した。

 土曜日ということもあって、人はかなり多め。


 だが、いいタイミングでベンチに座ることができた。


「風、気持ちいいね~!」

「……はい、そうですね……」

「まだ気持ち悪い?」

「まあ……少しだけ」


 すると、レイナさんは太ももの上にのせていたバッグを横に移動させた


 そして、「ほら」と言って、両手で自分の両太ももをポンポンと叩いた。


 ――え……待て待て待て……。

 ――これ、膝枕ってことだよな……?


 オロオロとしていると――。


「ほら、早く~!」


 レイナさんは俺の左腕を引っ張り、自分のほうへ引き寄せた。


「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」


 俺は彼女の太ももに顔をあずけた。

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